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第2話――本よりも興味深い王国

( = -=)


正直に言えば、僕は王の演説にそれほど興味がなかった。


最初から退屈だと思っていたわけではない。ただ、誰かが長々と話していると、つい細かいところに目が向いてしまう癖があるのだ。


例えば、装飾品。


玉座に座る王は、中央に赤い宝石がはめ込まれた金の王冠をかぶっていた。首には分厚い金のネックレスがあり、指にはいくつもの指輪が光っている。玉座の脇に立てかけられた杖の柄にまで、宝石が埋め込まれていた。


周囲に並ぶ貴族たちも負けてはいない。


金のネックレス。銀のブローチ。色とりどりの宝石がついた指輪。高級そうな素材で作られたベルト。


中には、首が凝らないのだろうかと心配になるほど大量の装飾品を身につけた貴族までいた。


僕には、それらがいくらするのか分からない。


けれど、これだけの数があるのだから、どれも安物ではないだろう。


魔王の脅威にさらされている国が、これほど大量の装飾品を買いそろえる余裕はあるらしい。


もちろん、昔から持っていたものなのかもしれない。


今のところ、誰かを非難できるだけの証拠はなかった。


今のところは、だが。


視線を移すと、王の隣に立つ少女が目に入った。


確か、王女だったはずだ。


白いドレスは高級そうで、金色の髪はきれいに整えられている。立ち居振る舞いも優雅で、周囲の人間がまるで舞台の脇役に見えてしまうほどだった。


しかし、どうにも気になることがあった。


王が話している間、彼女は微笑んでいた。


貴族たちが意見を述べると、静かにうなずいた。


召喚が成功したと告げられたときには、安堵したような表情まで浮かべていた。


何もかも完璧に見える。


完璧すぎるのだ。


なぜか、彼女はかなり精神的な負担を抱えているように感じられた。


理由は分からない。


僕は人の表情を読む専門家ではないし、ましてや、ほんの数分前に初めて見た相手だ。単なる思い違いという可能性もある。


それでも、嬉しくて笑っている人間と、笑わなければならないから笑っている人間には違いがある。


彼女は、後者のように見えた。


まあ、僕には関係のない話だ。


僕は再び広間へと視線を戻した。


異世界に召喚されたばかりで、元の世界に帰る方法も分からない。魔法の仕組みも理解していないし、この世界の食べ物が安全かどうかさえ確認できていない。


王女の心の問題を考えるのは、明らかに優先順位が違う。


そもそも、本当に王女なのだとしたら、その悩みはきっと複雑だろう。


「大丈夫ですか?」


と尋ねるだけで解決できるような問題ではないはずだ。


だから、僕はその観察結果を頭の片隅にしまっておくことにした。


別に、何かをするつもりはない。


ただ、後々役に立つかもしれないことを忘れるのが嫌なだけだ。


やがて、神崎修吾の番がやってきた。


自信に満ちた足取りで前に進む彼を、僕は眺めていた。


考えてみれば、彼は昔からあんな感じだった。


学校でも、修吾は人目を引くタイプだった。


成績は決して自慢できるものではなく、気性も安定しているとは言い難い。


それでも、周囲の人間を自分の思いどおりに動かす能力だけは持っていた。


相手が彼を恐れているから。


人気グループの一員になりたいから。


あるいは、自分が次の標的になるより、一緒になって笑っていたほうが楽だから。


理由は人それぞれだろう。


僕は、彼のことを特に気にかけていなかった。


絡まれても、自分のやっていることを邪魔されない限り無視する。


騒ぎを起こされたら、もっと静かな場所へ移動する。


話を聞く気のない相手と口論するために、わざわざ時間を費やす理由なんてない。


だから、修吾の前に置かれた水晶が強く輝き始めたときも、僕は普通の好奇心で眺めていただけだった。


魔術師たちが叫び始めるまでは。


「ば、馬鹿な! この能力は……!」


「高位の固有スキルだ!」


「まさに勇者にふさわしい力!」


そして、ついにそのスキル名が告げられた。


――『勇者』。


僕は一瞬、黙り込んだ。


それから修吾を見た。


次に、まるで宝物を発見したかのような顔をしている貴族たちを見た。


……本気か?


クラスで一番成績が悪く、性格にもかなり問題のある人間を勇者にするのか?


この世界、滅茶苦茶だな。


別に、修吾の戦闘能力を馬鹿にするつもりはない。


検査結果が正しいのなら、戦いに関しては並外れた才能を持っているのかもしれない。


だが、戦闘能力と指導者としての能力は別物だ。


剣を巧みに振るえる人間が、必ずしもまともな判断を下せるとは限らない。


圧倒的な力を持っていたとしても、その力に伴う責任を理解しているとは限らない。


そして、これまでの経験から判断する限り、修吾は称号を与えられただけで、突然責任感に目覚めるような人間ではなかった。


僕は、玉座から立ち上がって修吾を出迎える王を観察した。


先ほどまでの王は、僕たち全員に助力を求める支配者として振る舞っていた。


ところが今は違う。


表情は柔らかくなり、声色には期待がにじんでいた。


貴族たちも修吾の周囲に集まっていく。


彼を褒めたたえ、神々の祝福だと言い、感極まって泣きそうになっている者までいた。


僕はその光景を数秒間眺めた。


この世界、やっぱり相当おかしい。


これが、僕が異世界の政治について抱いた最初の感想だった。


もちろん、勇者になったことで修吾が変わる可能性もある。


少しは大人になるかもしれない。


……ならないかもしれない。


ただ、検査結果だけを根拠に、ここまで大きな期待を寄せる人々を見ていると、この世界の問題は魔王の存在だけではないように思えてきた。


もっと身近なところにも問題がある。


しかも、その問題は高級な服を着て、ふかふかの椅子に座っている可能性が高い。


検査が終わると、僕たちは王国が用意する住居や訓練について説明を受けた。


食事も衣服も、それぞれの能力を伸ばすために必要な設備も提供されるらしい。


それを聞いて安心した様子の生徒もいた。


訓練を終えたら冒険者になろう、と話し始める者までいる。


修吾は言うまでもなく、貴族や騎士たちに囲まれていた。


一方、僕は彼らの会話にあまり興味がなかった。


僕が知りたいのは、ただ一つ。


本はどこで手に入るのか。


残念ながら、近くにいた使用人に尋ねても、あまり役に立つ答えは返ってこなかった。


「必要なことにつきましては、王国からの指示をお待ちください」


つまり、待てということらしい。


何もせずに待つのは好きではない。


しかし、ほかに選択肢もなかったので、僕は案内されるまま自分の宿舎へ向かった。


そして、そこで気づいた。


思っていたほど、悪い境遇ではないのかもしれない。


僕に与えられたのは、王城の主要な建物からかなり離れた場所にある小さな建物だった。


家具は簡素で、戦闘能力に期待されているほかの生徒たちの宿舎と比べても、ずいぶんと辺鄙な場所にある。


役立たずだと思われているから、わざとここに配置されたのか。


それとも、単に王国が経費を節約したいだけなのか。


そこまでは分からない。


ただ、誰も僕に構わないというのなら、むしろ都合がよかった。


部屋にはベッド、小さな机、椅子、そしてクローゼットが一つ。


窓からは、少し荒れた庭が見えた。


本棚はない。


本もない。


観察したことを書き留めるための紙すら、一枚も見当たらなかった。


僕はベッドの端に腰を下ろした。


そして、天井を見上げる。


「……退屈だ」


部屋に不満があるわけではない。


単純に、やることがなかった。


普段、暇な時間ができれば本を読む。本がなければ、何か学べそうなものを探す。


しかし今は異世界にいて、図書館を利用することもできず、インターネットにも接続できない。読むものが一冊もなかった。


スマートフォンだって、この世界では何の役にも立たない。


僕はため息をついた。


ならば、自分で暇つぶしを探すしかない。


幸い、この宿舎には一つ利点があった。


重要人物たちの目が届きにくい場所にあることだ。


つまり、問題さえ起こさなければ、僕が何をしていようと気にする人間は少ないだろう。


僕はベッドから立ち上がり、窓辺へ向かった。


そこからは庭の一部と、離れた場所にあるいくつかの建物が見えた。


籠を運ぶ使用人。


植物の様子を確認している作業着姿の男。


別の建物の近くで、道具を整理しながら話している二人の使用人。


僕は彼らの服装を観察した。


使用人の制服は比較的簡素で、色も目立たない。


庭師たちは動きやすさを重視した服を着ており、手袋や作業道具も身につけていた。


高価な装飾品をつけている者はいない。


騎士たちのように、姿勢を正して歩いているわけでもなかった。


なるほど。


そこで、ふと思いついた。


この王国の実情を知りたいのなら、いつまでも公式の説明を待つより、実際に働いている人々の話を聞いたほうが早いのではないだろうか。


貴族たちは、聞こえのいい答えを用意しているかもしれない。


しかし、使用人や庭師には彼らなりの日常がある。


客人の前では決して話さないようなことも、仲間同士なら口にするかもしれない。


どれほどの情報が手に入るかは分からない。


それでも、何もせず部屋に座っているよりは面白そうだった。


その夜、僕は行動を開始した。


いきなり王城の中心部へ忍び込むような真似はしない。


まだ建物の構造さえ理解していないのに、そんなことをすれば、ただの間抜けである。


まずは、仕事を続けている人々を観察することにした。


彼らがどのように歩くのか。


どんな口調で話すのか。


上司が通りかかったとき、どんな反応をするのか。


そうした細かな点を見ていく。


荷物を運ぶ使用人は、たいてい目的地へ向かってまっすぐ歩いていた。用もなく歩き回ることはない。


一方、まだ作業を続けている庭師たちは比較的気楽そうだったが、それでも自分の仕事をきちんとこなしている。


そして何より重要なのは、作業道具を持って通り過ぎる人間の顔など、誰もいちいち気にしていないことだった。


もちろん、適当な服を着て歩けば、それだけで誰にも怪しまれないというほど甘くはない。


だから、僕はしばらく待つことにした。


やがて、一人の作業員が小さな倉庫の近くに道具を置き、隣の建物へ何かを取りに行くのが見えた。


その隙に、僕はそこに掛けられていた予備の作業着を借りることにした。


金目の物を盗むつもりはない。


何かを壊すつもりもなかった。


用が済んだら、きちんと元に戻すつもりだ。


……少なくとも、そのつもりだった。


僕は服を着替え、できる限り髪を整えてから、窓ガラスに映る自分の姿を確認した。


完璧ではない。


しかし、夜の薄暗い場所で、少し離れたところから見れば、仕事をしている作業員に見えなくもなかった。


さらに、使われていない庭仕事の道具をいくつか籠に入れて持ち歩くことにした。


これなら、どこかへ移動していても、何かを探し回っているようには見えないだろう。


まずは庭。


次に、使用人たちが働く建物。


そして、仕事の合間に人々が集まりそうな場所を探す。


すべての会話を盗み聞きする必要はない。


近くへ行き、忙しそうに作業するふりをしながら、耳を傾ければいい。


思っていたよりも、この作業は簡単だった。


言葉の壁がまったくなかったのである。


召喚魔法が僕たちに言語能力を与えたのか。それとも、何か別の理由があるのか。


詳しいことは分からない。


しかし、彼らの会話は何の問題もなく理解できた。


こちらが話しかけても、相手の言葉を理解して返事をすることができる。


まるで、生まれたときからこの言語を知っていたかのようだった。


これは助かる。


少なくとも、現地の言葉を覚えるために三か月も費やす必要はなさそうだ。


そんなことになったら、かなり面倒だっただろう。


僕は、いくつかの会話を耳にした。


ほとんどは日常の仕事に関する話だった。


明日の朝、誰が広間を掃除するのか。


誰が食事の配膳に遅れたのか。


ある貴族の衣服を準備するとき、誰が失敗したのか。


それほど役に立つ情報ではない。


しかし、焦る必要はなかった。


誰かがもっと興味深い話をするまで待てばいい。


そして、ついに見つけた。


「……北部の話、聞いた?」


二人の女性の使用人が、布を整えながら小声で話していた。


「また村が二つなくなったっていう、あの話?」


「声が大きいわよ。誰かに聞かれたら、民衆を不安にさせたって責められるかもしれないじゃない」


「でも、間違ったことは言ってないでしょう? 実際、そうなっているんじゃないの?」


相手の使用人は、少しの間黙り込んだ。


「防衛費のことで、貴族たちが揉めているらしいわ。追加予算を求めている人もいれば、国庫が厳しいから出せないって反対している人もいるとか」


「だったら、どうして今でも宴会なんか開いているの?」


「さあね。私たちには、お偉い方々の事情なんて分からないもの」


僕は何も聞いていないかのように、近くで道具を整理し続けた。


しかし、頭の中では情報が少しずつ整理されていた。


北部で村が失われている。


防衛費をめぐって争いが起きている。


国庫が厳しいという噂がある。


それなのに、貴族たちは宴会を開いている。


一つの情報だけで結論を出すことはできない。


だが、一見関係のなさそうな事柄が同じ方向を示し始めたのなら、注意しておく価値はある。


僕は別の場所へ移動した。


厨房の近くでは、二人の作業員が食料の搬送について話していた。


「……国境付近の村に送るはずだった食料、また別の場所に回されたらしいぞ」


「どこに?」


「軍の倉庫だって話だ。でも、一部の箱は貴族の屋敷に運ばれたって聞いた」


「まさか……」


「やめておけ。俺たちはただの作業員だ。給料をもらい続けたいなら、余計なことは聞かないほうがいい」


誰かに呼ばれたのか、二人の会話はそこで終わった。


詳しい事情までは分からなかった。


それでも、気になる話ではあった。


本当に国境の兵士たちが物資を必要としているのなら、なぜ食料が貴族の屋敷へ運ばれているのだろう。


何か正当な理由があるのかもしれない。


あるいは、そうではないのかもしれない。


短い会話だけで判断するつもりはなかった。


ただ、調べてみる価値のある情報を見つけたのは確かだった。


その後、行政関係の建物に近い廊下を通りかかったとき、今度は二人の男性の使用人が別の話をしているのが聞こえた。


「隣国から、また使者が来たらしいぞ」


「魔王に対抗するための協力を話し合うのか?」


「だったらよかったんだがな。どうやら、領土問題について話し合っているらしい」


「領土問題? 今になって?」


「何年も続いているらしい。どうやら、この世界には魔王以外にも問題があるみたいだな」


僕は思わず足を止めそうになった。


だが、怪しまれないよう、そのまま歩き続けた。


つまり、魔王の脅威が広がっている最中でも、人間の国々は領土をめぐって争っているということか。


あり得ない話ではない。


人間は、もっと大きな脅威が目の前にあったとしても、さまざまな理由で争うことがある。


しかし、それが何度も繰り返されているのなら、この世界の脅威への対処方法には何か問題があるのかもしれない。


あるいは、すべての国が魔王を最優先の敵だと考えているわけではないのか。


どちらなのかは、まだ判断できなかった。


夜も更けてきた。


僕はその後もいくつかの会話を聞き、誰にも怪しまれていないことを確かめてから、借りた作業着を元の場所へ戻した。


持ち出した庭仕事の道具も、きちんと戻しておく。


そして、何事もなかったかのように自分の部屋へ帰った。


誰にも呼び止められなかった。


夜中に庭を歩き回っていた理由を尋ねられることもなかった。


数時間前、王国から役立たずと判断された生徒が、作業員に紛れて情報を集めていたことに気づいた人間もいない。


僕は椅子に座り、小さなノートを開いた。


そして、覚えている情報を一つずつ書き出していく。


最初から結論を書き込むことはしない。


聞いた内容を整理し、いくつかの項目に分けておく。


一つ目。王国の財政状況。


国庫が厳しいという噂がある一方、貴族たちは宴会を開き、多くの高価な装飾品を身につけている。


二つ目。物資の配分。


国境付近の地域に関係する食料が、別の場所へ回されている可能性がある。


三つ目。魔王の脅威。


北部では村が失われているという話があり、防衛費をめぐって議論が起きているらしい。


四つ目。王国間の関係。


魔王の脅威が拡大しているにもかかわらず、人間の国々は依然として領土問題を抱えている。


僕はペンを置いた。


現時点では、どれも知らない人間たちの会話から得た情報にすぎない。


一つひとつの内容が本当かどうか、確認できたわけではなかった。


それでも、一つだけ、はっきりしてきたことがある。


この王国は、広間で説明されたほど単純な場所ではないらしい。


僕は椅子の背もたれに体を預け、書き終えたばかりのノートを眺めた。


最初は、ただ読むものを探していただけだった。


それが今では、異国の政治について考えるための材料を集めている。


人生というものは、ずいぶんと性格の悪い冗談を好むらしい。


僕は、王の演説を思い返した。


魔王は全人類にとっての脅威なのだという。


それなら、世界中の国々が協力して魔王に立ち向かうのが自然な流れだろう。


しかし、今夜聞いた話によれば、現実はそう単純ではない。


人間同士は領土をめぐって争っている。


貴族たちは自分たちの利益を優先している。


物資の配分には疑わしい点がある。


そして、僕たちに助力を求めた王国そのものが、内部にいくつもの問題を抱えているようだった。


それらすべてが腐敗によるものなのか、政策の失敗なのか、それとも単に大げさな噂にすぎないのか。


今の僕には分からない。


ただ、王国の指導者たちの中には、民衆の安全よりも自分自身の利益を優先している者がいるのではないか。


そんな疑いを抱くには、十分な理由があった。


僕は顎に手を当てた。


「……なかなか面白いな」


別に、世界に問題があると知って喜んでいるわけではない。


ただ、広間で聞かされた公式の説明よりも、その裏側にある現実のほうがずっと興味深いと感じただけだ。


そこで、僕はふと、王の隣に立っていた王女を思い出した。


あの張り詰めた表情。


あれも、今夜聞いた話と何か関係があるのだろうか。


もちろん、今のところは何の根拠もない。


彼女が何を抱えているのかも、王国の内情をどこまで知っているのかも分からない。


これ以上考えたところで、答えが出るわけでもなかった。


僕はノートを閉じた。


まずは、確かな情報を増やすことだ。


噂だけで判断するのは危険だし、今の僕には王国の政治に口を出す理由もない。


それに、ここへ来た本来の目的を忘れるわけにはいかない。


僕は、この世界で生きていくための知識が必要なのだ。


そして、何より――。


「明日は、図書館を探そう」


結局、そこに行き着いた。


政治の裏側を探るのも悪くはない。


しかし、僕にとって一番重要なのは、やはり本だった。

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