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学院にも行けなかった貧乏騎士爵令嬢、家庭教師として育てた伯爵家長男に人生で初めて愛されました  作者: 太童好喜


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第43話 魔法の授業02

「レオーネ様は、風魔法でしたね」


イスズがそう言うと、レオーネは俯いてしまった。


「どうしたのですか、レオーネ様?」


イスズが尋ねると、レオーネはしばらく逡巡した。話していいものか迷っているようだったが、やがて小さな声で口を開いた。


「風魔法は……あまりすごくないって言われるんです。戦争とか、魔物や賊と戦うときにも、あまり役に立たないから。それに……うちのインプレッサ家は、火の魔法じゃないと……」


そこで言葉を濁す。イスズがストリーガを見ると、ストリーガは気まずそうに口を開いた。


「いわゆる攻撃魔法の火・水・土・風ですが、火は戦術的な大規模攻撃ができます。水は、軍の遠征では命綱になるので貴重です。土の魔法も、陣地の構築などに有効とされています」


ストリーガは、そこで一度言葉を切った。


「ですが、風の魔法は……魔力が高ければ暴風を起こして敵を混乱させる程度のことはできます。しかし、魔力が突出していなければ、なかなか厳しい。そういうのが一般的な認識です」


レオーネが、小さく呟いた。


「僕の魔力量は、平民並みって言われたんです……だから、そんなに強い魔法は使えない。団扇魔法なんです」


「団扇魔法、ですか?」


イスズが聞き返す。ストリーガは、苦い顔をした。


「それほど魔力のない風魔法使いは、嘲笑の意味を込めて、そう呼ばれることが多いんです」


「なるほど……」


イスズは少し考え込むようにしてから、レオーネを見る。


「風魔法はいろいろなことができると思いますが……一般的には、そういう認識なのですね」


「……僕も、最初は嬉しかったんです」


レオーネが、ぽつりと呟いた。


「この前、先生に教えてもらった『アウラ』が使えたとき……初めて、自分でも風魔法が使えたって思えて」


レオーネは、少しだけ顔を上げた。


「でも……あれが僕に使える、精一杯なんですよね」


その声は、どこか寂しげだった。


「先生に教えてもらったから使えたけど……僕の魔力じゃ、あれ以上の魔法なんて、きっと使えない。そう思ってます」


そう言って、レオーネはまた俯いた。


「なるほど……」


イスズは少し考え込むようにしてから、レオーネを見る。


「風魔法はいろいろなことができると思いますが……一般的には、そういう認識なのですね」


そして、先ほどの説明を思い出すように続けた。


「先ほども言いましたが、相手を遠くへ吹き飛ばすこともできるかもしれません。風の壁を作って攻撃を遮ることもできるかもしれません。風を鋭く凝縮して、攻撃しようとする手を切ることもできるかもしれない。身体に風を纏わせて、一気に距離を取ることだってできますよ」


イスズは穏やかに微笑んだ。


「私には、可能性しか見えませんけどね」


ストリーガもレオーネも、驚いたようにイスズを見つめた。


ストリーガが尋ねる。


「先ほどの風の魔法は、本当にできるのですか? そのような魔法など、私は聞いたことがありません。先ほどの話は、あくまで例えではないのですか?」


レオーネも、その言葉に頷いた。


「前の魔法の先生が見せてくれたものも、そよ風を起こすとか、風を強くするとか……せいぜい、強風で相手をぐらつかせるくらいでした」


レオーネは、自嘲するように笑った。


「僕も、火の魔法だったり、水を出したりできれば、父上や、この領の役に立てたんでしょうけど……風の魔法だと……」


イスズが、静かに呼びかける。


「レオーネ様。風の魔法だけでも、少し手を加えれば火の魔法も使えますし、当然、水を出すこともできますよ」


「えっ?」


レオーネが顔を上げる。ストリーガとトレミーも、驚いたようにイスズを見た。


イスズは少し考えるようにしてから、ふと顔を上げた。


「レオーネ様にもできると思います。ちょっと見ていてくださいね」


そう言うと、イスズは何かを考えるように小さく呟いた。


次の瞬間だった。


イスズの背後で、周囲の空気がゆっくりと動き始めた。ふわりと風が生まれたかと思うと、その風がイスズの背後へ吸い寄せられるように集まっていく。


やがて、その周囲だけ空気が歪んだように揺らめき始めた。


キィィィン……。


かすかな高い音が響く。レオーネは、思わず息を止めた。


空気そのものが押し固められ、そこだけ何かが重くなったような、妙な圧迫感があった。


イスズの背後に集められた空気が、さらに小さく、さらに強く圧縮されていく。


そして――。


ドンッ!


圧縮された空気が、後方へ一気に噴射された。強烈な風が吹き抜ける。


レオーネが目を瞬かせた、その一瞬の間に――イスズの姿が消えた。


「えっ?」


レオーネが目を見開く。そして、三十メートルほど離れた石の的の前に、いつの間にかイスズが立っていた。


その直後、イスズが先ほどまで立っていた場所から、遅れて強い風が吹き抜ける。地面の土が巻き上げられ、砂埃が辺りに舞った。


「なっ……!」


ストリーガも、トレミーも言葉を失う。



だが、次の瞬間には、イスズの姿が再び消えた。


その背後で空気が圧縮され、ドンッ! という音とともに、イスズの身体が一気に前方へ飛ぶ。


そして、一瞬のうちに三人の目の前へ戻ってきた。


「――っ」


その瞬間、三人の間を強い風が吹き抜けた。


イスズのスカートがひらりと舞い上がり、その下から白く細い足が一瞬だけ覗く。髪も風に煽られて大きく揺れていた。


「……!」


思わず目に入ったものに、レオーネの顔が一瞬で赤くなる。だが、イスズはそんなことには気づかない。


髪を風に乱されたまま、何事もなかったかのように三人へ向き直った。


「どうでしょう?」


ストリーガも、トレミーも、レオーネも、しばらく言葉を失っていた。


やがて、ストリーガが震えるような声で呟く。


「こ、これは……伝説の瞬間移動ですか……?」


イスズは首を横に振った。


「いえ。風の魔法ですね。身体の後ろに空気を集めて圧縮し、それを一気に後方へ噴射します。その反作用で、身体を前方へ飛ばすんです」


「……圧縮……反作用……?」


どちらも、ストリーガには初めて聞く言葉だった。意味どころか、そんな言葉そのものを知らない。


「…………」


ストリーガは黙ったまま、イスズを見つめた。あまりにも簡単なことのように説明するイスズを、三人はただ呆然と見つめていた。


特にストリーガは、目の前で起きたことが信じられないような、それでいて強い驚嘆を浮かべた顔でイスズを見つめている。


「少し原理を覚えて、練習すれば……そうですね。レオーネ様なら、一か月もかからずにできると思いますよ」


ストリーガは、信じられないものを見るような顔をした。


「一か月だと……? 普通の、どんなに簡単な魔法でも、半年から一年はかかるものです。それが、そんな短期間でできるのですか?」


「確約はできませんが、練習すればできると思いますよ」


イスズは、いつもの穏やかな笑みを浮かべて答えた。


そのときだった。


「……イスズ様……あの……髪が…」


トレミーが、少し言いにくそうに声をかけた。


「はい? 髪?」


イスズはきょとんとした顔で首を傾げる。


そして、自分の髪に手を触れた。そこで初めて、自分の髪がひどいことになっていることに気づいた。


強い風をまともに受けたせいで、髪が根元から四方八方へとブワッと広がっている。まるで扇を頭の周囲に何枚も広げたように逆立ち、普段よりも頭が一回りも二回りも大きく見えていた。


「…………」


イスズの顔が、みるみる赤くなる。慌てて髪を押さえ、手櫛で整えながら、イスズは少し恥ずかしそうに苦笑した。


「……あ。これをやると、いろいろと……その、髪とか服が乱れるのが難点ですね」


そう言って、イスズは照れたように笑った。


ストリーガは、そんなイスズを見つめたまま、まだ先ほどの光景に驚嘆したままだった。



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