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第8話――生存、そして最悪な遭難者


――完。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました。


……なんてな。


さすがに冗談だ。


妙なことに、俺たちは生きていた。


落下している時間は、かなり長く感じられた。


あまりにも長すぎて、途中で両親が手を振っている幻覚まで見えた気がする。


……いや、さすがにそれは気のせいだろう。


たぶん。


というか、あの高さから落ちて生きている時点で、もう何が起きてもおかしくない。


どうやら、奈落の底には水があったらしい。


しかも、かなり深い。


……深いのはありがたいが、問題はその水に飛び込んだ時の衝撃だ。


「――っ、ぐ……!」


全身に、今まで経験したことのないような痛みが走った。


水に落ちたはずなのに、まるで硬い地面に叩きつけられたようだった。


……いや、実際には水面だって十分に硬い。


落下速度が速ければ、なおさらだ。


「げほっ……! げほっ……!」


俺は必死に水面へ浮かび上がり、息を吸った。


そして、すぐそばにいる少女を確認する。


……よかった。


まだいる。


ただし、意識はないようだった。


「……おいおい、ここで寝るなよ……!」


返事はない。


まあ、返事があったらあったで驚くけど。


俺は彼女の体を支えながら、どうにか岸を探した。


幸い、少し先に水から上がれそうな場所が見える。


……あそこまで行くしかないか。


右腕がひどく痛む。


背中も、冗談では済まないくらい痛い。


たぶん、さっきの落下でかなり無理をしたのだろう。


それでも、ここで止まるわけにはいかなかった。


水の中にいる限り、俺たちは体温を奪われ続ける。


「……くそっ、あと少し……!」


俺は歯を食いしばり、少女を支えながら岸へ向かった。


一歩進むたびに、全身が悲鳴を上げる。


何度も水を飲みそうになりながら、それでも前へ進む。


そして――


「……っ、はぁ……! はぁ……!」


ようやく、岸にたどり着いた。


俺は少女を水辺から離れた場所に寝かせ、その隣に倒れ込んだ。


「…………」


しばらく、何も考えられなかった。


ただ、息を整えることだけに集中する。


吸って、吐いて。


もう一度、吸って、吐く。


……はぁ。


「……普通、死ぬだろ……」


あの高さから落ちたんだぞ。


下に水があったとはいえ、無事で済むはずがない。


それに、少なくとも俺の背中は無事じゃない。


……まあ、落下の途中で背負っていた荷物が多少は衝撃を和らげてくれたのかもしれない。


いや、そう考えないとやってられない。


「はは……」


乾いた笑いが漏れた。


「……それでも、痛いもんは痛いんだよ……」


俺は仰向けになり、荒い呼吸を繰り返した。


本当に、あと少し何かが違っていたら死んでいた。


しかも、こんな間抜けな死に方で。


……異世界に来て、ダンジョンに落とされて、最後は奈落の底で水死。


笑えないにもほどがある。


「……生きてるだけ、マシか」


そう呟いてから、俺はゆっくりと体を起こした。


いつまでも寝ているわけにはいかない。


服はずぶ濡れ。


体は冷え切っている。


このままでは、落下を生き延びても別の理由で死にかねない。


「……まずは暖を取らないとな」


俺は自分のスキルを思い出した。


――再創造《リ・クリエーション》。


知識さえあれば、魔力を使って物を作り出せる。


なら、火を起こすための道具くらいは用意できるはずだ。


……ただし、今の俺には問題がある。


材料や構造を正確に理解していないものは、作れない。


便利な能力ではあるが、何でもできる魔法の杖というわけではないのだ。


「……こういう時、理科の授業を真面目に受けていてよかったと思うべきか?」


いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。


俺は周囲を見回した。


幸い、岸には乾いた場所が少しだけあった。


その近くに、火を維持できそうな小さな窪みもある。


まずは、火を起こすための道具を作る。


そして、濡れた服をどうにかしなければならない。


……服を着たままでは、いつまで経っても体が温まらない。


俺は自分のブレザーを見下ろした。


「…………」


「……すまんな、ブレザー」


今日だけで、ずいぶん世話になった。


落下を止めてくれたのも、このブレザーだ。


そして今から、そのブレザーを燃やそうとしている。


……人生とは、ままならないものだ。


俺は必要な道具を再創造し、火を起こした。


それから、濡れた衣服を脱いで体を拭き、火の近くで乾かすことにした。


もちろん、ブレザーは燃料として使う。


「……これ、あとでどう説明すればいいんだろうな」


そもそも、あとで説明する機会があるのかどうかも怪しい。


俺は小さくため息をついた。


それから、少女の方へ目を向ける。


……問題は、こっちだ。


彼女はまだ意識を取り戻していない。


服は水を吸って重くなり、体温もかなり下がっているはずだ。


このまま放置すれば、本当に危ない。


「……はぁ。分かってるよ」


俺は自分に言い聞かせるように呟いた。


まずは呼吸を確認する。


……息はある。


よかった。


ただ、水を飲んでしまった可能性がある。


俺は彼女の状態を確かめ、呼吸を妨げないように気をつけながら、できる限り安全な姿勢を取らせた。


それから、濡れた服を脱がせる必要があることに気づく。


……いや、誤解しないでほしい。


別に好き好んでやっているわけじゃない。


低体温を防ぐためだ。


それに、濡れた服を着たままでは体温が奪われ続けてしまう。


俺は彼女の尊厳を守れるよう、手持ちの布で体を覆い、必要最低限の範囲で濡れた衣服を取り除いた。


そして、自分の持ち物から使えそうな布を取り出し、彼女を包む。


……問題は、俺自身もかなり寒いということだ。


「…………」


俺は火を見つめた。


「……本当に、何なんだよ。今日の俺の運勢は」


朝までは、ただの学生だったはずだ。


いや、異世界に召喚された時点で、普通の学生ではなかったかもしれない。


それでも、まさかダンジョンの底で見知らぬ女子を介抱する羽目になるとは思わなかった。


しかも、こっちは腕を痛めて背中もボロボロ。


おまけに、ブレザーまで失った。


「……ははっ」


笑うしかない。


本当に、笑うしかない。


……さて。


少し落ち着いたところで、改めて彼女を観察してみる。


金色の髪。


……いや、これは染めているのか?


少し褐色がかった肌。


派手な髪色に、目立つ雰囲気。


そして、どこか独特な存在感。


「…………」


「……ギャル、か?」


うん。


どう見ても、そういう系統の女子に見える。


「…………」


……待て。


俺は、この顔に見覚えがある。


いや、正確には、彼女自身というよりも……。


彼女は確か、あのいじめっ子たちのグループにいたはずだ。


名前までは覚えていない。


そもそも、俺はクラスメイト全員の名前を暗記しているわけじゃない。


……いや、覚える気がなかっただけかもしれないが。


「……ということは」


俺は嫌な予感を覚えながら、彼女の顔を見つめた。


「……あのリーダーの彼女、とか?」


…………。


いやいや。


まさか、そんなことがあるか?


……いや、十分あり得る。


むしろ、そう考える方が自然ですらある。


「…………」


俺は顔を覆った。


「……勘弁してくれよ」


助けた相手が、よりにもよってあのグループの一員。


しかも、俺をいじめていた連中と近しい立場の人間かもしれない。


……なんだ、この状況。


俺はただ生き延びたかっただけなのに。


「……本当に、笑えないくらい最悪だな」


火が、ぱちりと小さな音を立てた。


その音だけが、静かな奈落の底に響いていた。

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