第25章:熱烈なる応援団
王宮の画廊を後にした馬車が、ガタゴトと規則正しい車輪の音を響かせながら、静まり返った午後の道をゆっくりと進んでいく。
向かい合わせに座るセネスティア皇女は、両手を膝の上でしっかりと組みながら、今日の昼下がりからずっと冷めない興奮とときめきをその瞳に宿し続けていた。
「お兄様……」
馬車が王宮への街道へと差し掛かったところで、彼女はたまらず口を開いた。
「今日という日は、本当に、最高に楽しくて幸せな時間でしたわよね?」
イゼキエルは車窓の外へと視線を向けたまま、その口元にわずかな柔らかい笑みを湛えたまま答えた。
「ああ……実に心地よく、温かい時間だったよ」
「『心地よかった』だけですか?」
セネスティアは面白そうに、スッと兄へと身を乗り出した。
「私には、もっともっと大きな、言葉では言い表せないほどの感動に満ちているように見えましたけれど!」
「いったい何の話だね」
「決まっていますわ……」
セネスティアはパッと華やかな笑みを浮かべる。
「リゼロット様のことですわよ! 她は本当に素晴らしくて、魅力にあふれたお方でしたわ。美術に対する深い造詣はもちろん、あの見事な会話の技術、そして一目見ただけで彼女がどれほど知性にあふれているか痛いほどよく分かりましたもの」
イゼキエルは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに穏やかな声で返した。
「まあ……確かに、見事な気品を備えた淑女だったな」
「『見事な気品』だけですか?」
セネスティアは信じられないと言わんばかりに声を弾ませる。
「お兄様、気づかなかったのですか? 她があの荒波の絵について語った時の、あの魂の深みを! 海の絵一枚からあそこまで繊細に美しさを引き出せるなんて、私、感動して言葉も出ませんでしたわよ」
「……確かに、彼女の観察眼は驚くほど鋭かった」
「それだけではありませんわ!」
セネスティアは目を輝かせ、さらに身を乗り出す。
「お兄様が描いたあの『まるまると太った雲のような木』の絵の時もそうですわ!」
彼女はくすくすと上品に声を上げて笑った。
「彼女は一言も笑ったり、バカにしたりしなかったどころか、ものすごく可愛らしく、心からの称賛と励ましの言葉をかけてくださいましたわ。あんなにも優しく慈愛に満ちたお方が、この広大な王宮のどこにいらっしゃいます?」
イゼキエルは、あの時の情景を思い出し、思わず小さく吹き出した。
「あれは……確かに、君の言う通りだな」
セネスティアは兄の反応を見逃さず、さらに畳み掛けるように続けた。
「お兄様……私、確信しましたの。リゼロット様こそ、お兄様の隣に立つ方にふさわしい、最高の伴侶だと!」
「ちょっと待て、セネスティア。さすがに結論を急ぎすぎではないか」
イゼキエルは面食らったように妹に視線を戻した。
「急ぎすぎなものですか!」
セネスティアは力強く首を振ってみせる。
「今日の午後の時点で、もう完璧に視えていましたわ! リゼロット様は優しくて、頭の回転が速くて、何より……あの姉様たちのように不自然に作り込んだところが微塵もない。自然体の美しさに満ち溢れていらっしゃいました」
「エヴェリンやオードリアンヌだって、別に悪いところばかりではないだろう」
「悪くはないですけれど……」
セネスティアは少し言い淀む。
「リゼロット様と比べてしまうと、どうしても違いがハッキリしすぎてしまいますわ。エヴェリン姉様は剣の腕ばかりアピールなさるし、オードリアンヌ姉様は知性をひけらかそうとしてなんだかピリピリしていらっしゃる。でも、リゼロット様は何かを無理に演じる必要なんてないかのように、ご自身の魅力をごく自然に表現なさるのですから」
イゼキエルは黙ったまま妹の言葉を聞いていた。心の底で、自分も全く同じことを感じていたからだ。
「それに、お兄様……気づいていらっしゃいました?」
セネスティアの声が、一段と熱を帯びる。
「リゼロット様が、名もなき地方画家の絵について、『そこに偽りのない真実が描かれているから好きだ』とおっしゃった時、お兄様、なんてお答えになりました?」
「……たしか、『心から共感する』と言ったはずだが」
「違いますわ!」
セネスティアはクスクスと笑いながら首を横に振る。
「お兄様は、『そんなふうに美しいものの見方を教えてもらったことなど、これまで一度もなかった』と、まるで少女のように素直な驚きを口になさったのです!」
イゼキエルは思わず自分の片手で口元を覆い、バツが悪そうに目を逸らした。
「……そこまで細かく覚えているものじゃないぞ」
「妹ですからね、当然ですわ!」
セネスティアは誇らしげに胸を張る。
「それに、そのあとのテラスでのことですわ。『またご一緒させてください』とお兄様が仰った時……私、この目でしっかりと見ましたわよ。お兄様の耳まで真っ赤に染まっていたことを!」
「……それは、少し風が冷たかったからだ」
必死に取り繕うとする兄の姿に、セネスティアはたまらなくなるといった様子で声を弾ませた。
「まあ! そんな嘘をつかなくてもよろしいのに! エヴェリン姉様やオードリアンヌ姉様と会話なさる時、お兄様がそんな可愛らしい赤面をなさったことなんて、一度たりともありませんわ!」
イゼキエルはそれ以上言い返すことができず、ただ小さく息を吐いて窓の外へ視線を逃がした。
「ふふっ……図星ですわね」
セネスティアは満足そうに微笑むと、少しだけトーンを落として、真剣な眼差しで兄を見つめた。
「お兄様。私、本気で思っているのです。お兄様には、ずっと背負ってきた重荷や政略ばかりの息の詰まる世界ではなく、本当に心から寛げる場所と、心から愛せる人が必要なのだと……」
その言葉に、イゼキエルの表情から冗談めいた色が消え、代わりに深い感慨が浮かんだ。
「……セネスティア」
「リゼロット様は、間違いなくそのお方ですわ。彼女と一緒にいる時のお兄様は、私が見たこともないほど自然体で、本当に幸せそうだったもの」
馬車は静かに王宮の敷地内へと入り、ゆっくりとスピードを落としていく。
セネスティアは満足げにうなずきながらも、次の作戦を頭の中で組み立て始めた。
「さあ、お兄様。このまま引き下がるわけにはいきませんわよ。近いうちに、もう一度宮殿へリゼロット様をご招待しなくては!」
「おいおい、さすがに早すぎるだろう……」
「早すぎるものですか! 鉄は熱いうちに入れよ、と申しますわ。お兄様だってもっと彼女とお話ししたいはずですわよね?」
イゼキエルは否定しようと口を開きかけ――だが、結局のところ、心の奥底で自分が何を望んでいるのかを悟り、小さく苦笑いを浮かべるしかなかった。
「……否定はしないさ」
「ほらご覧なさい!」
セネスティアは我がことのようにパッと顔を輝かせた。
「決まりですわね! 次はどんな口実で彼女をお呼びするか、私にお任せくださいませ!」
夕暮れの茜色が王宮の尖塔を染め上げる中、楽しげにはしゃぐ妹の声を背に聞きながら、イゼキエルの胸の奥には、これまで知らなかった甘やかな春の予感が静かに満ちていくのだった。




