第58章 : Apaxacesって、普通の人って居ないの?
奇妙な骨董品や収集品の数々が無造作に散らばり、雑然としながらも広々とした部屋。その空間は、ここで共に暮らす4人の日常が織りなす、騒がしくもどこか懐かしい空気に満ちていた。
長くて美しい淡い水色の髪をした少女が部屋の中央に堂々と立っている。ツインテールに結わえられた髪には小さな三つ編みが添えられ、カモメや貝殻をかたどった可愛い髪留めが飾られていた。くりっとした大きな鮮やかな水色の瞳はきらきらと輝き、染まったピンク色の頬によく映えている。
彼女は両手でセーラー服の襟元を掴むと、軽く引っ張ってからパッと手を離し、元の位置へとぴょんと跳ね戻らせた。
「ポジ、死んじゃったよ……」しょんぼりとした声で呟き、彼女の顔が一瞬にして暗く曇った。「ブルーベル、あんなに期待してたのにさ」
部屋の天井から逆さにぶら下がっていたステシアが、軽やかに身を翻し、音もなくすっと床へと着地した。彼女はブルーベルの肩にそっと手を置く。
「大丈夫だよ、ブルーベル」ケラケラと大きく笑いながらなだめる。「ブルーベルがちょっと頭悪くて、ポジに期待しすぎただけなんだからさ」
その言葉に、ブルーベルの顔が途端に怒りで険しく歪んだ。「何よそれステシア! ブルーベルはもう二千年も生きてるのよ! 霊スライムまで進化を遂げたのは全スライムの中で私だけなんだから! なのにポジなんて生まれてまだ数十年しか経ってないのに、実力も魔力も何百年も生きてる連中を軽く追い抜いちゃってるんだもの!」
「ほらね、そういうところ……らおの言った通りでしょ。」ステシアは淡々と言い放った。まるで今、ある事実を証明し終えたかのような口ぶりだ。
カッとなったブルーベルは、その勢いのまま思い切り頭突きをステシアにお見舞いした。
「痛っ……!」ステシアは悲鳴を上げた。「痛いじゃない! ブルーベルが暴力振るってきた! えーん、ブルーベルが暴力を!」
ステシアは大げさに騒ぎ立ててごまかしながら、その反撃とばかりにしれっと頭突きをやり返した。
「いった……痛いわね……」今度はブルーベルが声を上げる。「わざとやったでしょ、ステシア!」
「そんなことないよ、わざとなんてしてないもん」ステシアはすまし顔で答えた。「ただのハプニングだから」
「だったらなんで頭の冷却温度を急に上げて私を冷やそうとするわけよ!」ブルーベルは怒りと疑惑に満ちた声を張り上げた。
「あ、バレちゃった?」ステシアは気まずそうに、しかしどこか得意げにニヤリと笑った。「じゃあ、お詫びにこれをあげるね」
彼女は傍らの空間を裂いて生み出した虚空から、ひょいと何かを取り出した。ブルーベルは好奇心に駆られて鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いでみる。
だが次の瞬間、彼女は絶叫をあげた!
「キャーッ! 来ないでよ! 塩!? やめて! ブルーベル、塩が一番嫌いなの! ステシアの意地悪! このバカ! 変態ロリの平乳!」
ステシアは大喜びでケラケラ笑いながら、塩を片手にブルーベルを部屋中追いかけ回す。「ブルーベルちゃーーん♡ らおのいい子ちゃーーん♡」
命がけで逃げ回るブルーベルだったが、いよいよ追い詰められたと悟ると、自分の胸元へと迷わず手を突っ込んだ。その肉体を貫いて、自然の法則など無視するかのように眩く輝く魔石を掴み出す。
そして彼女はそれを迷わず投げつけた!
ドーン!
魔石がステシアの顔面の真ん前で激しく爆発し、黒煙がもくもくと立ち込めた。そのせいでステシアの髪はボサボサになり、顔中が真っ黒なすすで覆われてしまう。
「あーあ……らおのお気に入りの服だったのに」ステシアやすですら汚れた衣服を見下ろしながら不満げに呟いた。「こうなったら、たっぷり倍返しにしてあげるから!」
「まあまあ、二人ともその辺にしておきなさいって……」
階段のほうから、甘く透き通るような声が割って入った。
ブルーベルとステシアはぴたりと動きを止め、申し合わせたように同時に声のほうを見上げた。
銀色の美しい長髪をした少女が、お気楽に階段の手すりに腰掛けていた。ピンク色のゴムで高い位置にポニーテールを結い、横にはきらめく金の髪留めが飾られている。紫色の大きな丸い瞳には茶目っ気がたっぷり宿っていた。
手すりに背中をもたれてくつろぐ彼女は、片手で青いスマートフォンを顔の近くに持ち、もう片方の足は座面に軽く投げ出している。その口元には、小悪魔的でありながら最高にキュートな不敵な笑みが浮かんでいた。綺麗に伸びた美しい脚が絶妙に目を引き、見上げている二人の視線を釘付けにする。
みずきは手すりから体重を感じさせない軽やかさでヒラリと飛び降りた。そして、ブルーベルとステシアの襟首をひょいと掴むと、一瞬にして二人を床から宙吊り状態に持ち上げ、そのまま先ほどの少女二人を連れて再び手すりの上へとヒラリと飛び乗った。
「離してよ、みずきお姉ちゃん!」ブルーベルが不服そうにもぞもぞと暴れる。
「パパ様……ブルーベルを何とかしてよ!」ステシアはすぐさま助け舟を求めて訴えた。「らお、もう本当に許さないんだから!」
ズバッ——!
間に合わない斬撃。
ヒュッ!
突如として、白銀色の鋭いエネルギー波が空間を裂き、先ほどまでブルーベルとステシアが立っていたまさにその場所を切り裂いた。あまりの超高速で大気を両断したため、その軌跡には細い空間の亀裂さえ残されている。
みずきに襟首を掴まれたまま宙吊りになっていたブルーベルとステシアは、自分たちの身に一歩間違えば起きるところだった惨状を目の当たりにし、顔面を真っ青に凍りつかせた。
白く逆立った髪の青年が、冷淡で感情の一切ない白銀の瞳をこちらに向けて立っている。彼の左腕には、黄金の美しい龍の入れ墨が不敵に這っていた。先ほどの恐ろしい斬撃を放った主が、その場に静かに佇んでいる。
彼は袖のない漆黒のロングコートを纏い、隆起した頑強な腕の龍の入れ墨をむき出しにしている。白いきっちりとしたシャツの上にはダークグレーのタイトなベストを着込み、黒いストレートのレザーパンツと重厚なブーツが、戦闘と鋭敏な身のこなしに特化した肉体を際立たせていた。
「相変わらず手癖が早いな、みずき……よりによって、あの二人の面倒なんざ見てやるとは」
彼は低く落ち着いた声で言った。そこに責めるような色はないが、決して満足しているわけでもない。
「そんなに冷たくしないでよ、ベアちゃん~♡」みずきは愉快そうに笑いながら言い返した。彼女はブルーベルとステシアを傍らに優しく下ろしてやる。「こうしてみんな揃って顔を合わせるなんて久しぶりなんだから、子供たちがちょっとくらいはしゃいだってたっていいじゃない」
彼女は爆発ですすまみれになったステシアの顔を覗き込み、ニヤリと笑った。
「それにさ……もし私の自慢の可愛い娘のステシアに何かあったら、あの女がどこからともなく飛んできて私の首をねじ切りにきそうだしね」
ブルーベルとステシアはホッと胸を撫で下ろしながら顔を見合わせた。先ほどの衝突が、自分たちが思っていた以上に一歩間違えば洒落にならないところまで行っていたのは明らかだった。
ステシアは手の甲で顔の煤を拭き取りながら、ブルーベルに小声で耳打ちした。「ほら見たこと……危うく消されるところだったじゃん」
「だって、ステシアがいきなり塩でいじめてきたのが悪いんでしょ!」ブルーベルも小声で言い返す。声のトーンにはまだ不満の色が残っていたが、目の前の人物に対する畏怖からか、先ほどよりもずっと小さくなっていた。
ベアちゃんはそのままの姿勢で微動だにせず、雪のように冷たい白銀の瞳でみずきと二人の少女を見据えていた。その弁解に納得したとも不満だとも、表情からは一切読み取れない。
「次からは、あいつらを逃がすときは前もって一声かけろ」彼はついに低く平坦な声で言い放った。「お前みたいにあの斬撃を完璧に躱せる奴ばかりじゃないんだからな」
「はーい、承知しましたぁ〜♪」みずきは甘ったるい声で答え、適当に手をひらひらと振ってみせた。
緊迫した空気が和らぐと、ブルーベルとステシアはまるで何事もなかったかのように、またさっきの小競り合いをちまちまと再開し始めた。ただ、今回はお互いに声のトーンを抑え、目の前の人物に配慮して身のこなしをいつも以上に慎重にしているのがありありと見て取れる。
みずきは再び手すりに身体を預けるように腰掛け、スマートフォン画面へと視線を戻した。じゃれ合う少女たちを、愛おしさと底知れぬ悪戯心が入り混じった笑みで見守っている。
一方のベアちゃんは、部屋の隅の定位置へと戻り、いつものように淡々とした冷徹な白銀の瞳で、目の前で繰り広げられるカオスな光景を眺めていた……。
この4人が集まれば、こういう騒動が起きるのがもはや「日常の決まり事」であるかのように。




