第35話 武術の授業02
〈ストリーガ視点〉
確かに、レオーネの動きは先ほどよりも目に見えてよくなった。
ウナ・フェリス流を長年修めてきたストリーガだからこそ、その違いがよく分かった。
ウナ・フェリス流は、攻撃に特化した超攻撃型の流派である。自分の身を守ることよりも、とにかく相手を先に倒すことを重視する。
一瞬で間合いを詰め、相手が攻撃に移るよりも先に、強烈な一撃を叩き込む。そのためなら、自分が多少の傷を負うことすら厭わない。
その思想に基づき、踏み込み、構え、身体の使い方、剣の振り方に至るまで、先制攻撃のための動きが徹底して体系化されている。
実際に戦場へ立つ騎士にとっては、非常に優れた流派だった。
戦場では、一瞬の遅れが命取りになる。ならば、相手より一瞬でも早く踏み込み、相手が動き出す前に斬る。それだけで、生き残れる可能性は大きくなる。
ストリーガ自身も、幼い頃からウナ・フェリス流を修めてきた。だからこそ、長年それだけを学んできたことで、自分の身体が知らず知らずのうちに、その型と思想へ合わせすぎていることにも気づいていた。
だが、レオーネは将来、ただ一人の騎士として戦うだけの人間ではない。いずれは、多くの騎士や兵士を率いる立場になる。
そのことを考えると、今のレオーネには、特定の流派を身につける前に、まず自分の身体を自由に扱えるようになることが必要なのではないか。
そのとき、ストリーガの脳裏に浮かんだのは、先ほど見たイスズの剣だった。
派手な動きではない。だが、構えから踏み込み、剣を振り終えた後まで、身体の動きに無駄がなく、すべてが自然につながっていた。
どこか一部分だけを見れば、特別な技には見えない。だが、一連の動きを通して見ると、剣を振るために身体を無理に合わせているのではなく、身体の動きに剣が自然についてきている。
何より、特定の流派を修めた者に見られるような特徴的な癖がほとんどない。
イスズ自身は正式な剣術を習ったことがないと言っていた。だからこそなのかもしれない。
どこかの流派の型に身体を合わせるのではなく、人間の身体がどう動けば最も自然なのかを考えながら身につけてきたのだろう。
ただ、まだ自分の戦い方すら定まっていないレオーネに、最初から一つの型を与える必要があるのか。そう考えると、今はイスズの剣のほうが適しているように思えた。
まずはイスズの剣を通して、身体の使い方そのものを覚える。そのうえで成長し、自分の戦い方が定まってから、必要な流派や型を身につければいい。
そして、イスズが先ほどレオーネの動きを見ていたことを思い出す。
イスズは剣の形だけを見ていたわけではない。肩の動き、足の位置、身体の軸まで細かく見て、レオーネ自身が無理なく動ける方法を探していた。
長年ウナ・フェリス流を学んできたストリーガとは、そもそも見ているものが違うのだ。
「イスズ殿。もしよろしければ、これから私と一緒に、レオーネ様へ武術をご指導いただけませんか?」
イスズが驚いた顔をする。
「私がストリーガ様と一緒にレオーネ様に武術を教えるのですか?」
「ええ。これまで通り、私も剣術の基本や実戦で必要となる技術を教えます。ただ、それとは別に、イスズ殿にも指導に加わっていただきたいのです」
「身体の使い方……ですか?」
ストリーガはレオーネを見る。
「私の習ったウナ・フェリス流は、戦場で一人の騎士として戦うには非常に優れた流派です。しかし、レオーネ様には、将来、多くの者を率いる立場になっていただかなければならない」
ストリーガは一度言葉を切った。
「そのためには、今から一つの型に身体を合わせるよりも、まずは自分の身体を自在に扱い、相手を見て動きを変えることを覚えていただいたほうがいいのではないかと思うのです」
そして、再びイスズへ視線を戻す。
「私が型や技術を教え、そのうえでイスズ殿に身体の使い方や動きの癖を見ていただく。それが、レオーネ様には一番良いのではないかと思います」
「ですが、私は正式な剣術の型を知りませんよ?」
イスズが戸惑ったように言う。
ストリーガは苦笑した。
「それは承知しています。だからこそ、です」
「だからこそ……?」
「私はウナ・フェリス流を長年修めてきました。その分、どうしても自分の知る型を基準にしてしまうところがあります」
ストリーガは、先ほどのイスズの動きを思い返した。
「だからこそ、私とは違う視点からレオーネ様を見ていただきたいのです」
イスズは少し驚いたようにストリーガを見る。
「……私に、レオーネ様の武術を教えることができるでしょうか」
イスズは困ったようにレオーネを見る。
ストリーガは静かに答えた。
「少なくとも、私にはできなかった見方を、イスズ殿はされていました。それだけでも、試してみる価値はあると思います」
イスズはしばらく考えたあと、困ったように笑った。
「……分かりました。それでは、私にできる範囲で」
「ありがとうございます」
ストリーガが頭を下げる。
その横で、レオーネが嬉しそうにイスズを見ていた。
「先生も一緒に教えてくれるんですか?」
「はい。私にできることだけですけどね」
イスズが微笑む。
「嬉しいです!」
レオーネが笑った。こうして、レオーネの武術の授業には、イスズも加わることになった。
その日の指導を終えたストリーガは、改めてイスズのことを思い返していた。
今日、実際にレオーネを指導してもらい、改めて確信した。
イスズと自分が、それぞれ違う視点からレオーネを教えていけば、その武術はこれまで以上に大きく伸びていくだろう。
実際、今日のレオーネは終始嬉しそうだった。
ただ、イスズに声を掛けられるたびに、なぜか少しもじもじし、顔まで赤くしていた。
ストリーガは、その様子を思い出して微笑む。きっと、自分の動きが上達していくのが嬉しかったのだろう。
レオーネの身体の変化なら、剣を握る手の角度ひとつからでも見抜くストリーガだったが、こうしたことにはどうにも疎かった。




