第17章:形作るもの
ある穏やかな朝、セラフィナのもとにカリステールからの手紙が届いた。主宮の使いが持ち込んだその箱には、丁寧にリボンがかけられていた。
セラフィナは机に向かい、封を解いた。第一皇妃の手による文字は、亡き母の日記にある優美で柔らかな筆跡とは対照的で、非常に整然としており、芯の強さを感じさせるものだった。
「セラフィナへ
私のことをまだよく知らないでしょうけれど、私はあなたの母のことをよく知っています。かつて私たちは、この王宮で苦楽を共にした友でした。あの日からこれほど長い月日が経つまで、あなたに連絡を絶っていたことを、自分自身で許しがたく思っています。それは私の不徳の致すところであり、決してあなたのせいではありません。
もし差し支えなければ、一度主宮へいらしてくれませんか。もちろん、あなたの心に迷いがあるのなら、私はいつでもあなたの意志を尊重します。
カリステールより」
セラフィナはその文章を二度読み返した。イゼキエルの母から手紙が届くなど、想像もしていなかったことだ。彼女は迷うことなくペンを取り、返事を書き始めた。
「カリステール様
お手紙をいただき、ありがとうございます。お会いできることを心より楽しみにしています。私にとっても、都合の良い時に伺わせてください。
セラフィナ」
時を同じくして、主宮の小会議室。イゼキエルは皇帝のそばで報告を受けていた。
「ヴェレンコート家との婚約の話が、ついに朝廷で持ち上がりました」
側近が告げる。北部の有力者であり、権勢を誇る家の娘との縁談だった。イゼキエルはその言葉を無表情で聞いたが、胸の奥底に言いようのない澱が溜まるのを感じた。
「これはまだ、初期の段階の議論ですよね?」
「左様です。ですが、陛下は先に殿下へ伝えておきたいと仰せで……」
側近が退出した後、イゼキエルは一人、窓の外の南の離宮を見つめた。
(なぜ、結婚という言葉を聞いて真っ先にセラフィナの顔が浮かぶのか)
彼自身、その理由が分からなかった。ただ、政略結婚という冷たい響きが、セラフィナを遠ざけてしまうような、そんな不快感が心を支配していた。
離宮では、セネステียがすっかり馴染んだ様子でセラフィナの隣に座っていた。
「今日、カリステール様から手紙をいただいたの」とセラフィナが明かすと、セネステียは目を輝かせた。
「まあ! それは素敵! お母様に会えるのね」
「……でも、少し怖いの。ずっと一度も足を踏み入れたことのない場所だから」
「大丈夫よ! 私が案内するわ。何があっても、私がついているから」
二人はしばらく静かな庭を楽しんでいたが、やがてセネステียが真剣な表情で問いかけた。
「ねえ、セラフィナ。魔力を持たずに生まれたこと、どう感じているの?」
「良い面も悪い面もあるわ。誰からも期待されず、重圧がない反面、誰からも見向きもされないということでもあるから」
「……実は時々、あなたが羨ましくなるの」セネステียがポツリと漏らした。「常に完璧を求められ、父上に認められるために必死になる必要なんてない。それが、少しだけ羨ましくて」
セラフィナは彼女をまっすぐに見つめた。「……誰であれ、抱えている苦しみは同じよ。私たちはただ、違う形の疲れを背負っているだけなのかもしれないわね」
その夜、皇帝は一人、窓から離宮を眺めていた。側近に「セラフィナ皇女に会いに行こうと思う」と告げた際、彼は驚きを隠しきれなかったが、皇帝は静かにそれを否定した。
「まだ先の話だ。じっくりと考えたい」
皇帝は机の引き出しから、セラエルが遺した古い風景画を取り出した。彼女が好んで座っていた、あの静かな庭の絵だ。
(もし今、セラエルがそばにいたら、セラフィナのことについて何と助言してくれただろうか)
同じ夜、イゼキエルはセラフィナのもとを訪れていた。だが、いつになく言葉が重い。
「……婚約の話が、ついに持ち上がった」
その言葉を聞いた瞬間、セラフィナは胸の奥が締め付けられるような、名付けようのない痛みを感じた。
「……お相手はどなたなのですか」
「ヴェレンコート家の娘だ。まだ初期の段階だが、皇太子として避けては通れない道だ」
二人の間に沈黙が流れる。セラフィナは必死に声を平然と保とうとした。
「そう……ですね。それが、あなたの背負っている運命なのですから」
暗闇の中で、二人はお互いの顔も見えないまま、ただ沈黙を分かち合っていた。言葉にできない想いを抱えたまま。




