第74話 その男
木の陰に身を潜め、通りを眺めていた男は、レオーネたちの様子をうかがっていた。
先ほど、男は食い扶持にも困っている孤児たちに声をかけていた。
「おい、ガキども。いい飯の種を教えてやるぞ」
そう言うと、一際体の大きな孤児が警戒するように男を見た。
「なんだよ、お前。俺たちに何の用だ? ただ働きはしねえぞ!」
男は、鼻をつく孤児の臭いに一瞬顔をしかめたものの、すぐに表情を取り繕った。
「あそこにいる子供と女二人、いいとこの坊ちゃんみてえだろ。金をたんまり持ってるかもしれねえぞ。護衛らしき男が二人いるが、お前ら何人かで動き回れば、どうにかなるんじゃねえか?」
そう吹き込むと、孤児たちの目つきが変わった。
「俺たちの上前をはねるつもりか?」
大柄な孤児が疑わしげに問いただす。男は肩をすくめた。
「いや、そんなつもりはねえよ。ああいう金持ちのガキを見ると、何かしてやりたくなるのはお前も同じだろ?」
それを聞いた大柄な孤児は、にやりと笑った。
「そうだな。ちげえねえ」
話がまとまると、男は孤児たちから離れた。あとは連中がうまくやるのを待つだけだった。
しばらくすると、孤児たちは案の定、男の思惑どおりに動き始めた。
まず、二人の子供がレオーネのそばへ駆け寄る。突然のことに護衛が身構え、少年たちへ注意を向けた。その隙を突き、別の孤児がトレミーの脇をすり抜けざま、彼女の財布を素早く抜き取った。
財布を奪った孤児は、そのまま走り出す。途中で別の孤児に財布を渡し、受け取った子供もすぐさま走り去った。さらに、最後は体の大きな孤児が財布を受け取ると、勢いよく駆け出していく。
ほかの孤児たちも手慣れたものだった。護衛や女性たちの注意がどこへ向いているかを見極め、それぞれ別の方向へ散っていく。
「待て!」
大柄な護衛の男が声を上げた。レオーネにひと言告げると、すぐさま身を翻し、財布を持って逃げる大柄な孤児を追いかけていく。その姿は、あっという間に通りの向こうへ消えていった。
木の陰から一部始終を見届けた男は、口元に薄い笑みを浮かべた。
思惑どおりだった。孤児たちは見事に護衛の一人を誘い出してくれたのだ。
これで、護衛は残り一人。男は改めて、レオーネたちに目を向けた。
その男はじっくりと少年を見据えた。身なりのよい少年がただの庶民ではないことは明らかだった。
このまま護衛が戻らず、人気のない場所へ移動してくれれば、絶好の機会になるかもしれない。
もし、あの少年を攫うことができれば――。
身代金を手に入れ、街を出て、別の土地でやり直せる。仲間を失い、追い詰められた男にとって、それは最後に残された賭けだった。
そのとき、通りの反対側からパン屋の女将が歩いてきた。
店先の片づけを終え、店に戻ろうとしていたプローブは、ふと顔を上げ、通りの向こうにいる一行に気づいた。
「……あら?」
思わず足を止める。先ほどまで二人いた護衛の一人がいなくなり、残った男が少年たちに帰るよう促しているようだった。少年も、どこか残念そうな顔をしている。
「どうしたんだろうねぇ……」
プローブが心配そうに呟くと、近くで荷車を押していた商人風の男が声をかけた。
「おや、どうかしましたかい?」
「ああ、あそこにいる子なんだけどねぇ。あの子、多分、インプレッサ伯爵のご長男のレオーネ様だと思うんだよ。前にお見かけしたことがあってね。先ほどはうちにパンを買いにきてくれてねぇ。今日は街を見て回っていたみたいだけど、何か騒ぎに巻き込まれたのかねぇ」
「ほう……インプレッサ伯爵のご長男ですかい」
男は驚いたように目を丸くした。だが、その胸の内では、すでに別の計算が始まっていた。
伯爵家の跡取りともなれば、身代金は相当な額になるはずだ。あの少年を攫うことができれば、今の窮状を一気にひっくり返せるかもしれない。
「それにしても、伯爵様のお屋敷は、この辺りから遠いんですかね? いや、私は商人でしてね。偶然、魔道具が手に入りやして。この辺じゃ、魔道具を買ってくれるのは高貴な方くらいでしょうから」
男は世間話でもするような調子で尋ねた。
「へぇ、そうかい。お屋敷はそんなに遠くはないよ。ほら、あそこが見えるだろう?」
プローブは街の向こうを指さした。建物が途切れた先、小高い丘の上に立派な館が見える。
「インプレッサ伯爵様のお屋敷は、あそこだよ」
「なるほどねぇ。あの丘の上ですかい」
男は目を細め、館の位置を確かめた。
屋敷へ戻るには、街外れの林の脇を通ることになるらしい。木々が道の両側に生い茂り、人目も少ない。あそこなら、待ち伏せには都合がいい。
護衛が一人しかいない今なら、少年を攫うことも不可能ではないだろう。
「いやあ、助かりやした。ご親切にどうも」
男は愛想よく頭を下げた。
「いいえ、どういたしまして。あんたも商売、頑張っておくれよ」
プローブは笑顔で応じると、店へと戻っていった。その背中を見送りながら、男は荷車の取っ手を握り直した。
身なりは商人風で、傍らには荷物を積んだ荷車もある。一見すれば、街で商売を営むごく普通の男にしか見えない。
だが、その正体は、盗賊や誘拐、時には暗殺まで請け負う盗賊団の頭だった。
力任せに獲物を奪うだけの男ではない。読み書きができ、頭も切れる。仲間を率いて村々を巡り、商人を装って人々の暮らしぶりや村の様子を探る。そして、襲いやすいと判断した村があれば盗賊として襲撃する。それが、この男の率いる一団のやり方だった。
その手口で数々の村を渡り歩いてきた男だったが、数週間前、近くの村を襲った際に思わぬ失敗を犯した。事前に村の様子を十分に調べ、襲撃は成功すると思っていた。ところが、襲撃当日、運悪く村には巡回中の兵士たちが居合わせていたのである。思わぬ反撃を受けた男たちは、命からがら逃げ出す羽目になった。
追っ手を警戒しながらこの街へ逃げ込んだ彼らは、逃走の途中で武器も荷物も金も失い、商人に化けて身を隠しながら再起の機会をうかがっていた。しかし、残された仲間たちの食い扶持にも困る有様で、このままでは遠からず身動きが取れなくなる。
もはや、悠長に次の機会を待っている余裕はなかった。男は改めて、レオーネたちに目を向けた。
少年は一人の護衛に促され、館へ向かって歩き始めている。
「……こいつは、やるしかねえか」
男は荷車の脇にいた仲間へ小声で声をかけると、荷車を押して通りの陰へと移動した。声をかけられた男は、何食わぬ顔でレオーネたちの後を追い始める。
やがて盗賊の頭は、残った仲間たちと合流した。彼らを前に、丘へ続く道と林の位置を説明する。
「おまえらは先にあの林へ行って、急いで身を隠してろ。俺が合図を出す。あとはいつもどおりだ」
仲間たちは黙って頷くと、指示された場所へ向かっていった。
今度こそ失敗するわけにはいかない。
盗賊の頭は、林の陰に潜む仲間たちの姿を確かめると、レオーネたちがやって来るのを待ち構えた。




