第31章:忠実な下僕
エリスは最後のガラス片を慎重に木製の盆へと載せた。幾度となく繰り返してきたこの作業の手つきはシステマティックで洗練されており、失敗など微塵もない。たとえ時計の針が深く夜更けを指し示し、一日の激務で肉体が疲労に満ちていようとも。
彼女に、散らかった寝室の有様に対する恐怖や動揺は一切なかった。なぜなら、このような後始末をするのはこれが初めてではないからだ。
(お嬢様は、嬉しさのあまり感情を抑えきれなくなっていらっしゃるのだわ……)
淡々とゴミを掃き集めながら、彼女の心に疑問が浮かぶことはなかった。疑念を抱くことなど、毛頭なかったのである。
エリスがヴェレンコート家に下僕として引き入れられたのは、わずか十二歳の時のことだった。身寄りのない孤児だった彼女は、行き場のないまま働き口を探すしかなかったのだ。
最初の数年間は、家の中で最も過酷な下働きを押し付けられる最底辺の使用人にすぎなかった。誰も彼女に目を留めず、その名前すら覚える者はいなかった。
ある日――彼女は掃除の最中に、うっかり古い貴重な壺を床に落として割ってしまった。
当時の主任使用人は激怒し、容赦なく過酷な罰を与えようとした。そこへ偶然通りかかったのが、まだ九歳の幼いリゼロットだった。
「どうしたのですか……?」
リゼロットは無邪気で透き通るような声で尋ねた。
「この娘が貴重な壺を割ったのです! 厳罰に処さねばなりませんでした!」
リゼロットは床に散らばる破片を見つめ、それから恐怖に震えてうずくまるエリスへと視線を向けた。
「この壺はもともと古くなっておりましたわ……。もしかしたら自然にヒビが入って割れたのかもしれませんし、わざわざ誰かを罰して大ごとにすることはありませんわ」
エリスはその日のことを、細部まで鮮明に覚えていた。罰せられずに済んだ時の安堵感、そしてその時のリゼロットの姿は――まるで舞い降りた天使のように美しく優しかった。
その日を境に、リゼロットはしばしば彼女をそばに呼び、簡単な雑用を任せるようになった。少しずつ、より重要な任務を信頼して預けてくれるようになったのだ。
年月を経て、エリスはリゼロットにとって最も信頼される側近へと成長した。他の誰にも知られてはならない機密情報の収集、怪しげな密書の運搬、そして時には――決して他人に語ることのできない汚れ仕事まで。
彼女が下された命令に疑問を挟んだことは、一度たりともなかった。
なぜなら、エリスにとってリゼロットは、誰も自分の命など気に留めなかったあの日に、そっと手を差し伸べてくれた命の恩人なのだから。
(お嬢様こそが、私のすべての世界)
すべての掃除と片付けを終えると、エリスはリゼロットが待つ仮の客室へと足を向けた。軽くノックをしてから、恭しく部屋の中へと足を踏み入れる。
「お嬢様……お部屋の片付けが完了いたしました」
ベッドの上で穏やかに身体を休めていたリゼロットは、いつもの完璧で柔らかな笑みを取り戻していた。
「ご苦労様、エリス」
「もったいなきお言葉でございます」
エリスは深く頭を下げた。
「ほかに何か、お言付けはございませんか?」
リゼロットはわずかに沈黙した後、問いかけた。
「エリス……あなたは、私を信じているかしら?」
その問いに、エリスは迷うことなく、確固たる自信を込めて答えた。
「お嬢様を……この世界で何よりも信じております」
リゼロットの唇に、薄く美しい笑みが浮かんだ。それは他の人間に向ける作られた笑顔とは異なり、ほんのわずかに本物の温度を含んでいた。エリスは、リゼロットが仮面を被る必要のない数少ない存在の一人だったからだ。
「明日……私たちは王宮へと発つわ」
リゼロットは告げた。
「あなたも当然、私と一緒に来るのよ」
「この上なき光栄でございます」
エリスはさらに深く頭を垂れた。
「お嬢様が行かれる所なら、どこへでも。たとえこの命を賭すことになろうとも、お供いたします」
リゼロットの部屋を辞したあと、エリスは自分の小さな自室へと戻った。ベッドに腰掛け、夜のとばりに包まれた窓の外の闇を見つめる。
(ついに、お嬢様がふさわしき場所へと昇り詰められる)
リゼロットがなぜ時に複雑で不可解な動きをするのか、彼女は一度たりとも疑ったことはなかった。なぜ皇太子の動向を裏で探らなければならないのか、なぜ自室で一人になった後にどっと疲れたような表情を浮かべるのか――そんな疑問など湧きもしなかった。
エリスにとって、リゼロットのなすことにはすべて正当で美しい理由があるのだ。
(お嬢様は誰よりも聡明であいらっしゃる……お嬢様がお選びになる道こそが、絶対の正解なのです)
ひとりの時に垣間見える狂気的なまでの野心や、暗がりに漏らした歪んだ独り言を聞いたことがあったとしても、エリスがリゼロットを恐れることはなかった。彼女はその圧倒的なカリスマのすべてを受け入れ、その傍らに立ち続け、恩義に報いるために命を捧げる覚悟できていた。
エリスはベッドに横たわり、薄暗い天井を見つめながら、固く両手を握りしめた。
「魔法学校の頃の記憶を、お嬢様がまだお持ちなのかどうかは私にはわかりません……けれど、何が起ころうとも、私は常にお嬢様の傍らに立ち続けます」
「どんな危険が立ちはだかろうとも、この身を盾にしてお守りする……」
「なぜなら、この世界の誰もが見向きもしなかった私に、生きる価値を与えてくださったのは――お嬢様、あなただけなのだから」




