第13章:姉妹
面会の日、セラフィナはいつもの朝よりも早く目を覚ました。
部屋の小さな鏡の前で、彼女は自分の姿をじっと見つめていた。ヘレンが部屋に入り、いつもより丁寧に、そして美しく彼女の髪を結い上げてくれる。
「緊張していらっしゃいますか、皇女殿下」ヘレンが優しく尋ねた。
「少しだけ」
「あまり思い詰めないでください。セネステีย皇女殿下も、あなた様と同じ一人の少女に過ぎないのですから」
セラフィナは頷いたが、心の奥底では、言葉にできない不思議な緊張感が波のように押し寄せては引いていた。
やがて午前中、イゼキエルに連れられてセネステียが副宮に到着した。セネステียがこの門をくぐるのは、生まれて初めてのことだった。
彼女は庭の様子を、興味津々といった様子で眺めていた。整備された本宮の庭とは全く違う、凸凹した土の道や、人の手が入らず自然のままに伸びる草木。何もかもが新鮮に映ったようだった。
庭の中央で、セラフィナは背筋を伸ばして待っていた。二人の視線が重なった瞬間、両者は立ち尽くした。
「……こんにちは」セネステียが先に口を開いた。「私はセネステียです」
「セフィラフィナです」
静寂が支配する中、セネステียが一歩、また一歩と近づいてきた。彼女はセラフィナの顔をじっと観察するように見つめた。
「私たちの顔……どこか似ていますね」とセネステียがつぶやく。
「ええ……父様が同じだからでしょうか」
セネステียはゆっくりと頷き、もう一度庭を見回した。「ここ……とても静かですね」
「……ずっと、ずっとこうして寂しい場所だったんですよ」
二人は庭にある長い木のテーブルに並んで腰を下ろした。イゼキエルは少し離れた場所に控え、二人が自分たちだけの時間を過ごせるように配慮した。
「イゼキエル様から、すべて聞きました」セネステียが切り出した。「あなたがここでずっと一人で過ごしていたこと。あなたの存在を誰も知ろうとしなかったこと。本当に……本当にごめんなさい。今まで気づかなくて」
「いいえ。あなたは悪くありません」
「それでも、謝らずにはいられないの」セネステียは真剣な眼差しを向けた。「私はお姉さんなのだから、もっと……」
「……ちょっと待ってください」セラフィナが遮った。「お姉さん……ですか?」
セネステียは不思議そうに瞬きをした。「ええ、そうよ。私があなたの姉でしょう?」
「どうして、あなたが姉だと確信しているのですか」
「当たり前じゃない。私があなたより先にこの世に生まれたからよ。同じ日に生まれたけれど、私が産まれた時間のほうが早いのよ」
セラフィナは少しの間、沈黙した。
「でも私……自分があなたのお姉さんだと思っているのですが」
「どうして?」
セネステียは理由を探そうと少し考え込んだ。「……私があなたよりもずっと多くの経験をして、大人として振る舞わなきゃいけない立場だから……かしら」
「そんな理由で姉だと決まるはずがありません」セラフィナは反論した。「自分自身で立ち上がり、何事も自分で切り開いてきた……その積み重ねこそが、姉たる資格ではないでしょうか」
「自分でなんとかしたからって、姉である順番が変わるわけじゃないわ!」
二人の視線がぶつかり合った。静かだった庭に、緊張した空気が漂い始める。
「じゃあ、あなたは……私が『魔力を持たない』からといって、姉である権利を認めないと言うのですね」セラフィナが冷ややかに言い放った。
「そんなこと一言も言ってないわ!」セネステียは顔を紅潮させた。「どうしてそんな酷いことを言うの?」
「だってあなたは、生まれた順番という『事実』だけにこだわって、私の歩んできた道なんて見ていないでしょう?」
「それは……それが『変わらない事実』だからよ!」
様子を見ていたイゼキエルが、あわてて二人の間に割って入った。
「二人とも、落ち着いて」
二人は同時に、兄を睨んだ。
「どういうことだよ」イゼキエルが苦笑しながら尋ねる。
「セネステียが、自分が姉だと譲らないんです」セラフィナが訴える。
「それは事実でしょう!」セネステียが言い返す。
イゼキエルは小さく溜息をつくと、二人の間に腰を下ろした。
「よく聞きなさい。二人とも、そんなことに決まりなんてないんだ」
「でも……どちらかが姉でなければいけないのでしょう?」セネステียが言った。
「どうしてそう思うんだ?」イゼキエルが問いかける。
その問いに、二人は言葉を詰まらせた。
「普通、家族ってそういうものじゃないの?」セラフィナが答える。
「じゃあ、君たちの関係が『普通』か?」イゼキエルは諭すように言った。「同じ日に生まれ、母が違い、別の場所で育った。二人の関係は、世間の古い基準なんて当てはめる必要はないんだ」
二人は顔を見合わせた。
「なら、どう呼び合えばいいの?」セネステียが尋ねる。
「呼び捨てでいい」イゼキエルはあっけらかんと言った。「『姉』だの『妹』だのつけなくていい。二人とも俺にとっては大切な『妹』なんだから、それでいいだろう」
セラフィナは考え込んだ。「……それなら、納得できます」
セネステียも頷いた。「ええ、それならいいわ」
わだかまりが解けると、先ほどまでの緊張が嘘のように消え去った。
「さっきはごめんなさい……あんなに強く言って」とセネステียが謝る。
「いいえ、私こそ……ごめんなさい」
「でもね……」セネステียは考えを巡らせた。「誰かとこんなに本音で言い争うなんて、初めてだったの。……新鮮だったわ」
「そうなの?」
「ええ。普段はみんな、私が言うことには何でも賛成するから。対等に言い合える相手なんて、初めてよ」
セラフィナは少し驚いた。「……不快な思いをさせてしまったかと心配していました」
「全然!」セネステียは屈託のない笑顔を見せた。それは、公の場で浮かべる仮面のような笑顔ではなく、心からの純粋なものだった。「なんだか、あなたが『一人の人間』として接してくれているんだって分かって、すごく嬉しいの」
その日、二人は互いの人生を語り合った。魔法の勉強の苦労、礼儀作法への窮屈さ。そして、本の中の物語と、木剣を握る日々のこと。
「ねえ、剣術ってそんなにすごいの?」セネステียが目を輝かせた。
「たいしたことないですよ」
「いや、彼女は俺の剣を何度も弾き飛ばすほどだ」イゼキエルが自慢げに付け加えた。
セネステียは感嘆した。「すごい! 今度、ぜひ見せて!」
「ええ、喜んで」
日が暮れ、帰宅の時間になっても、セネステียは名残惜しそうだった。
「また、必ず来るわ」
セラフィナはその言葉に、朝の不安が嘘のように消えているのを感じた。
「いつでもいらしてください」
セラフィナは笑顔で答えた。去っていく二人の背中を見送りながら、彼女は初めて、この副宮が「独りぼっち」の場所ではなくなったことを実感していた。




