第71話 喫茶店01
喫茶店に着くと、まずストリーガとアージが店内へと入っていった。
二人とも、兵士のような出で立ちである。突然、そんな二人が店に入ってきたものだから、店員は何事かと驚き、思わず動きを止めてしまった。
ストリーガは店内をぐるりと見渡した。客はそれほど多くなく、一番奥の壁際にある席が空いている。
ストリーガは戸惑っている店員に歩み寄り、申し訳なさそうに声をかけた。
「すまないのだが、私の主人がここで少し休憩したいそうなのだ。迷惑は掛けないので安心してほしい。あの壁際の席と、その手前の席の二つを使わせてもらってもよいだろうか?」
「ど、どうぞ。今はお客様も少ないので、だ、大丈夫です」
店員は緊張した様子で答えた。それを見ていたトレミーが、店の入り口で待っていたイスズとレオーネに声をかける。
「レオーネ様、奥の壁際の席が空いているそうです。そちらへ参りましょう」
レオーネはうなずき、イスズと一緒に店内へと入った。
本当は、通りに面した明るい席のほうがよかった。窓から街の様子を眺めながらお茶を飲めたら、きっと楽しいだろう。
けれど、今日はイスズと一緒なのだ。どの席であっても、二人でお茶を楽しめるならそれでいい。そう気持ちを切り替え、レオーネは奥の席へと向かった。
席に着こうとしたところで、ふとイスズのほうを見る。そこで、レオーネは椅子を引いていないことに気づいた。
「あっ、イスズ先生。どうぞ」
慌ててイスズの椅子を引く。
「あら、ありがとうございます」
イスズは微笑みながら礼を言い、引かれた椅子に腰を下ろした。
その様子を見ていたトレミーは、レオーネと目が合うと、にっこりと笑って大きくうなずいた。その視線に気づいたレオーネも、少し照れくさそうにしながら小さくうなずき返す。
それを見届けてから、トレミーは二人の手前にある席へと向かった。ストリーガとアージも続いて腰を下ろす。
ところが、三人が座った途端、レオーネは少し怪訝そうな顔になった。
体格のよいストリーガたちが手前に並んだせいで、先ほどまで見えていた店内の景色が、すっかり遮られてしまったのだ。
それに気づいたイスズが、そっと説明する。
「護衛の方々は、レオーネ様をお守りしなければなりませんからね。こういう席の取り方をしているのですよ」
「そうなのですか?」
レオーネは首を傾げた。
「はい。外であれば、いざというとき、一人が盾になって時間を稼いでいる間に、もう一人がレオーネ様を逃がすこともできます。ですが、こうした建物の中では、襲撃を受けても、すぐに外へ逃がせるとは限りません。状況によっては、その場で戦うしかなくなることもあります」
イスズは、レオーネにもわかるように、ゆっくりと言葉を続けた。
「ですから、レオーネ様には、出入り口から遠い壁際の席に座っていただくのです。護衛の方々が手前にいれば、敵が近づくのを防ぎやすくなりますし、レオーネ様を守ることもできますから」
「なるほど……。だから、僕は一番奥なのですね」
ようやく納得したレオーネがうなずくと、説明を聞いていたストリーガがイスズに顔を向けた。
「イスズ殿は、よくご理解されていますな。我らがお守りいたしますので、どうぞおくつろぎください」
「ありがとうございます。頼りにしておりますね」
イスズが微笑むと、ストリーガも満足そうにうなずいた。そこへ、先ほどの店員がメニューを持ってやってきた。
「お待たせいたしました。こちらがメニューになります」
店員はイスズに差し出そうとしたが、イスズはそれをやんわりと止めた。
「ありがとうございます。レオーネ様に渡していただけますか?」
「か、かしこまりました」
店員は少し意外そうな顔をしたものの、言われたとおりレオーネへとメニューを差し出した。
「ど、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
レオーネは緊張しながらメニューを受け取り、そっと開いた。
そこには、飲み物や菓子の名前がずらりと並んでいた。普段の食事とは違い、何を頼めばよいのかも、どんな組み合わせがよいのかもわからない。
初めての喫茶店に、レオーネは目を白黒させてしまった。
そんな彼に、トレミーが助言する。
「レオーネ様、今日は軽めのものがよろしいかと思います。普通は紅茶と、お好きなケーキを一つずつ頼めばよろしいのではないでしょうか」
「紅茶と、ケーキ……」
レオーネはメニューを眺めながら、隣のイスズに尋ねた。
「イスズ先生は、何がよいですか?」
「私も喫茶店に入るのは初めてなのです。好き嫌いはありませんから、レオーネ様にお任せしますね」
「えっ、イスズ先生も初めてなのですか?」
レオーネが驚いて顔を向けると、イスズは楽しそうにうなずいた。
「はい。ですから、今日は一緒に楽しみましょう」
そう言われて、レオーネは少し嬉しくなった。自分だけが初めてなのではない。イスズも同じなのだと思うと、なんだか心強い。
ところが、メニューを眺めていたイスズが、ふと思いついたように声を上げた。
「あっ、レオーネ様。ケーキはお互いに違う種類にしましょう!」
「違う種類、ですか?」
レオーネは不思議そうに首を傾げたが、イスズがそう言うのならと、ひとまずうなずいた。
いろいろな種類が並んでいたが、どれがよいのか迷った末、二つに決める。
そして、ドキドキしながら店員に声をかけた。
「あ、あの……。紅茶と、このりんごのケーキと、チーズケーキをください」
「かしこまりました。紅茶がお二つと、りんごのケーキ、チーズケーキですね」
レオーネは店員の言葉にうなずくと、ストリーガたちに顔を向けた。
「ストリーガさん、アージさん、トレミーも、遠慮せずに好きなものを頼んでくださいね」
その言葉に、三人は一瞬顔を見合わせた。それから、互いに小さくうなずき合う。
「ありがとうございます、レオーネ様」
代表するようにトレミーが礼を述べると、ストリーガも口を開いた。
「では、私も紅茶を一つ頼もう」
すると、アージがすかさず身を乗り出した。
「あ、私も紅茶と、りんごのケーキを――」
言い終わる前に、ストリーガの足がアージのすねを蹴った。
「痛っ!」
「護衛なのだから、紅茶だけにしておけ」
ストリーガはアージを横目でにらみ、低い声で告げた。
「うう……。じゃ、じゃあ、私も紅茶だけで」
アージは恨めしそうにメニューを見つめながら、しぶしぶ注文を変えた。
そのやり取りを横目に、トレミーもメニューを開く。
「私は紅茶と、それから、今日のおまかせケーキをお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」
店員が注文を受けて下がると、レオーネはアージのほうを向いた。
「アージさん、残念でしたね。僕のケーキを少し食べますか?」
「えっ、本当ですか? それなら、ぜひ――」
アージが嬉しそうにうなずきかけたところで、ストリーガの鋭い視線が飛んできた。
「……だ、大丈夫です。お気持ちだけいただいておきます」
アージは背筋を伸ばし、いかにも残念そうに答えた。
その様子に、イスズもレオーネも、トレミーまでもがくすくすと笑った。
初めての喫茶店でのひとときは、注文を終えたあとも、笑いの絶えないものになりそうだった。




