第2話 レオーネとの面談
案内された先にいたのは、一人の少年だった。
インプレッサ伯爵家長男、レオーネ・パロ・インプレッサ。
十歳とは思えないほど整った顔立ちをしており、柔らかな金髪に澄んだ薄黄緑の瞳を持っている。けれど、その姿には伯爵家の長男らしい堂々としたところがなかった。
身体は同年代の少年より少し線が細く、椅子に座った姿もどこか小さく見える。イスズが部屋へ入ってくると、少年はちらりと顔を上げたものの、すぐに視線を逸らしてしまった。
こちらの顔をまともに見ようとはせず、膝の上で両手を握りしめている。
イスズが近づくにつれて、少年の肩がわずかに強張った。
「あなたが……次の先生候補なの?」小さな声だった。
「はい。イスズ・エルミオと申します」
少年はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……また、勉強とか魔法とか、見せないといけないの? 今まで来た先生たちも、みんなそうだったから…」
レオーネは少しうんざりしたように顔をしかめる。
「勉強がどれくらいできるのか、剣がどれくらい使えるのか、どんな魔法が使えるのかって……。毎回、同じことを聞かれるんだ」
そう言って、少年はイスズから視線を逸らした。
「それで、最後には決まって言われるんだ。もっと頑張らないと駄目だって」
うつむきがちに座り、こちらと目を合わせようとしない少年の姿。その仕草から感じられるのは、才能の有無ではなく、長い間、自分を誰かと比べられ続けてきた者の疲れだった。
イスズは何も答えず、少年の顔を見つめた。
ここへ来る前、インプレッサ家の家宰からレオーネについて一通りの説明を受けていた。
魔力量は同年代の子どもと比べて少なく、魔法適性も低い。剣術の稽古でも目立った成果はなく、学力についても決して優秀とは言えない――それが、これまでの評価だった。
おそらく、これまでレオーネの前に立った教師たちも、まずは同じように彼の能力を確かめてきたのだろう。
学力を測り、剣術の腕を見て、魔法を使わせる。そして、その結果を並べて、この少年に何ができるのか、何ができないのかを判断する。
けれど、イスズが今見ているのは、周囲からの評価ではなかった。十歳の少年が、自分自身をどう見ているのか。それだけだった。
「一つ、聞いてもよろしいでしょうか。レオーネ様は、本当にご自分には才能がないと思っているのですか?」
少年は困ったように笑った。
「だって……みんな、そう言ったから」
その答えを聞いて、イスズは静かに頷いた。
「そうですか。では、私が確かめます。あなた自身が、自分を諦めてしまう前に」
「……先生が?」
少年が顔を上げる。思いがけない言葉に、目を見開いた。
これまでの教師たちも、きっと同じように考えていたのだろう。才能があるのか、ないのか。教える価値があるのか、ないのか。
けれど、この女性は違った。まだ何も分からないのに、少年自身を見ようとしている。
「イスズ先生……どうして、そんなことが言えるの?」
そう尋ねられ、イスズは少しだけ考えた。そして、自分の胸元にある木製のブローチへそっと触れる。
「私も、昔は同じように言われていたからです。『たいした魔法ではない』と」
九歳のとき、鑑定の儀で告げられた魔法属性は生活魔法だった。
貴族として誇れる力ではない。戦いには向かず、大きなことを成し遂げる魔法でもない。そんな言葉を、何度も聞かされてきた。
けれど、イスズはそれでも学ぶことをやめなかった。
「だから、あなたのことも最初から決めつけません」
「……先生の魔法は何?」
「生活魔法ですよ」
イスズが微笑んで答えると、少年は驚いたように目を見開いた。
「……それだけ?」
「はい。それだけです」
少年はしばらく黙っていた。
生活魔法しか持たない――それは、先ほどまで自分が言われ続けてきた「才能がない」という言葉と、どこか似ている気がした。
けれど、目の前の女性は、それを少しも恥じていなかった。まるで、それが何の問題でもないことのように受け止めている。
イスズは穏やかな声で続けた。
「魔法の価値は、属性や魔力量だけで決まるものではありません。あなたに何ができるのかは、実際にあなた自身を見てみなければ分からないでしょう?」
少年はイスズを見つめたまま、しばらく何も言わなかった。やがて、その表情からほんの少しだけ強張りが消える。
「……僕のこと、本当に見てくれる?」
「はい。先生ですから」イスズは迷わず答えた。
その言葉を聞いた少年は、小さく笑った。
それは、今日初めて見せた笑顔だった。
この日、イスズ・エルミオは、インプレッサ伯爵家長男レオーネの家庭教師となった。
それは、二人にとって長い縁の始まりだった。
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