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第37章 : 胸に残りし思い

何の前触れもなく、空から激しい雨が降り注いできた。菜園でうつむきながら野菜の収穫に勤しんでいたドークは、慌てて資材小屋の軒下へと走り込んで雨宿りを余儀なくされた。服も身体も半ば以上濡れてしまっている。


「ドーク!」


厨房から雨を突いて走ってきたピタの声が響いた。その手には一本の傘が固く握られている。


距離は大して離れていなかったものの、激しく叩きつける雨のせいで、彼女の服や身体もまた同じように濡れそぞろとなっていた。


「どうして走ってきたんだ」


額に濡れた髪が張り付いたピタの姿を見つめながら、ドークは気遣わしげに声をかけた。「家の中で待っていればよかったのに」


「だって、雨が酷くなってきたから……急いで傘を届けなくちゃと思って」ピタは小さく息を荒らせながら答えた。


資材小屋の軒下は、二人の間に距離を保つにはあまりにも狭すぎた。互いの身体から放たれる温もりがはっきりと伝わってくるほど、二人は密接して佇んでいる。


「寒いか?」


雨粒と吹きつける冷たい風に、ピタの身体が小さく震えているのに気づいて、ドークが尋ねた。


「少し……」


ドークは一瞬躊躇したものの、まだ乾いている自分の上着を丁寧に脱ぐと、彼女の肩へとそっと羽織らせた。


「大丈夫ですよ……」ピタは遠慮がちに辞退しようとする。


「着ていろ」彼は声のトーンを強めたが、その奥には深い情愛が込められていた。


ピタは大人しく上着を受け取り、身体を包み込んだ。生地に残る土と太陽の匂いが、彼女の心に不思議な温もりと安心感をもたらしてくれる。


雨粒は留まることを知らず、幾重にも重なって降り注ぎ続けていた。二人は軒下で長い間並んで立ち、地面を叩いて小さな水たまりを作っていく雨の模様をじっと見つめていた。


「今日は……とても静かですね」静寂を払うように、ピタが口を開いた。


「ああ……ずっと雨音を聞いているのも悪くない」ドークは視線を外に向けたまま答えた。


再び静けさが戻ってきた。だが、それは気まずい静寂などではない。長年連れ添った者同士だからこそ感じられる、安らぎと心地よさに満ちた空間だった。


「ピタ……」


ドークが再び彼女の名を呼んだ。その声は、普段よりもずっと真剣な響きを帯びている。


「はい……?」彼女は振り返り、彼を見つめた。


彼は一瞬、気まずそうに沈黙した。固く握りしめられた両手がゆっくりと解かれていく。胸の中の躊躇いと葛藤しているかのようだ。


「お前は……」言葉を発しかけては口をつぐみ、深く息を吸い込む。「……将来のことを考えたことがあるか?」


ピタは少し意外そうな表情で彼を見つめた。「将来……ですか? どのような?」


「その……」ドークは会話の中で初めて、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返した。「……誰かと共に寄り添って歩む、将来のことだ」


ピタは一瞬茫然と立ち尽くした。小さな心臓が俄かに跳ね上がり、激しく脈打ち始める。いつもの仕事中の頼もしさとは打って変わり、どこかぎこちなく不器用な表情を浮かべるドークの顔を、彼女はただじっと見つめていた。


「それは……どういう意味ですか?」


胸の中でその意味をある程度察しつつも、彼女は問いかけた。


ドークは深く息を吐き出した。人生最大の勇気を振り絞るかのように。


「俺はこの場所で長年働いてきた……毎日お前の顔を見て、毎日会話を交わしてきた」


彼は一瞬言葉を切り、視線を落として地面の水たまりを見つめた後、再び彼女の目を見つめ直した。


「そして俺は……これから先もずっと、こうしていたいと思ったんだ。ただの同僚としてではなくな」


ピタは溢れ出る感情を必死に抑えながら立ち尽くしていた。驚きと深い歓喜が入り混じり、頬がカッと熱くなっていく。


「ドーク……」彼女は声を震わせながら言葉を紡ぎ始めた。


「もし、お前が同じ気持ちじゃないなら……気にしないでくれ」ドークは焦ったように言葉を挟んだ。静寂が拒絶を意味しているのではないかと恐れたのだ。「ただ、お前に知っておいてほしかったんだ……これ以上、一人で胸に秘めておきたくなかった」


ピタは可憐な笑みを浮かべた。気づけばその瞳にうっすらと涙が浮かんでいる。


「私も……同じ気持ちです」


ドークが一瞬固まった。自分の耳を疑うかのように。「……本当か?」


「本当です」ピタは深く頷いた。「私……あなたがそう言ってくださるのを、ずっと陰ながら待っていたんですから」


二人は恥ずかしさと溢れんばかりの幸福感を交えながら、互いに見つめ合って微笑みを交わした。外の雨足は次第に弱まり、薄くなった雲の隙間から午後の柔らかい日差しが差し込み始めている。


「それじゃあ……」ドークは躊躇いがちな声で言った。「……俺たち……」


「恋人同士、ですね?」ピタが明るく満開の笑顔で言葉を補った。


ドークは小さく声をあげて笑った。ピタがこれほどまでに穏やかで幸せそうな彼の笑顔を見たのは、これが初めてのことだった。


「ああ……お前さえ良ければ」


「喜んで!」ピタは即座にそう応えた。


厨房の窓から、ヘレンは軒下で語り合う二人の姿を隠しきれない笑みを浮かべて見つめていた。


(やっと……口に出す勇気が出たのね)


二人の会話がはっきり聞こえたわけではない。けれど、その佇まいや交わされる笑顔だけで、すべてを物語るには十分だった。温かく祝福する気持ちが胸に満ちていく。


ヘレンは邪魔をしないよう外へ出ず、二人がこの特別な時間をもう少しの間共有できるよう、そっと見守ることにした。


雨が完全に上がり、皆がそれぞれの仕事へと戻ると、離宮の中の空気感はどこか微かに変化していた。ドークもピタも相変わらず自分の職務をこなしていたが、二人の視線が交わるたび、そこには秘密の温かな笑みが潜んでいた。


図書館から戻られたセラフィナ王女は、そのどこか明るく異様な雰囲気にすぐさま気づかれた。


「今日、何か特別なことでもありましたの?」厨房を通りかかった際、王女はヘレンに問いかけた。


ヘレンは意味深な笑みをかすかに浮かべた。「ええ……少しおめでたいことがあったのかもしれませんわ、殿下」


セラフィナ王女は不思議そうにヘレンを見つめたが、ヘレンはそれ以上何も語らず、ただ胸を温かさで満たしながら微笑みを返すのだった。

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