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第32章:消えない烙印

遠く離れたある王国。灰色の空は、人々の住む街並みを焼き尽くす激しい黒煙に覆われていた。かつて栄華を誇った王都の中心広場では、阿鼻叫喚の怒号、剣戟の響き、そして絶望に満ちた泣き声が入り混じり、地獄のような光景が広がっていた。


薄汚れた青いドレスを纏い、煤と血にまみれた一人の幼い少女が、目も当てられないほど目を赤く腫らしながら泣き叫んでいた。震える小さな両手を精一杯に伸ばし、鉄の鎧に身を包んだ兵士たちによって重い足かせと鎖で縛り上げられた、高貴な女性の姿へとすがりつこうとする。


「お母様……いやっ!」


少女の掠れた悲鳴が虚しく響く。


「お母様を連れていかないで! お願い……お願いです、母を助けて!」


かつてその国を統べる王妃であった女性は、我が子へと顔を向けた。かつての美しさは赤黒い血と泥に汚れていたが、その瞳だけは今なお、消えることのない深い愛の光を湛えていた。


「エリス……ごめんなさい」


王妃は震える声で絞り出し、頬を伝う涙が泥だらけの肌を濡らした。


「お母様は、あなたを守ってあげられなかった……ごめんね、エリス……本当にごめんね」


平穏な日々には従順にひざまずいていたはずの群衆や民衆たちが、今や処刑台を取り囲み、狂喜に満ちた嘲笑と罵声を浴びせせかけていた。


「見ろ! 悪逆非道な王妃と王女のざまだ!」


男の一人が下品な笑い声を上げて叫ぶ。


「いい気味だ!」


別の女も憎悪を剥き出しにして吐き捨てる。


「空威張りしていた王族が、結局こうやって地面を這いずり回るんだ!」


屈強な兵士二人が、二人の母子を広場中央の高い石造りの処刑台へと荒っぽく引きずり上げる。エリスは泣きじゃくりながら必死に抵抗したが、か弱い子供の力ではどうしようもなかった。


彼女たちの目の前で、赤々と燃え盛る巨大な鉄製の火鉢から、家畜の焼印に使われる鉄の塊が取り出され、禍々しい熱気を放ちながらギラギラと赤く光っていた。


兵士が無慈悲にその熱鉄を掴み、王妃の剥き出しの背中へと押し当てた――!


ジュウッ……!


凄まじい肉の焦げる音とともに、白い煙と異臭が立ち込める。王妃の口から、常軌を逸した絶痛の悲鳴が迸り、鎖がガシャガシャと激しく鳴り響いた。その断末魔のような叫び声は、少女の鼓膜と幼い心に深く、鋭く突き刺さった。


「お母様――ッ!」


エリスは血を吐くような声で叫んだ。


「次は……その汚れた血を引くガキの番だ!」


別の兵士が容赦なく声を荒らげ、容赦なく赤熱した鉄をエリスの背中へと押しつけた!


「ぎゃあっ――!」


あまりの激痛に、皮膚と神経が焼き焦がされる。熱い酸の雨が骨の髄まで染み渡るかのような苦痛の中で、少女は鋭い悲鳴を上げたまま、そのままプツリと意識を手放した――。王家を象徴する屈辱の奴隷烙印が、彼女の小さな背中に永遠に刻み込まれた瞬間だった。


残酷な焼き印の儀式の後、意識を失った母子は、他の捕虜や奴隷たちとともに古びた木製の荷馬車の荷台へと無造作に放り込まれ、国境沿いの奴隷市場へと連れ去られていった。


長くて凍てつくような道中、背中に深い火傷を負った王妃は、身を挺してエリスの小さな体を自身の腕の中に抱き込み、吹き付ける冷気や荷馬車の激しい揺れから娘を守り続けた。


「お母様はいつでもあなたのそばにいるから……温めてあげるからね……」


王妃は掠れきった、消え入りそうな声で娘の耳元に囁き続けた。


「何があっても……絶対に離さないから……」


しかし、不衛生な環境と手当の遅れにより、彼女の背中の火傷は急速に化膿し、高熱がその衰弱した肉体を蝕んでいった。エリスが恐怖で目を覚まし、泣き叫ぶたびに、王妃は痛む体に鞭打って愛おしげな笑みを浮かべ、娘を安心させようとした――その笑顔は、命を削る最後の余力で絞り出されたものだった。


やがて荷馬車が薄暗い奴隷市場へと到着したとき、母子は別々の檻へと引き離されることになった。すでに自力で立つことすらままならない王妃は、泥の上に崩れ落ち、這うようにして奴隷商人の裾にしがみついた。


「お願いです……この子だけは離さないで……」


彼女はすがりつくようにかすれた声を絞り出す。


「私をどう扱っても構いません……だから、この子を私のそばに置かせて……!」


バシッ!


冷酷に振り下ろされた鞭が、王妃の傷だらけの背中を容赦なく打ち据えた。


「黙れ、下劣な奴隷め! 誰が貴様らの頼みなど聞くものか!」


夜が訪れ、極寒の闇が仮設の檻を包み込む中、高熱と痛みに耐えかねた王妃は、冷たく湿った地面の上で息絶えた。隣の檻からその様子を見つめていたエリスは、暗闇の中で懸命に手を伸ばし、冷たくなりゆく母親の体に触れようとした。


「お母様……!」


少女は涙を枯れ果てさせ、鉄格子の隙間から小さな手を精一杯伸ばした。ほんのわずか届かないその距離が、当時の彼女にとって途方もない絶望の淵だった。


母からの返事は、二度と返ってこなかった。


高貴だった王妃は、その冷たい夜の底で、誰に看取られることもなく静かに息を引き取った。翌朝、その亡骸はまるでゴミのように雑に引っ張られ、どこかへ捨て去られたのだった。


     *


ヴェレンコート家の客室。エリスは真夜中にガバッと飛び起きた。


呼吸は荒く、全身から冷や汗が噴き出し、背中が熱を帯びたようにヒリヒリと痛む。まるで、今まさにあの地獄から逃げ出してきたかのように。


彼女は静まり返ったベッドの上に座り込み、激しく波打つ胸を押さえながら荒い息を整えた。


「また……あの日の夢を……」


掠れた呟きを零しながら、少女はゆっくりとベッドから這い下り、部屋の隅にかけられた小さな姿見の前へと歩み寄った。


彼女は自身の背中を鏡に向けるように身体を捻り、衣服の襟元と裾をそっと引き下げて、肩越しに自分の背中を覗き込んだ。


幾重もの年月が流れようとも、そこにはくっきりと盛り上がった黒ずんだ烙印の痕が残っていた。目と鎖を模した、消えることのない醜い奴隷の証。それは、かつての彼女の過去と、奪われたすべての温もりの記憶だった。


彼女はその傷痕をじっと見つめ続けた。その瞳に浮かんでいた切なさは、やがて深い決意の色へと変わっていく。


「……大丈夫」


彼女は自分自身に言い聞かせるように呟く。


「私には今、居場所がある。私に新しい命をくれ、私の価値を認めてくれた人がいる……」


彼女はそっと衣服を元に戻し、部屋の隅にある水盆へと歩み寄った。冷たい水をすくい、何度もその顔に浴びせかけ、悪夢の残滓を洗い流す。


一日の始まりを告げる朝の支度のため、部屋を出る直前、エリスはもう一度だけ鏡に映る自分自身をまっすぐに見据えた。


「リゼロットお嬢様……私に新たな生きる意味をくださったあなた様。どんなに暗い過去があろうとも、この命と魂のすべてを捧げて、あなた様にお仕えし続けます」


彼女は深く息を吸い込み、いつもの完璧で静謐な使用人の仮面を綺麗に纏い直すと、しっかりと前を向いて扉のノブに手をかけた。

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