第79話 イスズの頼み
血に染まった林道では、イスズが盗賊のリーダーの男を前に、丁寧な口調で話を聞いていた。
男はすでに武器を捨て、その場に正座している。周囲には腕や手足を切られ、地面に倒れ込んだ盗賊たちがいた。呻き声を上げて身をよじる者もいれば、動くことさえできずに横たわっている者もいる。
「それで、あなた方はなぜ私たちを襲ったのですか?」
イスズが尋ねると、男は観念した様子で答え始めた。
その一方で、アージは動けなくなった盗賊たちを縄で縛り、林道の端へと移動させていた。ひとりずつ拘束するのは手間がかかるため、ひとまず全員を縄で数珠つなぎにしていく。
これだけの傷を負っているのだ。手当てが間に合わず、命を落とす者もいるかもしれない。アージはそう考えながらも、ひとまずリーダーを確保できたことに安堵していた。襲撃の理由を聞き出すうえでは、彼さえ無事ならば大きな問題はないだろう。
そうして盗賊たちの拘束を進めていたところ、林道の向こうから慌ただしい足音が聞こえてきた。
「レオーネ様! アージ殿!」
駆けつけてきたのは、ストリーガだった。
スリを追いかけて、先ほどレオーネたちと別れた場所へ戻ったところ、彼らの姿が見当たらなかったため、周囲の者に尋ねながら捜し回っていたのだという。ようやくこの林道にたどり着いたストリーガは、目の前の光景を見て言葉を失った。
十人近い男たちが地面に倒れ、腕や手を切り飛ばされた者たちが苦悶の声を上げている。血の臭いが漂うなか、縄で拘束されている男たちの姿は、まさに凄惨というほかなかった。
「こ、これは……」
ストリーガが絶句する一方、彼女の後ろからついてきたトレミーも、惨状を目の当たりにして顔を青ざめさせていた。吐き気をこらえるように口元を押さえ、今にもその場にしゃがみ込んでしまいそうになっている。
エルキャパに至っては、何が起きたのか理解できないといった様子で、ただ茫然と立ち尽くしていた。
ストリーガは周囲を見回し、やがて盗賊のリーダーと向き合っているイスズを見つけた。急いでそちらへ向かうと、盗賊たちを縛っていたアージも彼女に気づき、近づいてきた。
「イスズ殿、これはいったい……」
「賊に襲われたんです。でも、アージ様が守ってくださいました」
イスズは、何事もなかったかのように答えた。
その言葉に、アージは怪訝な顔をした。
思わず声が漏れる。ストリーガもアージの反応に気づき、怪訝そうに彼を見た。
「……え? いえ、この賊はほとんど、イスズ殿が……」
「そういえば、ストリーガ様。この林道の手前にも、賊がいませんでしたか?」
イスズは、アージの言葉を遮るように尋ねた。
ストリーガは一瞬きょとんとしたものの、すぐに首を横に振った。
「いえ、私は見ていないが……」
「ああ、そうですか。では、あの賊たちは逃げてしまったのかもしれませんね……」
イスズは少し考え込むように視線を落とした。
それから顔を上げ、改めて二人に向き直った。
「この賊たちは、アージ様とストリーガ様が戦って捕縛したのです。そういうことにしていただけませんか?」
「……イスズ殿?」
ストリーガが戸惑った声を上げる。
イスズは周囲を気にするように一度視線を巡らせてから、二人にだけ聞こえる声で話し始めた。
「私が賊と戦ったとなると、いろいろと都合が悪いのです。それに、アージ様もストリーガ様も、賊を倒したのが私だと知られれば、お二人のお名前にも傷がつく可能性があります」
アージは苦笑いを浮かべた。ストリーガはまだ事情を飲み込めていないようだったが、イスズは構わず続けた。
「ストリーガ様はレオーネ様の護衛です。その護衛が、財布を盗んだ孤児を捜しに行っている間に、護衛対象が賊に襲われたとなれば、問題になるのではありませんか?」
ストリーガの表情がわずかに強張った。もちろん、レオーネたちが襲撃されたこと自体、彼女にとっては重大な事態だ。無事に済んだからといって、護衛としての責任がなくなるわけではない。
さらに、襲撃者たちのほとんどを制圧したのが護衛ではなく、雇われた女の家庭教師だったと知られれば、今度は護衛の実力や任務の遂行能力まで疑われかねない。
一方、アージもレオーネたちを守るために動いてはいたものの、盗賊たちを圧倒したのがイスズであることは明らかだった。彼女の活躍をそのまま公にすれば、自分たちが護衛として何をしていたのかと問われる可能性もある。
「ここはお互いのためにも、賊はアージ様とストリーガ様が倒し、捕縛したということにしていただけないでしょうか。お願いします」
イスズはそう言って、二人に頭を下げた。
アージは困惑した表情を浮かべたまま、イスズを見つめた。
「ですが、イスズ殿の功績ではありませんか。あなたがいなければ、レオーネ様たちがどうなっていたか……」
イスズは苦笑しながら答えた。
「私の功績となるのは、レオーネ様が学院に上位の成績で入学することです。私はあくまでもレオーネ様の家庭教師なのですから、このようなことで目立ちたくはありません。これからも家庭教師の仕事を続けていくのであれば、賊を捕縛したなどという話が広まっても困ります」
その口調は穏やかだったが、言葉にははっきりとした意思が込められていた。
イスズにとって、盗賊を倒したことなど、誇るべき功績ではない。レオーネを守るために必要だったからそうしただけであり、本来の仕事は彼を立派に育て上げることなのだ。
アージは困ったように頬をかきながら、ストリーガに視線を向けた。
「……まあ、イスズ殿がそうおっしゃるのであれば、私は構いませんが…」
ストリーガはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく息を吐いた。
「わかりました。イスズ殿がそれを望まれるのであれば、私も異存はありません。レオーネ様を守ってくださったことには、心から感謝いたします」
「ありがとうございます、ストリーガ様」
イスズはほっとしたように微笑んだ。
続いて、イスズは盗賊のリーダーにも事情を説明した。
女に手も足も出ずに敗れたとなれば、盗賊たちの間でも面目が立たない。まして、彼らを捕らえたのが騎士や武人だったということになれば、まだ言い訳もできる。
リーダーはイスズの説明を聞くと、複雑そうな顔をしながらも、やがて小さく頷いた。
もっとも、彼が了承したのは、面目を保てるからという理由だけではなかった。目の前の女に逆らえば、今度こそ何をされるかわからない。そんな恐れもあったのだろう。
こうして、盗賊たちがアージとストリーガによって捕縛されたという話で、ひとまずまとまった。
イスズは胸をなで下ろした。これで、これまでどおりレオーネの家庭教師を続けられる。自分の実力が余計な騒ぎを引き起こすこともないだろう。
その様子を見ていたトレミーは、複雑な思いを抱いていた。
自分たちを守るためとはいえ、イスズは一瞬にして盗賊たちを制圧してしまった。あの戦いぶりは、ただの家庭教師にできることではない。感謝してもしきれない一方で、これほどの実力があるのなら、騎士に近い立場で働くこともできるのではないか、という思いが湧いてくる。
しかし、イスズ本人は家庭教師としての仕事を続けることを望んでいる。その意思を知ったトレミーは、胸の内に浮かんだ考えを口にすることなく、そっと飲み込んだ。
目の前では、イスズが盗賊のリーダーに再び質問を始めていた。まるで先ほどの凄惨な戦闘などなかったかのように、丁寧な口調で襲撃の理由を聞き出そうとしている。
その姿を見ながら、トレミーは改めて思った。
――この人は、本当に不思議な人だ。
そんな彼女たちの様子を、林の中から憎々しげに見つめる男がいた。
商人風の身なりをしたその男は、盗賊たちを率いる真の首領だった。イスズの尋問を受けている男は、その片腕ともいえる立場にある。
男は、布を巻きつけた右手に目を落とした。布はすでに血に染まり、指先からは今も血が滴り落ちている。
男は右手を握りしめ、イスズの背中を憎々しげに睨みつけた。
「この傷の借りは、必ず返してやるからな。覚えていろよ……」
誰にも聞こえないほどの声でそう呟くと、男はイスズをもう一度睨みつけ、音もなく林の中へと姿を消した。




