第70話 喫茶店へ
昼食を終えた一行は、広場に並ぶ露店を見て回ることにした。
薬草を売る店に、武器や防具を並べた店。薬やアクセサリー、本や壺、手作りの木製食器に古着まで、実にさまざまな品が並んでいる。
レオーネにとって、こうした露店を見て回るのは初めての経験だった。普段の生活では目にする機会の少ない品々も多く、見ているだけでも面白かった。
ただし、露店を見て回るにあたって、イスズからは念を押されていた。
露店で売られている品には、紛い物や粗悪品も少なくない。よほどのことがない限り、安易に買わないほうがよい、と。
そのため、レオーネは気になる品があっても、手に取って眺めるだけにしていた。
護衛のストリーガとアージ、そして侍女のトレミーも、二人が自由に見て回れるよう、あえて距離を取ってくれていた。もちろん、何かあればすぐに駆けつけられる位置にいる。
おかげで、レオーネはイスズと二人で露店を巡る時間を存分に楽しんでいた。
そんな中、アクセサリーを並べた露店の前で、レオーネはふと足を止めた。
「いらっしゃい、坊ちゃん。何かお探しかい?」
店主に声をかけられ、レオーネは軽くお辞儀を返した。
店先には、色とりどりのアクセサリーが並んでいた。きらきらと輝く石をあしらったものや、細工の施された金属製の飾り、小さな花を模したものなど、種類もさまざまだ。
高価な品もあったが、今日もらったお小遣いで買えそうなものもいくつかあった。
レオーネは、隣に立つイスズをそっと見上げた。
貴族の女性であるイスズは、身につけているアクセサリーが少なかった。目につくものといえば、長い髪をまとめている髪留めくらいだ。それも、立派な宝石がついたものではなく、木を削って作られた素朴な品だった。
もちろん、イスズが飾り気のないものを好んでいるのかもしれない。けれど、せっかく街へ出かけてきたのだから、何かプレゼントできたら嬉しい。
そんなことを考えながら、レオーネは手頃な値段のアクセサリーを眺めた。これなら買える。けれど、どれがイスズに似合うのだろう。
可愛らしい花の飾りがよいのか、それとも落ち着いた色合いのものがよいのか。
そもそも、イスズはアクセサリーをもらって喜んでくれるだろうか。考えれば考えるほど、決められなくなってしまう。
すると、店主がレオーネの視線を追い、隣にいるイスズを見て、にやりと笑った。
「なんだい、坊ちゃん。その連れの女性にプレゼントかい?」
思いがけないことを言われ、レオーネは思わず声を上げた。
「いえ、その……!」
否定しようとしたものの、何と言えばいいのかわからない。かといって、素直に肯定するのも恥ずかしかった。
結局、レオーネはアクセサリーから目をそらし、店主に向かって小さく頭を下げた。
「ま、また今度、買いに来ます!」
そう言うなり、レオーネはそそくさと店を離れた。
「おやおや、またおいで!」
背後から店主の声が追いかけてくる。レオーネは振り返ることもできず、足早に歩き続けた。
本当は、イスズに何か買ってあげたかったのだ。
けれど、どんなものが似合うのかもわからない。せっかく贈ったところで、困らせてしまったらどうしよう。喜んでもらえなかったらと思うと、どうしても買う勇気が出なかった。
そんなことを考えているうちに、レオーネの足取りは自然と重くなっていった。
一方、事情を知らないイスズは、不思議そうにレオーネの顔をのぞき込んだ。
「レオーネ様、買わなくてもよかったのですか? あのお店は、比較的良心的なお値段でしたけれど」
「えっ……あ、はい。その……」
どう答えればいいのかわからず、レオーネは口ごもった。せっかくイスズが尋ねてくれたのに、うまく説明できない。
イスズは不思議そうに首をかしげたが、それ以上問い詰めることはせず、優しく微笑んだ。
「そうですか。では、また気になるものがあったら、ゆっくり見て回りましょうね」
「……はい、イスズ先生」
レオーネはうなずいたが、買えなかったアクセサリーのことが、まだ少し心に引っかかっていた。
それでも、ほかの露店を見て回るうちに、レオーネは次第に気持ちを切り替えていった。気になる品を見つけてはイスズと感想を言い合い、あれこれと話をしながら、再び街歩きを楽しんでいた。
そんな中、イスズは隣を歩くレオーネの様子が、少しおかしいことに気づいた。
先ほどから、何か言いたそうにしては口を閉じ、ちらちらとイスズの顔をうかがっている。もじもじと落ち着かない様子で、どうやら何かを言い出そうか迷っているらしい。
「レオーネ様、どうかなさいましたか?」
イスズが優しく尋ねると、レオーネは一瞬ためらったあと、遠慮がちに口を開いた。
「イスズ先生、少し喉が渇きませんか?」
「そうですね……。私は、まだそれほどでもありませんよ」
イスズはまだ喉が渇いていなかったため、素直に答えた。
すると、レオーネの表情が目に見えて曇った。肩を落とし、しょんぼりとうつむいてしまう。
その様子を見ていたトレミーが、二人に近づき、苦笑しながら口を挟んだ。
「イスズ様。レオーネ様は少し歩き疲れたので、休憩がてらお茶でもしたいのではないでしょうか?」
「まあ、そうだったのですか?」
イスズはレオーネを振り返ったが、本人は何も言わず、ますます気まずそうにうつむいている。
そこでイスズは、腰に提げていた竹筒を示した。
「レオーネ様、喉が渇いたのでしたら、こちらのお水をお飲みになりますか? 予備に持ってきたもので、まだ口をつけておりませんから」
イスズが竹筒を差し出すと、レオーネは先ほどよりもさらに肩を落としてしまった。
「……いえ、大丈夫です」
「そうですか? 遠慮なさらなくてもよいのですよ?」
どうやら、イスズはまだ何かを勘違いしているらしい。
その様子を見かねたトレミーは、小さく息をつき、イスズの耳元にそっと顔を寄せた。
「イスズ様。レオーネ様は、イスズ様と一緒に喫茶店へ行きたいのではないでしょうか?」
ようやく思い至ったイスズは、思わず声を漏らした。
そういえば、今日はレオーネに街の暮らしを体験してもらうために出かけてきたのだった。
買い物や食事だけでなく、街の喫茶店で一休みするのも、よい経験になるだろう。それに、せっかく自分と一緒に街へ出かけたのだから、二人でお茶を楽しみたいと思っても不思議ではない。
そう考えたイスズは、ようやくレオーネの気持ちを理解した。
「レオーネ様、喫茶店に行きたいのですか?」
イスズが尋ねると、レオーネは恥ずかしそうに顔を上げた。
「……はい」
レオーネは恥ずかしそうに、小さくうなずいた。自分から誘いたかったのに、うまく言い出せなかったのだろう。
そんなレオーネを見て、イスズはにっこりと微笑んだ。
「そうでしたか。それなら、最初からそうおっしゃってくださればよかったのに」
「で、でも……先生が行きたくなかったら、困らせてしまうかと思って……」
「まあ。私がレオーネ様のお誘いを断るとお思いになったのですか?」
「そ、そういうわけでは……」
慌てて首を振るレオーネを見て、イスズはくすりと笑った。
「ふふっ。では、せっかくですから、お茶にしましょうか」
そのやり取りを見守っていたトレミーも、ほっとしたように微笑んだ。
「それではイスズ様。レオーネ様と手をつないで、お二人で先にいらしてください。この辺りでしたら、あそこの青い屋根のお店がよいと聞いております」
トレミーが指さした先には、青い屋根に小さな看板を掲げた店があった。
「ありがとうございます、トレミーさん。では、レオーネ様、参りましょうか」
そう言って、イスズはレオーネに手を差し出した。
レオーネは一瞬、驚いたように目を見開いた。
それから、嬉しそうにはにかみながら、おずおずとその手を取る。
「……はい、イスズ先生!」
二人は手をつないだまま、トレミーたちを残して歩き出した。
目指すのは、広場の一角にある青い屋根の喫茶店。
レオーネは、先ほどまでの沈んだ様子が嘘のように、軽やかな足取りでイスズと並んで歩いていった。




