第84話 レオーネの謝罪
翌日、授業が始まる前のことだった。
レオーネはイスズに挨拶をしたものの、その場を離れず、何かを考え込んでいた。
イスズは声をかけずに見守っていたが、やがてレオーネは意を決したように顔を上げた。
「イスズ先生。授業の前に、ソルテラに昨日のことを話しに行きたいんです」
イスズは穏やかにうなずいた。
「そうですか。では、行きましょう」
レオーネはソルテラの部屋へと向かった。イスズも護衛のストリーガと侍女のトレミーを伴い、その後に続いた。
ソルテラの部屋の前には、彼の護衛が立っていた。
「ソルテラと少しだけ話したいんだけど」
レオーネが声をかけると、護衛は一礼して部屋の中へ入っていった。ほどなくして戻ってくると、レオーネたちに告げた。
「どうぞ、ご入室ください」
「ありがとう」
レオーネは礼を言って、部屋の中へと入った。
ソルテラは突然の兄の訪問に戸惑った様子で、突然兄が訪ねてきたことに戸惑っているのか、どこか緊張した面持ちで一行を迎える。
レオーネはソルテラの前まで歩み寄った。昨日、イスズに言われたとおり、自分の言葉できちんと謝ろうと決めていた。
「ソルテラ、昨日は悪かった。急に怒鳴ったりして、ごめんね」
すると、ソルテラもレオーネの顔を見て答えた。
「いえ、兄上。僕のほうこそ、ごめんなさい」
その言葉を聞いた途端、ソルテラの武術の教師であるテリオスが口を挟んだ。
「お待ちください!」
ソルテラは驚いて、テリオスを振り返った。
「貴族はむやみに謝罪するものではありません! ましてや、兄上であるレオーネ殿に対して、軽々しく謝罪するなど……」
突然の叱責に、ソルテラは戸惑ったように兄とテリオスを見比べた。
すると、イスズが静かに口を開いた。
「差し出がましいようですが、テリオス様のおっしゃることも分かります」
イスズはテリオスに視線を向けたあと、レオーネとソルテラを見た。
「貴族が自らの立場を軽んじ、何でもかんでも謝罪すればよいというものではありません。謝罪の言葉を軽々しく口にするべきではない、というお考えには私も同意します」
イスズは一度言葉を切り、穏やかに続けた。
「ですが、むやみに謝罪しないことと、自分の非を認めないことは別です。人は誰しも間違いを犯します。大切なのは、自分の過ちに気づいたとき、それを認め、改めようとすることではないでしょうか」
そう言って、イスズはソルテラに微笑みかけた。
「自分の非を認め、相手に謝罪するのは、決して簡単なことではありません。ましてや、自分の立場や誇りがあるのなら、なおさらでしょう。それでも素直に謝罪できるのは、相応の勇気があるからです。私は、それを立派なことだと思います」
そして、再びテリオスに目を向けた。
「貴族としての誇りを持つことは大切です。しかし、その前に一人の人間として、自分の過ちに向き合うことも大切なのではありませんか?」
イスズの言葉に、テリオスは何か言い返そうと口を開きかけた。だが、結局は何も言わず、険しい表情で黙り込んだ。
思いがけずソルテラからも謝罪され、レオーネは少し驚いた。
「どうしてソルテラまで謝るの?」
「実は、フローリアン先生に言われたんです」
ソルテラによると、フローリアンは昨日の出来事について、彼にこう話したのだという。
野盗十人に襲われたうえ、相手は武器を持っていた。周囲を取り囲まれ、自分の命が危険にさらされる状況を想像してみなさい、と。
レオーネはそんな状況で恐怖を感じながらも、勇気を振り絞って魔法で野盗に立ち向かった。フローリアンは、ソルテラが思っている以上に、レオーネは初めて自分の命の危険を実感したのだろう、と話したらしい。
「それなのに、兄上のそんな思いも知らずに、戦いのことを気軽に尋ねるのは、あまりにも配慮が足りないことだと……そう言われました」
ソルテラは申し訳なさそうにうつむいた。
「僕は、兄上が活躍したと聞いて、ただ嬉しかったんです。でも、兄上がどんな思いで戦っていたのか、考えもしませんでした。ごめんなさい」
「いや、ソルテラ。僕も悪かったんだ」
レオーネは首を横に振った。
「確かに、あのとき僕は野盗の副首領に魔法を放った。でも、簡単にかわされて、相手の顔にほんのかすり傷を負わせただけだったんだ。それが悔しくて……。みんなに守ってもらわなければ、僕には何もできないんだと思い知らされた。それで、ついソルテラに当たってしまった。本当にごめんね」
「そんなことがあったんですね……」
ソルテラは驚いたように目を見開いたが、すぐにレオーネへ向き直った。
「でも、野盗に立ち向かった兄上は、とても偉いと思います! 僕だったら、怖くて何もできなかったかもしれません」
「そ、そうかな……」
まっすぐに褒められ、レオーネは照れくさそうに視線をそらした。
その様子を見ていたイスズが、にこやかに口を挟んだ。
「おふたりとも、こういうときは、お互いに握手をするんですよ」
「握手ですか?」
ソルテラが不思議そうに尋ねると、ストリーガが一歩前に出た。
「差し出がましいようですが、せっかくですので、私たち騎士が互いを讃えるときに交わす所作をお教えしましょう」
そう言うと、ストリーガはイスズに向き直り、手を差し出した。
「イスズ殿、少しお付き合いいただけますか?」
「ええ、もちろんです」
イスズが手を差し出すと、ストリーガはその手をしっかりと握った。二人は互いの顔の前で手を握り合わせ、続いて手を離すと、それぞれの拳を軽く打ち合わせた。
「これが、騎士がお互いの健闘を讃え合うときの所作です」
ストリーガはそう説明すると、にこりと笑った。
レオーネは二人の様子を眺めていた。イスズとストリーガの息の合った動作を見て、なぜか少し面白くない気持ちになったが、それを顔に出すことはなかった。
「レオーネ兄上! 僕たちもやりましょう!」
ソルテラが嬉しそうに手を差し出した。
「ああ、そうだね」
レオーネもその手を取った。二人はストリーガが見せたとおりに手を握り、最後に互いの拳を軽くぶつけた。
「これで仲直りですね!」
「ああ。そうだね」
二人とも、なんとなく照れくさくなり、思わず笑みをこぼした。
二人の様子を、周囲の者たちは微笑ましそうに見守っていた。
ただ一人、ソルテラの武術教師であるテリオスだけは、苦々しい表情を浮かべていた。




