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第40章 : 比類なき戦場

渦巻く黒煙が周囲一帯に立ち込め、異様な熱気を孕んでいた。覆面を身につけた十数人の刺客たちが、中心にたたずむ肩出しスタイルのเข้ม濃い紫色の長袖ニットを着た少女を取り囲んでいる。その首元には鮮やかな紫色のフリルが施され、袖先は長くて手をすっぽりと覆っていた。彼女は円陣の中心に立ち、艶やかな髪は絶え間なく詠唱される深遠な魔力によって生じた旋風に揺れていた。


「かかってきなさいな……」彼女は冷徹ながらも、どこか深く愉しむような声を響かせた。「……まずは誰から死にたいの?」


黒衣の刺客たちが一斉に三方から飛びかかった。濃厚な闇の魔力の奔流が手のひらから解き放たれ、一瞬にして彼女の身へと肉薄する。


だが、少女はわずかに身をかわしたに過ぎない。三つの苛烈な攻撃は、毛先一本にすら触れることなく奇跡的に空を切った。


「遅すぎるわね……そんな攻撃、ラオに当たるはずがないじゃないの」


彼女が手をかざして魔導ルーンを描くと、黄金色の光属性の魔力が即座に逆流して弾け飛んだ。襲いかかった三人の体を激しく吹き飛ばし、地表へと叩きつける。


少女は視線を転じ、少し離れた場所にたたずむ漆黒の髪の美女へと眼差しを向けた。その周囲には、主の命を待つ黒衣の部下たちが居並んでいる。


「リノセロンテ……あなた自身は手を出すつもりはないの?」彼女は嘲りの笑みを浮かべて挑発した。「……後ろで指図しているばかりで、この消滅の魔女ステシア、ラオに勝てると思っているの?」


リノセロンテと呼ばれた黒髪の美女は、完璧な彫刻のごとき優美な佇まいで静かにたたずんでいた。その官能的で妖艶な肢体は偶然の産物などではなく、見る者の魂を狂わせ、目眩く歓楽へと引きずり込むために作られたかのようだった。


鮮血のように赤い瞳がまっすぐにステシアを見つめる。放たれる謎めいた艶やかなオーラとほのかな甘い香りに、周囲の男性刺客たちは次第に集中力を削がれ、心を乱し始めていた。


「アイリンさん……」黒衣の男の一人が、戦場の只中にいることすら忘れたかのような恍惚とした眼差しで呟いた。「……今夜は、俺の傍にいてくれますよね?」


「エリン様……どうか、そのオーラを少し抑えていただけませんか……」別の男が震える声で、散り散りになりそうな正気を必死に繋ぎ止めようと溢した。「……これでは、とても戦いに集中できません……」


リノセロンテの本名であるアイリンは、喉の奥でくすくすとなめらかに笑った。その鈴の鳴るような澄んだ響きは、耳にした者の鼓動を無自覚のうちに激しく跳ね跳ねさせる。


「申し訳ありませんわね……」彼女はかすかな嘲笑を浮かべて応えたが、その魅惑のオーラを収める気配など微塵もなかった。


ステシアは興奮と軽蔑の入り混じった瞳でアイリンを見つめた。「あらあら……大罪の魔女、レティニア・ミルーナ・リノセロンテちゃんが自らお手々を汚してくれるかしら? らお、とっても嬉しいわ!」


彼女は大声で嘲笑してみせた。「あなたって名前も異名も多すぎて、本当に鼻につくわね。『色欲のエリン』『さすらいの娼婦アイリン』『大罪の魔女』『黒薔薇の魔女』『奈落の魔女』『狂気の女神』『処罰の女神』……多すぎてらお、混乱しちゃうじゃない。本当にナー・パット・シー(図々しい/しぶとい)奴ね!」


ステシアの笑みがさらに深まる。「だかららおは今日乗り込んできたのよ。あなたをラオの配下に収めるためにね!」


アイリンは静かに、微動だにせずその言葉を聞いていた。「そうでございますか……ですが、少々遅すぎたようですわね」


次の瞬間、突風が吹き抜けた! レーナの姿が唐突に現れ、その手に握られた侍刀(カタナ)が視認すら不可能な神速で閃く——!


ズバッ!


ステシアの身体が一瞬にして八つの肉塊へと切断された!


レーナはアイリンの傍らに降り立ち、反対の手で手首を押さえながら首を振った。「くっ……痛たた。なんて硬い体なの……」


だが、地面に飛び散った八つの肉塊がゆっくりと蠢き出し、互いに引き寄せ合うと、まるで最初から斬られてなどいなかったかのように、元のステシアの姿へと再構築されていった。


「残念だったわね……」ステシアがそう口にした瞬間、レーナはサッと間合いを取り、最大の警戒を込めて鋭い視線を向けた。「……ラオは光と闇、両方の魔法を使えるのよ。凄いでしょう、二人とも?」


ステシアは自身の手傷が修復されていく様を興味深そうに見つめ、驚く様子すら見せなかった。「まあ、答えてくれなくていいわよ。光と闇は誰もが持つ基本属性だけど、得意不得意が人によって違うことくらいラオだって知っているもの」


レーナは答えず、刀の柄を強く握り直した。その瞳から若々しさは消え失せ、張り詰めた緊張感が宿る。


レーナは隣に立つアイリンへ視線を向けた。「アイリンお姉様……私たちが力を合わせれば、世界四最強の一人であるこのステシアを倒せるでしょうか?」


アイリンは深く思案し、真剣な面持ちで答えた。「厳しいでしょうね……奴は強すぎますわ。私たちが全力を尽くしたところで、せいぜい小さな傷を一つ負わせるのが関の山です」


彼女は前方に立ち、不敵な笑みを浮かべるステシアを見据えた。「あの者が本気を出せば……ここにいる者など、一瞬で片付けられてしまいますわ」


二人の会話をはっきりと聞き取ったステシアは、高らかに笑い声をあげた。「一瞬ですって……? バカにしないでちょうだい」彼女は白い歯を覗かせてニヤリと笑った。「……もしラオが本気を出したらね、ラオはここにいる全員を『一瞬』なんて言葉じゃ生ぬるい次元で倒せるんだから!」


一呼吸置き、その笑みはさらに凶悪さを増す。「つまり……ラオの動きは瞬きする間の数百倍、数千倍も早くね!」


言葉が終わると同時に、ステシアが再び動いた! 今度は先ほどを遥かに凌駕する圧倒的な速度で跳躍し、その全身から無数の属性魔法が終わりなき大嵐となって旋風を巻き起こす。


レーナは襲い来る闇の炎を間一髪で跳び越え、刃を鋭く閃かせて反撃に転じた。しかしステシアは、すべての軌道をあらかじめ知っていたかのように容易く身をかわしてみせる。


「遅いメッセージね、レーナリン……もっと早くしなさいよ。これじゃラオを楽しませられないじゃない」


「黙れ……偽りの生命体め」


ステシアの身体がぴたりと停止した。瞳を少し細め、レーナの目をじっと見つめると、両手の人差し指を両頬と顎の下に添え、首を少し傾けた。それは極めて戯れで、可愛らしく、どこか悪戯っぽい雰囲気を醸し出していた。


「ひどーい! らお、傷ついちゃったわ。すごく傷つく言葉ね。でもらおは気にしないわよ、自分で自分を説明してあげるからね!」


アイリンは魅惑の術式と攻撃魔法を織り交ぜ、ステシアの集中力を乱そうと試みた。だが、その深遠な魅了の力すら、ステシアには爪の垢ほども届かない。


「あなたの魅了魔法なんてラオには効かないわよ」ステシアは嘲笑した。「……ラオには、あなたに支配されるような情緒や感情なんて持ち合わせていないもの!」


レーナとアイリンは、より洗練された連携へと切り替えた。レーナが近接剣術でステシアの注意を引きつけ、その隙にアイリンが遠距離から連続して支援魔法を叩き込む。それと同時に、ステシアは語り始めた。


「らおはね、肩出しスタイルの濃い紫色の長袖ニットを着ていて、首元には鮮やかな紫色のフリル、袖先は長くて手を覆っているの」


生き残っていた黒衣の刺客たちも戦局へと飛び込んでいった。レーナとアイリンが反撃するための隙を作るため、自らの命を投げ打つ覚悟だった。


「髪はマゼンタピンクで、ターコイズブルーとパープルのハイライトが入っているの。高めのツインテールで、前髪は顔を囲むように長く伸びて、毛先は鋭くスライスされているのよ」


「惜しかったわね……もう少しで当たるところだったわ。団結して挑んでくるなんて、悪くないわね」


ステシアは四方八方から押し寄せる攻撃を軽やかにかわしながら呟いた。余裕のある身こなしではあったものの、彼女の腕にはうっすらと小さなかすり傷が刻まれ始めていた。


「続きを話すわね……頭の両側には大きな鮮やかな青と白のリボン、右側には薄黄色の三日月ヘアピンと四本角の星型ヘアピン、左側には白いクロスヘアピン、そして後頭部にはレースフリル付きの青いリボン帯がついているの!」


だが話し終わらぬうちに、漆黒の鎖がステシアの体内へ突き刺さり、その魂を縛り上げた! アイリンの大魔法を回避し体勢を崩した一瞬の隙——レーナはその刹那を逃さず、一気に間合いを詰めて侍刀を突きたてた!


「右目は鮮やかなピンクレッド、左目はオレンジゴールドのオッドアイ! 肌は透き通るような白で、耳は尖っていて、右目の下には泣きボクロ、そして悪戯っぽい笑顔で、口元は小さなwの形にできるの!」


ザシュッ!


鋭利な刃がステシアの腕を切り裂き、漆黒の血がじわりと滲み出る。レーナの瞳が大きく見開かれたが、直後、全身に激痛が走った。(くそっ、戦えば戦うほどアイツの体が硬くなっていく……道中で大罪の力を使ってしまったから、今はこの力が使えないんだ。あの時使っていなければ……!)


「ほう……」ステシアは驚いたように呟き、腕の傷口を見つめた。「……なかなかやるじゃない。あら……どこまで話したっけ……あー……うん、そう、口元を小さなwの形にできるの! これらの理由から、らおは最も完璧な生命体なのよ!」


彼女は後ろへ跳んで距離を取ると、その瞳に宿る色が真剣なものへと変化した。「ラオ、ここからはもっと激しく攻撃するわよ……覚悟しなさい!」


レーナやアイリンが瞬きする間もなく、数万、数十万もの魔法陣が空中に展開された。


「らおのこの技、煙幕爆発でかすり傷をつけるだけだって散々バカにされたからね。だかららお、あなたたちに仕返してあげるわ!」


ステシアが両手を前方へ突き出すと、魔法陣から数千もの眩い光の弾丸が放たれ、敵の群れへと容赦なく叩きつけられた。


ドドドドドッ! ズドーン! ズドーン! ズドーン!


大地が裂け、石片が舞い散る猛烈な連発爆発の音とともに、誰も動く暇すら与えないまま、ステシアの大声の叫びが響き渡る!


「ムーッ!ムーッ!ムーッ!ムーッ!ムーッ!ムーッ!〜!ムチュッ!ムチュッ!ムチュッ!ムチュッ!パクパクパクパクパクパク!タダー〜!タデータデータデータデータ〜!チュッ!チュッ!チュッ!チュッ!チュッ!チュッ!ラオ〜!ラオ〜!ラオ ラオ ラオ ラオ ラオ ラオ ラオ〜〜〜シャナ・レーウ!」


爆風によって立ち込めた灰色の濃厚な煙幕が視界を完全に遮る。やがて風が煙を吹き払い、全身血まみれのレーナリンが、さらに重傷を負ったアイリンを必死に支えて立っている姿が露わになった。周囲には多くの人々が力尽きて倒れている。


ステシアは静かに佇み、周囲の状況を観察した。今回の戦闘で解放した属性エネルギーは、思いのほか自身の肉体に負荷をかけていた。


(ラーオ、思った以上に力を解放しすぎちゃったわね……)


彼女は心の中で思案した。少し離れた場所で息を荒らげるレーナとアイリンへ視線を向ける。


(ラーオがこれ以上無理に戦いを続けても……割に合わないわ)


「まあいいわ……今日のところはらお、これくらいにしておいてあげる」ステシアは満面の笑みを浮かべてみせた。


「逃げるつもりですか!」レーナが荒い息の下から挑発するように叫んだ。


「逃げるだなんて人聞きの悪い言い方をしないでちょうだい、レーナリン」ステシアは言葉を正した。「……ただ適切な時期を選ぶだけよ。だってらおは賢くて良い子んだもの」


彼女が手をかざすと、背後に漆黒の空間の扉が開いた。同時に、レーナ、アイリン、そして無数の遺体の下に黒い魔法陣が浮かび上がる。すると負傷した者の傷が瞬く間に癒え、息絶えた者たちが次々と息を吹き返し、粉々に砕け散っていた肉体までもが再構築されていった。


「ごめんなさいね……魂ごと消滅しちゃった人は、治療も蘇生もしてあげられないわ……また次回会いましょう……」


彼女はゲートの中へと足を踏み入れながら告げた。


「……サファイアの白竜と、大罪の魔女。本当に興味深いわ。ラオ相手に十二時間も時間を稼ぐなんて、本当に面白い存在ね。まあ、レーナリンが来るまで時間を稼いでいたのは、ほとんどリノセロンテと組んでいた雑魚どもだけどね」


空間の扉が閉じられ、ステシアは姿を消した。甚大な爪痕の残された戦場には静寂だけが取り残された。


レーナは地面へとへたり込み、全身から汗を流しながら荒く息を吐き出した。「……逃げられたか」


アイリンが歩み寄り、手を差し伸べてレーナの体を引き起こした。「これで良かったのですわ……少なくとも、私たちは生きて戻ることができたのですから」


「ですが……実際、私たちはそもそも本当の意味での勝者ではなかった。……」レーナは深く溜め息をついた。


惨劇を生き延びた刺客たちが、戦場の中心へと集まり始めた。


「レーナ様……アイリン様……」男の一人が声を絞り出した。「……今回の戦闘で、四名の仲間を失いました」


レーナは重苦しい表情でそれを受け止めた。「分かりました……この件は私からミライ様に報告します」


アイリンはステシアが消え去った方角を見つめ、普段になく真剣な面持ちを浮かべていた。「Apaxacesとは、これほどまでに恐ろしい存在だったのですね……私たちが手を組んでなお、これにしかならないとは」


「ステシアは、いつまた戻ってくると思いますか?」


「定かではありませんわ……」アイリンは答えた。「……ですが、あの手の者がそう簡単に諦めるとは思えません。ましてや、魅力的な標的を見つけたとなればなおさらです」


「魅力的な標的……私たちのことですか?」


「おそらくは……」アイリンは寂しげな笑みを浮かべた。「……過剰な力を宿すということは、時に望まぬ災いを引き寄せてしまうものなのですわ」


レーナは立ち尽くし、暗くなり始めた空を見上げながらアイリンの言葉を反芻していた。


(もしステシアが本当に本気を出していたら……私たちは決して容易には生き残れなかった)


(もっと……もっと強くならなければ……!)


彼女は拳を強く握り締め、ステシアの黒い血で汚れた手中の侍刀を見つめた。


「アイリンお姉様……」彼女は口を開いた。「……私たちはもっと強くならなければいけません。そうでなければ、いつか大切なものを何一つ守れなくなってしまう」


アイリンは深い理解を込めて彼女を見つめ返した。「ええ、その通りですわ……だからこそ、私たちは絶え間なく修錬を積み重ねなければならないのです」


一行は荷物をまとめ、本拠地への帰路につく準備を始めた。負傷者たちは仲間の肩を借りながら歩みを進める。


レーナは道中、アイリンの隣を並んで歩いた。


「今日は見事でしたわ……」道中、アイリンが声をかけた。「……あなたの剣技、格段にキレが増していましたもの」


レーナは疲切った顔に、小さな笑みを浮かべた。「ありがとうございます……アイリンお姉様も、本当に凄かったです」

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