第55章 : 消えることのない星
ヘレンは約束の時間よりもかなり早く、裏門へと到着していた。夜の冷気が骨身にしみる。頭上の夜空は雲一つなく晴れ渡り、星々がまるで銀の首飾りのように眩しく瞬いていた。
少し遅れてピタとドークがやってきた。二人は重苦しい沈黙のなか、ヘレンの脇に並んで立つ。
「こんな結末になるなんて、どうしても信じられない……」ピタは震える声で呟き、暗闇の中にそびえ立つ離宮の建物へと名残惜しそうに視線を向けた。
「俺たちにはどうすることもできなかったさ……」ドークは震えを押し隠すように太い声で答えたが、その瞳には決して修復できそうにない亀裂が走っていた。
ヘレンは夜空を仰ぎ見た。吹き抜ける冷たい風が身体を打つため、彼女はマントをしっかりと体に引き寄せる。「お姫様が……今夜が最後だって」
「どこへ行かれるんでしょうか……ピタ、胸がすごく痛くて不安です」ピタは衣服の裾を強く握りしめ、瞳に涙をにじませた。
「わからないわ……」ヘレンは呟いた。視線は星々の瞬く夜空から離さない。「それ以上は何もおっしゃらなかったもの」
ドークはまるで墓場のように静まり返った離宮の方へと視線を投げる。「この6年間、あのお方がまだ小さな子供だった頃から今まで……まさかこんな最期の時に見送ることになろうとは思いもしなかった」
激しい突風が吹き抜け、足元を乾いた落ち葉が舞い散っていく。まるで時間が過去を埋め立てるために降り積もっているかのようだった。
「覚えていますか……?」ピタは涙を浮かべながら微笑んだ。過ぎ去った日々の記憶を思い返すように。「お姫様がまだうまく歩けなくて、お庭で蝶々を一生懸命追いかけては、何度も転んで泥だらけになっていたこと」
「覚えているわ……」ヘレンはかすかに微笑んだ。しかし、喉の奥には言い知れぬ苦いものがこみ上げてくる。「あの頃はお話しするのもまだたどたどしくて、私たちの名前もめちゃくちゃに呼んでいたわね」
「それにお姫様が初めて絵の練習をした時のことだって……」ピタは咽び泣きながら笑った。「全身絵の具だらけになって、顔も服もめちゃくちゃ汚してさ」
「俺なんてさ……」ドークは無理に笑みを作った。胸が温かくなる懐かしい記憶を引っ張り出す。「お姫様に基礎の数字を教えるために、庭中に野菜や小石を並べなきゃならなかった……あの時のあお方の笑顔は、太陽の光よりも眩しかったよ」
月が空の中心で白く輝き、門の屋根を柔らかく照らし出していた。
「今夜のお月様、とっても綺麗ですね……」ヘレンはか細く囁いた。「お姫様、よくご自分の部屋の窓辺から物思いにふけりながらお月様を眺めていらっしゃったわ」
「今頃、最後の大切な荷造りをしているに違いない」ドークは暗闇の先、セラフィナの寝室の窓を見つめた。そこからはまだ、頼りないろうそくの灯りが微かに漏れていた。
ピタは自分の体を強く抱きしめた。外の寒さなど、心臓の根元を凍てつかせるような寒さに比べれば何でもなかった。「どうかご無事で……どんなに遠い旅路になろうとも」
三人はまるで石像のように凍りつき、静寂の中に佇んでいた。聞こえるのは、震える息づかいと、まるで誰かを嘆くような虫の音だけだった。
セラフィナの寝室にて。
セラフィナは、もぬけの殻となった生気のない部屋の中央に立っていた。私物はすべて箱に詰められ、残されたのは彼女が両の掌に丁寧に載せた三つの大切な品だけだった。
セラエルの手記——奪い去られた最愛の母の形見。
銀のブレスレット——絆を思い出させる最初の装飾品。
温もりを宿した小石——6歳の誕生日にエゼキエルがくれたもの。
彼女はゆっくりと、まるで神聖な儀式でも執り行うかのように、その三つの品を木の床の上に一つずつ丁寧に置いた。
彼女の足元と周囲——部屋の床、壁、離宮の隅々に至るまで、彼女がこれまで人知れず運び込み、撒き散らしておいた可燃性のオイルがたっぷりと染み込んでいる。すすり泣きもなければ、涙一粒すら落ちない。あるのは氷のように冷たい、揺るぎない決意だけだった。
片方の美しい手で魔石を強く握り締め、爪が食い込んで肉を裂く。もう片方の手で、マッチの箱をゆっくりと、しかし確実に手に取った。
最後の最後に、彼女は部屋中へ視線を巡らせた……。
無垢な赤ん坊の頃から寝転がって眺め続けていた、奇妙なひび割れの入った木製の天井。
遠い昔、雨風の嵐による隙間を埋めるためにドークが泥を塗ってくれた壁。
何千回も膝を抱えて月や星々を見上げていた窓辺。
記憶のあらゆる破片、すべての微笑み、涙の跡、そして人生の痛み——そのすべてがこの場所に溶け込み、深く根を下ろしていた……ここは彼女にとって、檻であると同時に、自らの墓場でもある場所だった。
彼女はマッチ棒を箱の側面に擦り合わせた——
カチッ!
暗闇の中でオレンジ色の炎が鮮やかに灯る。恐怖の消え去った美しい瞳の中に、眩い光が揺らめいていた。そこにあるのはただ、完全な虚無と、真の解放だけだった。
「もう二度と、会うこともありませんように……」
彼女はこの世界に向けてその願いを囁いた。薄い唇に浮かんだのは、痛切さと、これ以上ないほどの安堵が入り混じったかすかな笑みだった。
「……もっとも、そんなことが不可能だなんてわかっているけれど」
彼女は燃え盛るマッチをしばしの間しっかりと握りしめ、やがてそれを、オイルを吸って湿った木の床へと放り落とした!
マッチがゆっくりと落下していく最中、彼女の脳裏には様々な思いが去来していた。
(私は後退するつもりもない。躊躇するつもりもないし、後悔もしない。さらばエデンレイン王国、さらばエヴェルリン、ラックスフォート、エドンリア。セラフィナという人間はここで完全に死んだのだ)
彼女の目からとめどなく涙があふれ出し、声を震わせながら言葉が漏れた。
(お母様、さようなら。ヘレン、ピタ、ドーク、さようなら。私はあなたたちのことを忘れない。どうか新しい人生を始めてちょうだい。私のことは忘れて、いつまでも私に囚われないで)
ヘレン、ピタ、ドークの三人が門の前で不安に駆られながら待っていたその時だった——!
突然……!
離宮の奥深くから、激しい光の閃光がオレンジ色の猛火となって一気に突き抜けた!
「あれは何っ!」ピタが絶叫し、狂ったように燃え盛る窓から炎が噴き出す離宮を震える手で指さした。
ヘレンは振り返り、その顔から血の気が完全に引いた。「火事よ! 離宮が燃えているわ!」
ドークは本能的に身体を翻し、暗闇の中を建物へと向かって走ろうとしたが、ヘレンが涙を流しながら彼の腕を必死の力で掴んだ。「行っちゃダメ! お姫様がここで待っててって言ったのよ!」
誰も身動きすら取れなくなるより早く、今度は凄まじい最初の爆発音が響き渡り、離宮の地響きが周囲を揺るがした! 圧倒的な爆風が、近くにあった本宮の窓ガラスを粉々に砕け散らせた!
「一体何が起きてやがる!」
本宮の中からパニックに陥った怒号が響き渡る。
警備兵や使用人たちが驚愕の面持ちで正面玄関から飛び出し、夜空を血のような炎の色に染め上げていく光景を目の当たりにして立ちすくんだ。
「あれって離宮じゃないか!」
「誰が火をつけたんだ! どうして火事になるんだよ!」
誰一人として冷静さを取り戻せないうちに、二度目の爆発が建物の別の角度から間髪入れずに轟いた。深紅の炎が天を突くように猛り狂い、まるで獲物に牙を剥く巨大な怪物のようだった。
そして……三度目、四度目、さらにその次へと、計画的に仕掛けられていたかのように、あらかじめ正確に埋め込まれていた爆破の導火線が次々と連鎖していった。あらゆる部屋が、あらゆる隅々が容赦なく破壊され、一瞬にして離宮全体が巨大な火の海へと変貌していく。
悲鳴と混乱の怒号が入り交じり、あたりは修羅場と化した。
ヘレンはその場に膝から崩れ落ち、両手で口を覆い、心を引き裂かれそうな嗚咽を必死に押し殺した。頬にはとめどなく涙が伝い落ちる。「お姫様……嘘よ、お姫様……!」
ピタもまたその場に倒れ込み、両膝を冷たい地面に打ちつけた。制御できないほどの激しい震えが体を襲う。「これはいったい……どうして……お姫様はまだ中においらっしゃるはずじゃありませんか! 中にいらっしゃるんでしょ!」
ドークは呆然と立ち尽くしたまま、拳を固く握り締め、爪が手のひらに食い込んで血が滲むのも忘れていた。奥歯を噛み締めすぎてエラが浮き出ている。充血した瞳で、思い出の詰まったすべてを、そして家も何もかもを灰へと変えていく炎をじっと見つめていた。その炎は、彼の呼吸の熱さすらも焼き尽くしていくようだった。
就寝についたばかりの皇帝は、轟く爆発音に飛び起きるように目を覚ました。ベッドから跳ね起き、寝間着のまま慌ててバルコニーへと飛び出した。
皇帝の目に飛び込んできたのは、愛する離宮が巨大な炎に包まれて猛烈に燃え盛る光景だった。深紅の炎が、恐怖で限界まで見開かれた皇帝の瞳に痛々しく映し出される。
「セラフィナ——!」
皇帝は我が子の名を悲痛な叫び声で呼び、自分自身の身なりも構わず、死に物狂いで階段を駆け下りた。
後を追ってきたモーウェンとカリステルも、目の前の光景に言葉を失い、恐怖で身体が完全に麻痺していた。
十数人の近衛兵が急ぎ足で消火用の桶や道具を抱えて離宮へと突撃しようとしたが、あまりにも猛烈な熱放射と激しい炎の前に、人間が近づける限界を遥かに超えていた。熱の壁は肌を焦がし、誰も一歩たりとも近づくことができない。
「下がれ! 構造が崩落するぞ!」隊長の叫び声が響き渡った。
現場に到着した皇帝は、激しく荒い息をつきながら、狂ったように燃え盛る業火を狂乱の眼差しで見渡した。「セラフィナはどこだ! 娘の姿を見た者はいないのか!」
返事はない……木がパキパキと音を立てて燃え盛る音のほかには、底知れぬ恐ろしい静寂だけが答えとして返ってきた。
ヘレンは兵士の輪を掻い潜り、皇帝の足元へと這いつくばるようにして、ちぎれんばかりの声で泣き叫んだ。「陛下! お姫様が……お姫様は、真夜中になる前に門のところで待つようにとおっしゃったのです! 最後のご挨拶をするために、ですが……」
「だが何だ! 話せ!」皇帝は声を荒らげ、制御しきれない激しい震えに身体を揺わせながら問い詰めた。
「お姫様は……一度も門に現れませんでした!」ヘレンはついに号泣した。「私たちはずっと……あの火が燃え上がるまで待ち続けたのです!」
数時間後、勢いが弱まった炎の中を兵士たちが必死に掻き分けて進んだ。
離宮の跡地に残されていたのは、真っ黒に焦げた無残な廃墟、ねじ曲がった鉄骨、そして原形をとどめないほどに細かく砕けた煉瓦とコンクリートの残骸だけだった。
数日、そして数晩にわたる徹底的な捜索が続けられた。すべての兵士が総動員され、あらゆる瓦礫の隙間、隅々までがひっくり返されたが……。
セラフィナの姿も、その命の途絶えた肉体すらも、ついに発見されることはなかった。
痕跡はどこにもない……骨の片すら残されていない……。
そして、その炎が燃え上がった瞬間から、エデンレイン王国のどこを探しても、セラフィナ王女の姿を見た者は二度と現れなかった。




