第37話 武術の授業04
昨日は、イスズがすぐそばにいることを意識しすぎたせいで、レオーネの顔が赤くなり、それを見たイスズたちに熱があるのではないかと心配されて、武術の授業は途中で中断された。
だが、翌朝になると、レオーネはすっかり元気になっていた。
「もう治りましたから、大丈夫です!」
そう言い張るレオーネに、イスズもストリーガも少し困った顔をしていた。昨日は突然顔を赤くしてふらついたため、二人とも本当に体調を崩したのではないかと心配していたのだ。
しかし、診察した医師も「少し興奮しただけでしょう」と見立てており、ほかに異常もなかった。もともと病気だったわけでもないため、今日から授業を再開することになった。
そして今日の授業も、引き続き武術である。イスズはレオーネに向き直ると、穏やかに言った。
「レオーネ様、基本的な心構えについては、昨日お話ししましたね。それから、ストリーガ様の剣の型も、とても有効なものです。ですから、まずはしっかりと覚えてくださいね」
レオーネが頷く。イスズは木剣を下ろすと、少し考えるように首を傾げた。
「私が教えたいのは、剣や槍を使った武術そのものではありません。そこについては、ストリーガ様という秀でた方がいらっしゃいますから。私が教えるのは……考え方、と言えばいいのでしょうか」
イスズは自分の身体を軽く動かしながら説明を続けた。
「いわゆる、体捌きについてです」
「体捌きですか?」
レオーネが首を傾げる。ストリーガとトレミーも、同じようにイスズを見つめていた。
「簡単に言えば、力で相手をねじ伏せるのではなく、自分の身体を安定させ、相手の力を受け止めずに、その力の向きを変えて利用する……という感じでしょうか」
「うーん……よく分かりません」
レオーネが正直に答える。イスズは苦笑した。
「そうですよね……では、実際にやってみましょうね」
イスズはストリーガへ向き直った。
「ストリーガ様、申し訳ありませんが、私の頭を狙って、こう……手刀を振り下ろしていただけませんか?」
「分かりました」
ストリーガは頷いた。イスズはその場に立ち、身体の力を抜く。ストリーガはイスズの正面に立つと、ゆっくりと右腕を振り上げた。
「では、いきます」
ストリーガの腕が、イスズの頭へ向かって振り下ろされる。
その瞬間、イスズは真正面から受け止めようとはしなかった。ほんのわずかに身体を横へずらすと同時に、一歩、ストリーガの懐へ踏み込む。手刀はイスズの頭を外れ、その横を通り過ぎた。
「まずは、相手の攻撃を正面から受けないことです」
そう言いながら、イスズの手がストリーガの前腕へ触れる。強く掴んだわけではない。振り下ろされてくる腕に合わせるように手を添え、その動きをわずかに横へ導く。すると、ストリーガの身体が自然と前へ流れた。
「相手の力を止めるのではなく、向きを変えてあげます」
イスズはそう言いながら、さらに身体を近づける。ストリーガの腕が伸びきるよりも早く、その手首へもう一方の手を添え、そのまま自分の身体の近くへ導いた。
「ここで大切なのは、腕の力で引っ張らないことです」
イスズは腰を落とし、身体の軸を安定させる。そして、そのまま自分の身体をわずかに回した。ストリーガの腕が、その動きにつられるように内側へ導かれる。
「こうして、自分の身体の動きに合わせて、相手の動きも変えていくのです」
「……っ」ストリーガが踏ん張ろうとした。しかし、すでに重心は前へ崩れている。
イスズは、それを無理に押し倒そうとはしなかった。ストリーガの腕を支えたまま、さらに身体を回し、相手が崩れていく方向へ自分の身体を合わせていく。
「力で押さえつけるのではありません。相手が崩れた方向へ、自分の身体ごとついていくのです」
次の瞬間、ストリーガの膝が床についた。そのまま身体が前へ流れ、やがてストリーガはうつ伏せに倒れ込む。
レオーネが目を見開いた。しかし、イスズはまだストリーガの腕を離さなかった。
ストリーガが身体を起こそうとすると、イスズはその動きに合わせて腕の位置をわずかに変え、自分の身体を低くしていく。手首と肘を押さえつけているようには見えないのに、ストリーガの腕は自由に動かせなかった。
すると、ストリーガの腕が自然と伸ばされ、肘の動きまで封じられた。
「無理に動かないほうがいいですよ。関節を痛めてしまいます」
イスズはそう言って、ストリーガの腕を床へ固定した。
力任せに押さえつけているようには見えない。それなのに、ストリーガは身体を起こすことができなかった。
「これが、私の言う体捌きです」
イスズはそう言うと、ストリーガの腕を解放し、ゆっくりと立ち上がった。
「相手より強い力を出す必要はありません。相手の力を受け止めず、かわして、導いて、自分の身体の動きに合わせてもらうのです」
床に伏せていたストリーガが、ゆっくりと身体を起こす。そして、自分の腕を見ながら呟いた。
「……ほとんど力を使っていないのでは?」
イスズは微笑んだ。
「腕の力は、ほとんど使っていません。ですから、身体の大きさや腕力に大きな差があっても使えるのです」
「ストリーガ様、ありがとうございました」
イスズはそう言って、頭を下げた。
ストリーガは、しばらく何も言えなかった。
自分が手刀を振り下ろしたところまでは覚えている。だが、その後、いつ腕を取られ、どうやって身体の重心を崩されたのか。目の前で見ていたはずなのに、その一連の動きを完全には捉えられていなかった。
「……今のは、一体……」
ストリーガは、自分の腕を見つめた。
イスズはそんな彼を見ながら、いつものように穏やかに微笑んでいた。




