第11章:破綻の時
兵士の数は翌月までに六名にまで増え、単に常駐するだけでなく、敷地内の巡回を始めた。セラフィナとイゼキエルが庭で木剣を交わしている最中に、彼らが無機質な足音を響かせて通り過ぎることも珍しくなくなった。
最初の頃、イゼキエルは兵士たちの姿を見るたびに訓練を中断し、彼らが通り過ぎるまでじっと沈黙を守った。
「どうして止めるのですか」セラフィナが尋ねても、彼は「後でいい」と短く返すだけだった。
やがて、その中断は自動的な反応となった。兵士の気配を感じるたびに、イゼキエルの身体は硬直し、集中を欠くようになる。セラフィナはあえて深くは追求しなかったが、兄の来訪回数が目に見えて減っていることには気づいていた。
そしてついに、イゼキエルが一週間一度も姿を見せない週が訪れた。
セラフィナはいつも通り午後になると庭で彼を待ったが、門は開かない。三日連続で待ちぼうけを食らった彼女に、ヘレンが痛ましげに声をかけた。
「……誰かをお待ちなのですか、皇女殿下」
「いいえ。何も」
セラフィナはそう答えたが、嘘であることは誰の目にも明らかだった。四日目、彼女は庭へ出ることをやめ、部屋で本を開いた。しかし、同じ行を何度も読み返すばかりで、文字は一点も脳裏に刻まれなかった。
九日目にして、ようやくイゼキエルが戻ってきた。
彼の顔には、かつて見たこともないほど深い疲労と、目の下の濃い隈が刻まれていた。セラフィナは彼を見るなり、庭へと駆け出した。
「どこに行っていたのですか」
「忙しくてな」彼は視線を逸らした。
「忙しいだけで九日間もですか」
「父上が……評議会に頻繁に呼ぶようになってな。政務が重なっているんだ」
セラフィナは兄の瞳を覗き込んだ。彼の言葉の端々に真実は含まれている。だが、すべてではない。
「イゼキエル……本当のことを教えてください。何が起きているのですか」
青年は長い沈黙の後、ついに彼女とまともに目を合わせた。そこには、隠しきれない憔悴があった。
「……言わないほうがいいのか、迷っていた」彼の声は消え入りそうだった。「伝えてしまえば、お前を不安にさせる。それに、俺自身どうすればいいのか分からないんだ」
「何が問題なのですか」
イゼキエルは遠くの柵に立つ兵士たちに視線を投げた。
「父上が、俺たちのことを知っている」
セラフィナの身体が、凍りついたように止まった。
「……何を、ですか」
「俺がお前に会いに来ること、二人で剣を合わせること……すべてだ。何もかもを知られている」
セラフィナは、まるで身体の芯から力が抜けるように、ゆっくりと地面にへたり込んだ。恐怖ではなく、あまりに非現実的な事態を脳が処理しきれなかったのだ。
「……いつから、ご存知だったのですか」
「分からない。だが、おそらく数ヶ月前からだろう」
「では、あの兵士たちは……」
「ああ。父上が送った監視だ」
セラフィナは改めて門番たちを見た。かつて単なる「余所者」だと思っていた彼らの存在が、この瞬間に全く異なる悪意ある意味へと塗り替えられた。
「どうして……どうして今まで、何もおっしゃらなかったのですか」
「それが分からないんだ」イゼキエルの声が震えた。「咎めることも、禁止することも、話題にすることさえ一度もなかった。ただ、監視を置くだけだ」
「それが……どういう意味を持つのか、分かりませんか」
「分からない」彼は絶望を込めて繰り返した。
二人は庭の芝生の上で、長い間ただ寄り添い、言葉を失っていた。セラフィナは膝の上の自分の手を見つめながら、ここ数年間の日々を振り返った。兄が持ち込んでくれた本、隠し持っていた木剣、六歳の誕生日にくれたあの滑らかな石。すべては、最初から監視者の掌の上で行われていたのだ。
「……怖いですか」セラフィナが聞いた。
「怖いさ」
「何がですか」
「……いつか、父上が俺に、二度とここへ足を踏み入れるなと命じる日が来るのが」
その言葉を聞いた瞬間、セラフィナの心は深く沈んだ。それは彼女自身が一生懸命目を逸らし続けてきた、一番の恐怖だったからだ。
「もし、本当に禁じられたら……どうするのですか」
イゼキエルは彼女の目を見て、不安と決意が入り混じった表情で言った。
「手段は選ばない。……何があっても、必ずお前に会いに来る」
セラフィナは言葉を返さず、そっと彼の手に自分の手を重ねた。ここ数年で初めて彼女から見せた親愛の情だった。イゼキエルもまた、その手を引き抜こうとはしなかった。
同じ夜、本宮の廊下でセネスティアは、見たこともないほど憔悴しきったイゼキエルの姿を見かけた。
「お兄様」
兄は足を止め、必死に表情を繕った。「……何だ」
「今日、お兄様はどこか変です。何かあったのですか」
「何でもない」
セネスティアは兄の瞳をじっと見つめた。そこには、二人の間に決して存在しなかったはずの「距離」があった。
「私を信頼してはくれないのですか……私に話せないことなど、何もないはずなのに」
兄は妹の顔を見つめ、一瞬だけ目元を緩めた。「信頼している。だがこれは……俺一人ではどうすることもできない問題なんだ」
兄はそれだけ言い残すと、彼女の問いを遮るように立ち去った。セネスティアは、日増しに重くなる疑問を抱え、ただ立ち尽くすしかなかった。
その夜、皇帝はイゼキエルを執務室に呼び出した。二人の秘密を知って以来、初めての対面だった。
「……なぜ今、私が主を呼んだか分かるか」
「承知しております」
「何か弁明はあるか」
イゼキエルは一瞬の躊躇ののち、父の瞳を真っ直ぐに見据えた。彼にとっては一生に一度の勇気だった。
「セラフィナのもとへ通っていたのは事実です」イゼキエルは力強く言った。「そして……そのことについて謝罪するつもりはありません」
皇帝は沈黙した。
「彼女は私の妹です。それなのに、誰一人として人間としての扱いをせず、誰の記憶からも消し去り、荒れ果てた場所で一人で成長させてきた」
「あの子は……私が喪ったものの象徴なのだ」皇帝の声は、凍りつくほど冷たかった。
「彼女は『象徴』ではありません!」イゼキエルは声を荒らげた。「一人の人間で、血の通った妹で……私が……」
言いかけて、彼は言葉を呑んだ。
「……お前が?」皇帝が問い返す。
イゼキエルは喉を鳴らし、決死の覚悟で言い放った。
「……大切に思っている、存在です」
重苦しい静寂が室内を満たした。
皇帝は椅子から立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。外の闇を見つめたまま、彼は背中越しに言った。
「……禁止はしない」
イゼキエルは、止めていた呼吸をゆっくりと吐き出した。
「だが、肝に銘じておけ。あの子が『魔力を持たぬ第三皇女』であるという事実は何一つ変わらぬ。この世界は、お前が何度足を運ぼうと、あの子をセネスティアと同じように扱うことは決してない」
その言葉の重みに、イゼキエルは奥歯を噛み締めた。
「理解したか」
「……理解しました。ですが、それでも私の意志は変わりません」
皇帝はゆっくりと振り向いた。その瞳には、憤怒ではなく、言いようのない疲れが滲んでいた。「……下がれ」
イゼキエルが退室した後、皇帝は一人、窓の縁に手をかけ、闇の中に立ち尽くした。この譲歩が正しいのか否か、彼には分からなかった。ただ、誰も傷つけずにこの事態を収束させる道など、どこにもないことを彼は誰よりも理解していた。
窓の向こう、南翼の闇の彼方へ、彼はただ静かに視線を向け続けた。




