第20章:会談
本宮の広間は、何百ものろうそくの灯りと色鮮やかな花々で美しく飾り立てられていた。今夜の宴は、遠く北方の地からやってきた強大な権力を持つヴェレンコート家の一行を歓迎するための特別なものだった。
皇太子イゼキエルは皇帝の傍らに立ち、重厚な式服に身を包んでいた。その整った顔立ちは冷ややかに引き締められ、一切の感情を読み取らせない。
「いいか、今夜の顔合わせはあくまで最初のステップに過ぎない」
宴が始まる直前、皇帝は静かな声で告げた。
「すぐに結論を急ぐ必要はない」
「承知しております」イゼキエルは短く応じた。
やがて、ヴェレンコート家の当主が、三人の娘たちを引き連れて堂々と広間に足を踏み入れた。
「このように謁見の機会をいただき、陛下には深く感謝申し上げます」当主は深く頭を下げた。
皇帝はわずかにうなずいた。「よく来た。歓迎する」
イゼキエルは、当主の背後に控える三人の姉妹に静かに視線を向けた。それぞれが全く異なる雰囲気をまとっている。
長女のエヴリンは、背筋を真っ直ぐに伸ばし、鋭い眼光で周囲を観察していた。彼女の身にまとった濃色のドレスは、三姉妹の中で最も厳格で落ち着いた印象を与える。
次女のオードリアナは、姉よりも幾分リラックスした様子で、人懐っこい笑みを浮かべていた。だがその美しい瞳の奥には、確かな知性が宿っている。
そして三女のリゼロットは、一番後ろに控え、控えめで恥ずかしそうな表情をしていた。彼女は視線を低く落とし、そっと両手を前で組んでいる。
「我が自慢の娘たちでございます」当主が紹介した。「エヴリン、オードリアナ、そしてリゼロットです」
三人は美しく揃った礼儀作法で一礼した。
皇帝の計らいにより、一同は長テーブルを囲んで着席した。イゼキエルは三姉妹の対面に座り、内心の退屈さを完璧な仮面の下に隠しながら、彼女たちに向き合った。
「最近のイゼキエル殿下の剣術の鍛錬はいかがなのですか?」
最初に口を開いたのはエヴリンだった。その声には確固たる自信が満ちている。
「殿下の卓越した剣の腕前については、遠方まで聞こえております」
「……そこそこには」イゼキエルは丁寧だがそっけなく返した。
「私も剣術を嗜んでおりますの。いつか、殿下と手合わせ願えたら光栄です」
イゼキエルは当たり障りのない笑みでうなずくだけで、それ以上の興味を示さなかった。
隣に座るオードリアナが、柔らかい笑みを浮かべて話題を変えた。
「殿下はどのような本をお読みになられるのですか? 歴史書に造詣が深いと伺っておりますが」
「ひと通りは目を通します」
「実は私も、北方の統一に関する歴史書を最近読んだところなのです。非常興味深かったのですが、もしよろしければ、今度その感想などをお聞かせ願えますか」
「機会があれば」
言葉こそ丁寧だったが、彼の態度には熱意のかけらもなかった。それは対話というより、義務的なやり取りにすぎなかった。
一方、三姉妹の中で最も物静かだったリゼロットは、これまで沈黙を保っていた。しかし、皇帝が直接彼女に話しかけた。
「リゼロット、お前は何に興味があるのだ?」
少女は少しびくりと肩を震わせ、小さな声で答えた。
「わ、私は……絵を描くことが好きです」
「どのような絵を描くのだ?」
イゼキエルがふと口を挟んだ。初めて彼の方から投げかけられた質問に、リゼロットは驚いたように顔を上げた。
「おもに、自然の風景を……時折、人物も描きます」
「……興味深いな」
イゼキエルがそれだけ呟くと、リゼロットは少しだけ頬を赤らめ、それ以上は何も言わずに静かに俯いた。
その夜の後半、ヴェレンコート家の当主は皇帝とともに執務室へ移り、本格的な政治的交渉に入っていた。
「陛下もご存知の通り、我が一族が持つ北方の基盤は強大です。この縁談がまとまれば、両家にとって計り知れない利益をもたらすでしょう」当主は自信に満ちた笑みを浮かべて語った。
皇帝は静かに紅茶のカップを置いた。「その話は理解している。だが、最終的な決定は、当人たちの相性と意志も尊重されるべきだ。政治的な利益だけで決めるつもりはない」
「もとよりそのおつもりで」当主は笑みを絶やさず頷いた。「娘たちは皆、厳格な教育を受けております。誰が選ばれようとも、皇太子妃としての務めを十分に果たすことでしょう」
広間に残されたイゼキエルと三姉妹の間には、わずかな沈黙が流れていた。
「殿下は、あまりお喋りな方ではないのですね」エヴリンが率直に指摘した。
「失礼した。社交があまり得意ではなくてな」とイゼキエルは淡々と答えた。
オードリアナがフォローするように微笑む。「いいえ、お気になさらないでください。殿下がお忙しい身であることは存じておりますもの」
その中で、リゼロットだけがそっと小声で言った。
「あの……無理に私たちと話を合わせなくても、大丈夫ですよ」
イゼキエルは彼女に視線を向けた。政治的な打算の渦巻くこのような場で、自分を気遣うような言葉をかけられたのは初めてだった。
「……ありがとう」彼の中の緊張が、ほんの少しだけ和らいだ。
宴がお開きとなり、ヴェレンコート家の一行が帰路につく前、当主はイゼキエルのもとに歩み寄った。
「殿下、我が娘たちとの時間をどうか前向きにご検討ください」
「……前向きに、考えさせていただきます」
エヴリンとオードリアナがそれぞれ礼を述べて去っていく中、最後にリゼロットが足を止め、小さく頭を下げた。
「私の絵の話を聞いてくださって……ありがとうございました」
イゼキエルは静かにうなずいた。彼女に対してだけは、形式的なものではない、微かな親近感を覚えていた。
すべての来客が去った後、皇帝の部屋に呼ばれたイゼキエルは、静かに父と向き合っていた。
「どうだった?」皇帝が尋ねる。
「特筆すべき問題はありません。皆様、素晴らしい方々でした」
「で、お前の心境は?」
イゼキエルは少し迷ってから答えた。「……まだ何とも言えません。ただ、政略的な縁談である以上、私が選ぶべき道なのだろうとは思っています」
皇帝は深く静かな瞳で息子を見つめた。
「焦る必要はない。だが、いずれは自分の手で選ばなければならない時が来る。それを忘れるな」
「承知しております」
イゼキエルは一礼し、部屋を後にした。
廊下を歩きながら、彼は再び夜空を見上げた。頭の中では北方の有力な一族との結婚という現実が重くのしかかっていたが、その胸の奥では、あの静かな南の離宮の光景がなぜか消えずに残っていた。




