第101章:残留した細胞
ミジキは、駆けつけたアセシアにステシアの身を託すと、すぐさま禁忌の領域へと足を踏み入れた。廊下の両脇では未だに炎が猛烈に燃え上がり、立ち込める黒煙が天井を覆い隠している。
床には様々な遺品が散乱していた。端が焦げた古い写真には、スライムの姿をした魔獣形態のブルーベルの隣に立つルリヒメの姿が写っている。隣の写真には、我が子や従者のように周りを囲む数体の小さなスライムたちに囲まれ、幸せそうに微笑むブルーベルが収められていた。
床のあちこちに剣が転がり、あるものは真っ二つに折れ曲がっている。多種多様な魔導石が袋から撒き散らされたように転がり、大小さまざまな宝石が灰の中で虚しく光を反射していた。
かつてブルーベルが纏っていたミントグリーンと水色の美しい着物は、壁の傍らで無残にも引き裂かれて散らばっている。うさぎのフードがついた帽子と蝶の髪飾りも、少し離れた場所に転がっていた。
ミジキは散らばる残骸を押し分け、歩調を早めた。一歩進むごとに、その表情は険しさを増していく。
「……普段の彼女なら、これらの品はすべて体内のストレージ空間に保管しているはず……。まさか、ブルーベル――」
嫌な予感を振り払うように言葉を途中で飲み込むと、ミジキは即座に手をかざし、エリア全体へ生命反応の広域スキャン魔法を展開した。
「ブルーベル!」
彼女は叫んだ。声が長く静まり返った廊下に虚しくこだまする。
返事はなかった。ただ、炎の燃える音と、時折崩れ落ちる石の音だけが響いていた。
ミジキは足早に進み、恐怖に胸を締め付けられながら奥へと進んだ。足元の瓦礫を蹴り飛ばし、ブルーベルの痕跡を求めてあらゆる隅に視線を走らせる。
「ブルーベル、返事をして……っ!」
呼びかける声がかすれ、震え始める。
かつて大広間の中央で眩く輝いていた緑青色のエネルギー結晶は、見る影もなく粉々に砕け散り、床一面に撒き散らされていた。
荒廃した惨状のただ中、ミジキは瓦礫の山の下でかすかに動く“何か”を目にとめた。彼女はすぐさまその場に膝をつき、両手で激しく瓦礫をかき分けた。
崩れた石の隙間に眠っていたのは、爪の先ほどしかない小さなスライムの細胞だった。かつて鮮やかだったマリンブルーと淡い空色はひどく退色し、灰の中で力なく小さく震えていた。
「ブルーベル……!」
驚愕と安堵が混ざり合った声を上げ、ミジキは両手でその小さな細胞を破片ごと慎重に掬い上げた。
すぐに手の中の小さな存在へ解析魔法を施す。柔らかな緑の光が細胞を包み込んだ。そして、その解析結果が脳裏に浮かんだ瞬間、ミジキの顔は絶望的な悲しみへと染まった。
(魔導核が……壊滅的に損壊している……)
細胞を抱える手が小さく震えた。この小さな細胞は、すでに失われた肉体を再生させるだけの余力を残していなかった。かつて満ち溢れていた魔力は、いまや消え入りそうな残滓しか残っていない。
「ブルーベル、聞こえる……?」
ミジキはささやき、手の中の細胞を自身の顔へと近づけ、その微弱な波長に意識を集中させた。
小さな細胞が、応えるようにかすかに揺れた。声を発することすら叶わなくても、そこには確かに彼女の意思が残っていた。
「大丈夫……私がここにいるわ」
震える声で語りかけ、ミジキの目に涙が溢れ出した。「パパが必ず助けてあげるから……だから、もう少しだけ耐えて……」
ミジキはその小さな細胞を胸元にぎゅっと抱きしめた。激しい罪悪感と、ベアトリクスに対する恐ろしいほどの怒りが再び胸の奥から湧き上がってくる。ステシアも、ブルーベルも……あの男の裏切りによって、あまりにも凄惨な結末を背負わされていた。
(二千年もの間、ここを守り続けて……その果てが、こんな姿だなんて……)
彼女はゆっくりと立ち上がった。両手は大切な宝物を扱うように、小さな細胞を優しく包み込んでいる。
(なんとしてもブルーベルと再び意志を通わせる方法を見つけなければ……。この魔法の核を回収するための技術と方法は、いかなる手段を用いても必ず成功させなければならない)




