第18話 牛乳の授業04
そして、昼食をはさんで、午後からはチーズ作りに取りかかった。
午前中からイスズの作業を見守っていた料理長のガーラも、この時ばかりは一歩も離れず、真剣な表情で手元を見つめている。
「では、午後はチーズを作ってみましょう」
イスズがそう言うと、レオーネとソルテラの顔がぱっと明るくなった。
「チーズって、どうやって作るんですか?」
「まずは、牛乳を温めます」
イスズは大きめの鍋に牛乳を注ぎ、ゆっくりとかき混ぜながら火にかける。
「チーズにもいろいろな作り方があります。今日は、数日ほどで食べられる簡単なものを作ってみましょう」
「数日でできるのですか?」
レオーネが驚く。
「ええ。もっと長い時間をかけて作るチーズもありますけど、今日はまず、牛乳がどうやってチーズになるのかを見てみましょう」
やがて牛乳が十分に温まると、イスズは火を弱めた。
「ここに、酸味を加えます」
「酸味?」ソルテラが首を傾げる。
「はい。午前中に作ったヨーグルトにも、酸ができるといいましたよね。牛乳に酸が加わると、牛乳の中にあるものの一部が、ぎゅっと集まりやすくなるんですよ」
イスズは用意しておいた酸味のある液体を少しずつ加え、木べらでゆっくりとかき混ぜていく。
すると、さらさらだった牛乳に、少しずつ白い塊が浮かび始めた。
レオーネが身を乗り出す。「わあ……! 固まってきた!」
ソルテラも目を丸くして鍋を覗き込んだ。「本当だ……」
イスズはしばらく様子を見てから、白い塊を木べらでそっと寄せていく。その周りには、薄い黄色をした液体が残っていた。
「ほら。牛乳が二つに分かれてきました」
「黄色い水……?」
「これは乳清といいます。牛乳の中から、チーズになる部分がまとまって分かれてきたんですよ」
ガーラは黙ったまま、その様子を食い入るように見つめていた。
イスズは白い塊を布の上へ移し、包んで水分を絞っていく。
「こうして水分を抜いていきます。チーズは、牛乳の中にある成分を集めて、水分を減らしていくことで作ることができるんです」
布から水分が落ちていく。やがて、布の中には白く柔らかな塊が残った。
イスズはそれを器へ移し、少量の塩を加えて味を整える。
「これで、今日の作業はほとんど終わりです」
「もう食べられるんですか?」レオーネが期待を込めて尋ねる。
「ええ。これは簡単に作るチーズなので、今日のうちに食べることもできます。ただ、少し置いておけば、また味が変わってきますよ」
「じゃあ、これは本物のチーズなんですね!」
「もちろんです」イスズは笑った。
その様子を見ていたガーラが、ようやく口を開く。
「なるほど……。牛乳から、こうしてチーズができるのですな」
イスズは頷いた。
「ただ、チーズにはいろいろな種類があります。今日作ったもののように、比較的早く食べられるものもあれば、何週間、何か月、ものによっては何年も時間をかけて作るものもあります」
「何年も?」
レオーネが目を丸くする。
「はい。時間をかけて、味や香りを変えていくんです」
イスズは、まだ温かいチーズを見つめた。
「料理というのは、火を使えば終わりではありません。時間を使って、ものを変えることもできるんですよ」
レオーネは、少し不思議そうにチーズを見つめた。
午前中に作ったヨーグルトも、最初はただの牛乳だった。そして今、目の前には牛乳から姿を変えたチーズがある。
同じ牛乳なのに、作り方や時間を変えるだけで、まったく違う食べ物になる。
「面白いな……」レオーネが小さく呟いた。
それを見てイスズが言った。
「今日作ったチーズを、明日からも少しずつ観察してみましょう。時間が経つと、見た目や硬さ、匂いがどう変わるのか。それも、今日の授業の続きです」
イスズは微笑むと、作業台の上に今日作ったものを並べていった。
「では、今日の成果を見てみましょう」
一つ目は、出来立てのバター。
二つ目は、これから一晩かけて変化していくヨーグルト。
三つ目は、これから少しずつ変化していく簡易チーズ。
「バターは今日のうちに食べましたね。ヨーグルトは明日、こちらのチーズは、もう少し待ちましょうね」
「明日にはどうなってるのですか?」
ソルテラが身を乗り出す。
「ヨーグルトは、一晩置くことで牛乳が変化して、とろりと固まっているはずですよ。明日はそれを冷やして、味も確かめてみましょう」
イスズは三つを見渡した。
「では、明日はヨーグルトを。そしてチーズは、数日後にもう一度確認しましょう」
「明日、どうなっているんだろう……」
レオーネの目が輝く。その隣では、ソルテラも興味深そうに、仕込んだヨーグルトとチーズを見比べていた。
「僕も、結果を見てみたいです」
すると、ジャスティまで両手を上げる。
「ジャスティも、みたいでしゅ!」
だが、その言葉に後ろで控えていたビークロスが静かに口を挟んだ。
「申し訳ありませんが、ソルテラ様。今回の見学は今日までです。明日からは、またいつもの授業へ戻っていただきます」
ソルテラの表情が、わずかに曇った。
「でも……明日になったら、どう変わるのか見てみたいです」
「お気持ちは分かります。しかし、明日は予定していた授業がございますので」
「……そう、ですか」
ソルテラは名残惜しそうに、布に包まれたチーズへ視線を向けた。
イスズは口を挟まなかった。
ただ、もう一度見たいという気持ちが、その小さな横顔からはっきりと伝わってくる。
一方、レオーネは作業台の上に並んだヨーグルトとチーズを見ながら、明るく言った。
「じゃあ、僕が明日も見て、ソルテラに教えるよ。どう変わったのか、ちゃんと見ておくから」
ソルテラが顔を上げる。「本当ですか? ありがとうございます!」
イスズは、そんな二人を見て微笑んだ。
「では、レオーネ様。明日、自分の目でしっかり確かめて、ソルテラ様に教えてあげましょうね」
「はい!」レオーネは嬉しそうに頷いた。
そしてイスズは、子供たちへ向き直る。
「今日はここまでです。答えは――明日になれば分かります」
レオーネは、もう一度ヨーグルトとチーズを見た。
明日になれば、何かが変わっている。けれど、どのように変わるのかは、まだ分からない。
だからこそ、自分の目で確かめてみたい。
そんな小さな好奇心を胸に抱きながら、レオーネは翌日の授業を楽しみにしていた。
一方のソルテラもまた、厨房を離れる直前まで、何度もヨーグルトとチーズを振り返っていた。
そして――その「答え」を、自分の目で見たいと強く思っていた。
イスズは何も言わず、その小さな好奇心を見守っていた。
※本作中の授業における説明は、子供たちにも分かりやすいよう、
複雑な仕組みや現象を簡略化して表現している場合があります。




