第36章 : 離宮の三人
ピタはがっしりとした木製の調理台の前に立ち、小麦粉で真っ白になった小さな手でパン生地をこねていた。彼女が作業中によく口ずさむお気に入りのハミングが、心地よい空気の中にふわりと溶け込んでいる。
庭園の扉からドークが足を踏み入れた。その手には、つい先ほど収穫したばかりの瑞々しい野菜が詰まった籐の籠が提げられている。
「新鮮な野菜を採ってきたぞ……」彼は短くそう言い、木製のテーブルの上に籠を置いた。
「ありがとうございます」ピタは彼に向けて甘い笑みをこぼした。「今日はたくさん採れましたね」
「最近は庭の野菜の育ちが良くてな……今年は雨にも恵まれているから」そう言いながら、ドークは真っ赤に熟したトマトを一つ手に取り、ピタへと差し出した。
ピタは微笑みながら手を伸ばし、それを受け取る……その刹那、二人の指先がほんのわずかに触れ合った。二人はほんの数秒だけ動きを止め、その後は何事もなかったかのように平静を装い、それぞれの作業へと戻っていった。
ちょうど厨房の扉を通りかかったヘレンは、その光景を目の当たりにした。二人が恥ずかしがらないよう何も口には出さず、心の中で微笑ましく思いながら、自身の仕事へと足を向けた。
(この二人……いつになったら自分の気持ちを素直に口にするのかしらね)
心の中でそう呟きながら、ヘレンは上質なテーブルクロスを手に取り、客室の準備へと向かった。
ドークとピタは、この離宮で長年にわたり肩を並べて働いてきた。はっきりとした約束の言葉など交わすことなく、その親密さと絆は静かに、そして少しずつ深く根を下ろしていったのだ。
午後が深まると、三人は自然と集まり、一緒にお茶を飲みながらくつろぐのが常となっていた……それは、誰からともなく始まった、温かく親密な習慣であった。
「今日はセラフィナ殿下も、セネスティア殿下と一緒に王宮へ向かわれたのですよね?」ピタはグラスに丁寧にお茶を注ぎながらヘレンに尋ねた。
「ええ……お戻りになられるのは夕方遅くになるでしょうね」
「リセロット様の歓迎の宴、だったか」ドークが口を挟んだ。その声は平坦で、特に何の感情も読み取れない。
ヘレンは頷きながら、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。「殿下は、あの方に対して少なからず違和感を覚えていらっしゃるご様子でしたわ」
「違和感、ですか?」ピタは興味深そうに尋ねた。
「ええ、はっきりと言葉にはなさいませんでしたけれど……」ヘレンは答える。「ただ、リセロット様と接する際、殿下がいつも以上に警戒しておられるのが見て取れましたの」
ドークは静かに耳を傾けていた。温かいティーカップを両手で包み込んだまま、すぐには自身の見解を口にしない。
彼は寡黙で口数こそ少ないが、その観察眼の鋭さと周囲への細やかな気配りは、誰の想像をも超えている。長年、静かに庭園の手入れと仕事に打ち込んできた経験が、言葉以上に人々の行動や仕草から真意を読み解く力を彼に養わせていた。
「セラフィナ殿下は、理由もなく他人に違和感を抱かれるようなお方ではない……」やがて彼は、重く確信に満ちた声で口を開いた。「もしそう感じておられるのであれば……間違いなく何か裏があるのだろう」
ヘレンは真剣な眼差しでドークを見つめた。「あなたもそう思われますか?」
「ただの個人的な推測に過ぎないがな」ドークは軽く肩をすくめてみせた。
ピタは二人の顔を交互に見つめ、誰にも気づかれないようにそっと微笑んだ。
彼女は幼い頃からヘレンやドークと共に働いてきた。この三人は、離宮を管理し、セラフィナ王女に仕える小さな家族のような存在なのだ。
(この二人……本当に息がぴったりですね)
ピタは心の中でそう思いながら、離宮の家事について話し合うヘレンとドークの姿を見つめていた。ごくありふれた日常の会話でありながら、そこには長年培われてきた深い親愛と絶対的な信頼関係が滲み出ている。
夕日が地平線に沈みかける頃、ドークは使い終えた庭仕事の道具を片付けに向かった。ピタも誰に言われるでもなく、彼の手伝いをするために後を追う。
「今日は随分とお疲れですか?」ピタは身を屈めてシャベルや鍬を拾い集めながら尋ねた。
「まあ、どうにかこなせる程度にはな」ドークは答えながら、手際よく道具を定位置へと戻していく。
二人は並んで倉庫へと歩を進めた。二人の間に流れる沈黙は少しも息苦しいものではなく、むしろ長年連れ添った者同士にしか出せない、深い安らぎと心地よさに満ちていた。
「ピタ……」突然、ドークが名前を呼んだ。その声には微かな躊躇いが混じっている。
「はい……」ピタは彼の方へと視線を向けた。
ドークは何かを言いかけようと口を開いたが、結局は思いとどまった。「……いや、何でもない。手伝ってくれてありがとう、と言いたかっただけだ」
ピタは彼に向かって甘い笑みを浮かべた。それが彼の本当に言いたかった言葉ではないと察しながらも。「どういたしまして」
少し離れた場所から、ヘレンはその様子を厨房の窓越しに見守っていた。不器用でぎこちない二人の姿に、思わず頬が緩む。
(いつか……どちらかが勇気を出して、はっきりと口にしなければならない日が来るでしょうね)
彼女はそう思いながら背を向け、まもなく王宮から戻られるセラフィナ王女を迎えるための夕食の準備に取り掛かった。
この離宮における三人の関係は、ひたすらに素朴で、揺るぎなく、そして本物であった。王宮に渦巻くような複雑な思惑も、陰謀も、仮面の下の腹の探り合いもここには存在しない。あるのはただ、長い年月をかけて少しずつ育まれてきた、純粋な思いやりと親しみだけだ。
セラフィナ王女が王宮での宴から帰還すると、ヘレンは離宮の扉の前で出迎えた。
「お帰りなさいませ……本日の宴はいかがでしたか?」ヘレンは気遣うように尋ねた。
「ええ、良かったわ……」セラフィナはそう答えたが、その表情にはまだどこか考え事をしているような影が残っていた。
ヘレンはそれに気づきながらも深くは追求せず、温かな夕食の匂いが漂う居室へと王女を案内した。
厨房では、ピタとドークが協力して食卓に食器を並べている。中からは微かな笑い声が漏れ聞こえてくる……それは、セラフィナ王女がこれまでの人生でずっと慣れ親しみ、触れてきた温もりと安らぎの風景そのものであった。
外の世界や王宮の権力闘争がいかに複雑で危険なものであろうとも……この離宮だけは、彼女にとって常に最も安心でき、心安らぐ場所であり続けるのだ。




