第51話 : 歪められた盤上で交錯する策略
薄暗く凍えるような地下牢の中。
岩壁に染みついた湿気と、古びた血の臭いが混ざり合い、吐き気を催すような悪臭が漂っていた。
鉄格子の小さな隙間から差し込む僅かな光が、震え続けるセラフィーナの身体を照らしている。
美しい瞳は泣き腫らされ、もはや流す涙さえ残っていないかのようだった。
彼女は今でも、あの広間にいた全員の視線を鮮明に覚えている。
疑念、嫌悪、そして――裁判を待つことすらなく、すでに自分を断罪してしまった者たちの視線。
あの証拠たち……。
書き加えられた日記。
誰かの手によって新たに書き上げられた計画書。
そして、幼い頃に起きた些細な出来事の数々。
それらを一つ一つ繋ぎ合わせ、まるで悪意に満ちた一枚の絵を完成させるかのように仕立て上げられていた。
あまりにも巧妙だった。
自分自身でさえ、本当に自分が彼らの言う通りの悪魔なのではないかと、信じかけてしまうほどに。
「でも……違う……私は何もしてない!」
セラフィーナが絶望の淵へと沈みかけていた、その時だった。
羽毛が舞うように軽い足音が、牢獄の前から響いてきた。
「コン……コン……」
セラフィーナはびくりと身体を震わせ、顔を上げた。
薄暗闇の中、茶色の髪を持つ少女の影が、僅かな光の中に浮かび上がる。
セネスティアが鉄格子の向こう側に立ち、薄い笑みを浮かべていた。
その笑顔は、いつもの明るく無邪気なものではない。
背筋が凍るような、底知れない何かが滲み出ていた。
「セネスティア……」
セラフィーナは掠れた震える声で、その名を呼んだ。
「あなた……どうしてここに……」
セネスティアは僅かに身を屈める。
大きな瞳が、見るも無惨な姿になった異母妹をじっと見つめる。
その瞳に宿る感情は、到底読み取ることができなかった。
そして――喉の奥で小さく笑った。
「優秀な妹を見舞いに来たんですよ……。いえ……違いますね。経験も私のほうが豊富で、ずっと大人びてもいますから、姉と呼ぶべきでしょうか……。可哀想ですね。自分がもう、みんなの目には悪人になってしまったって、ようやく気づいたんですか?」
セラフィーナは目を大きく見開いた。
心臓が大きく跳ねる。
今までとは完全に異なる声と態度。
その変化によって、ある一つの真実が頭の中に浮かび上がった。
「まさか……。まさか、全部……」
「そうですよ。私がやったんです」
セネスティアは何の悪びれもなく答えた。
そして、甘ったるい笑みをゆっくりと浮かべる。
「その日記も、あの悪意に満ちた計画書も、それにあなたが子供の頃にしたくだらない出来事まで拾い集めて、一つに繋ぎ合わせたんです……。上手くできていたでしょう?」
セネスティアは楽しそうに笑った。
「このために、かなり長い時間をかけて準備したんですよ。あなたが……ここまで深い奈落へ落ちていけるようにね」
「どうして……」
セラフィーナは残された力を振り絞り、鉄格子へと飛びかかった。
細い手で鉄棒を強く握り締める。
その指の関節が白く浮かび上がるほどだった。
「私はあなたに何もしてない! セネスティア! どうしてここまで私の人生を壊すの!」
「何もしてない……ですって?」
その瞬間、セネスティアの表情が冷たく変わった。
その瞳には、明確な憎悪が浮かんでいる。
「あなたが可哀想な子供を演じて、周囲の人間から注目を集め続けたこと……。そして何よりも……」
セネスティアは鉄格子へ顔を近づける。
そして、心臓の奥まで突き刺さるような小さな声で囁いた。
「玉座も、私が手にするはずだったすべても……兄さんとあなたが奪おうとしているからですよ」
「あなた……悪魔……嘘つき……玉座ですって? 見れば分かる。あなたはそんなこと、少しも気にしてない。今だってそう……。セネスティア、あなたは……リゼロットの何らかの力に操られているんでしょう? みんなと同じように……」
セラフィーナは目の前の少女を見つめた。
全身が凍りつくような感覚。
今までの人生で一度も抱いたことのない感情が、胸の中で形を成し始めていた。
それは、純粋だった心を少しずつ蝕んでいく。
セネスティアは愉快そうにくすくすと笑った。
そして牢獄からゆっくりと後退する。
片手でセラフィーナの襟元を掴み、外側へ押し出したかと思うと――次の瞬間、勢いよく引き戻した。
セラフィーナの頭が鉄格子へ激しく叩きつけられる。
額から血が流れ落ちた。
「思う存分泣いてくださいね、妹。だって、もうすぐ……外の世界には、姉であるあなたの居場所なんてなくなるでしょうから」
「さようなら」
セネスティアの足音が、少しずつ遠ざかっていく。
そしてセラフィーナは再び、暗闇と痛みの中へと取り残された。
――場面は変わり、リゼロットの私室へ。
リゼロットは豪華なソファに足を組んで座っていた。
手にしたワイングラスを、ゆっくりと揺らしている。
つい先ほど大広間で起きた出来事によって、彼女が当初立てていた計画は完全に崩れてしまっていた。
セネスティアがその隙を利用し、彼女の計画を先回りする形で偽の証拠を用意し、セラフィーナを追い詰めてしまったからだ。
しかし――リゼロットは、少しも怒ってはいなかった。
むしろ、その口元には悪戯めいた笑みが浮かんでいる。
「セネスティアの小娘……なかなかやるじゃない」
リゼロットは小さく呟いた。
「私の成果を利用して、さらに大きな計画へと発展させるなんて……本当に見事なものね。でも残念ね。あなたは、自分だけがこのゲームを操っていると思っているんでしょう?」
彼女はワインを一気に飲み干す。
そして立ち上がると、銀色の仮面を手に取り、その顔へと被せた。
「ここまで盤面が大きくひっくり返り、セラフィーナも闇の底へと突き落とされたのなら……」
仮面の奥で、リゼロットの瞳が妖しく輝く。
「そろそろあなたも……裏で暗躍する秘密の駒として、次の一手を打つために表へ出てくる頃ね」
「この復讐のゲームを……もっともっと面白くするために!」




