09. 敵の手中に落ちる
「うわっ」
「わあああ」
たちまち灰色の煙幕が立ち込めて、携帯灯の強い光がぼんやりとする。
ぐいっ!
しかし、煙幕を突き抜けて腕が一本、わたしの左肩に掴みかかってきた。
ふーんっ!
煙玉を投げる直前、いっぱいに吸い込んだ空気をぷーっと体の中で膨らませる想像。すあっとその手を両手どって、わたしは思いっきり騎士を引っぱり、後ろ側へと流し倒した。すれ違いざま、足を払う。
「うげっ」
ずっしゃーん。擦れる音を立てて、そのリオネス騎士は前のめりに突っ伏した。
さっと振り返ってベイトリーシュに駆け寄る、四つん這いになってよろよろ立とうとしていたお姫様の脇に肩を入れる。頭から砂地に刺さっている、エアナの方へと歩かせる。
ブラックアウトは数分で解除されるはずだ。こうなったら仕方ない、ベイトリーシュを操縦席の下に押し込めて飛ぶしか……! とにかく、この場から逃げなければ。
ひいひいと悲痛なあえぎ声をどうにか喉奥に引っ込めて、ベイトリーシュはがくがくと歩いた。大丈夫、六秒もあれば起動して浮上して飛翔して逃げられる……がんばれベイトリーシュ、頑張れわたしの火事場底力!
「カトゥ リーフナ」
エアナの機体にあと一歩、と言う所で上半身がじりっと痺れた。
「きゃっ……」
「え、何これっ」
「カトゥ・リーフナ(束縛)。カトゥ・リーフナン(束縛せよ)……」
紫色に光る太い帯のようなものが、わたしとベイトリーシュの周りをぐるっと取り巻いている。言いようのない不気味なちりちり痛感が、上腕のあたりに刺さって不快だ。不快感はふくらはぎ周辺にも感じる。と、その嫌なびりびり感覚が瞬時に強まった。
「あああっ」
わたしもベイトリーシュも、次の一歩を踏み出せなくなってしまった。どころか、身動きが取れない!
「カトゥ・リーフナン。おとなしくしなさい、お嬢さん方」
ぐ・ぐ・ぐ……! 紫色の拘束光帯が、わたし達二人をぐるんと縛り上げたまま回転する。煙幕の晴れかけた所、げふげふ咳き込んでいる騎士達の中に、紫色に光る杖を持ってまっすぐ立っている女性がいた。反対側の手に持った、おハンカチを口元に当てている。
「カトゥ・リーフナン……。抵抗をやめておとなしく従うのであれば、騎士職務執行妨害罪による現行犯捕縛はしないでおきます。スピード違反におまけしといてあげましょう」
おハンカチを下げて、その女性は淡々と言った。周りにいう男性騎士達と、ほとんど変わらないような長身のお姉さんだった。いや、頭頂の金髪お団子で少々かさ増ししているのかもしれないけど。
しゅッとした黒いコートをびしッと着こなしている、その左腕章を見てわたしは思わず呻いた。わたりがらすの丸紋……リオネス魔術士の印である。帝国の特殊精鋭部隊、祖父がかつて所属していた団体。
「おおう、拘束の魔術! さすがはミス・キンセラ、鮮やかでありますなッ」
隣に建つ角刈り騎士が、やけに嬉しそうに言っている。
「割と基本中の基礎術です、カクルス侯。……確認しますがそちらのお嬢さん、あなたはリリリカ王女のベイトリーシュ殿下ですね?」
紫帯に縛られた中でわたしにひっついたまま、ベイトリーシュは唇をぎゅうっと結んでぶるりと震えた。お姉さんを怯えた眼差しで見据えている。魔術士の女性は小首を傾げた。
「お返事が聞こえませんが? カトゥ・リーフナ、ニオス」
びりーっっっ!
「ひゃあ、うわああああっ」
魔術の拘束のわたし側が、より一層強く刺さってくる。にぶい感電のような痛みに、わたしは思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
「やっ、やややめて下さい! そうです、わたくしベイトリーシュです!」
ベイトリーシュも、悲鳴みたいな声で甲高く叫んだ。
「このウーニャさんはぁっ、たまたま通りがかった方で! 封印が解けてお腹の空き過ぎだったわたくしにー、お弁当を恵んで下すっただけの良い人なんですの! まーっっったく関係ないのですから。どうかどうか放してあげて……。逃がしてあげて下さいましッ」
おろおろと、ベイトリーシュは慌てふためいて女性魔術士にまくし立てた。
「まーったく関係のない人が、あなたの封印を解くのは不可能ですよ。ベイトリーシュ姫」
「じじ自分で起きたんですのよ! わたくし」
「何をどうやったって起きない人々が、よくつく嘘の相ですね、姫。……まあよろしい、あなたの封印はややこしくってわたしも手こずりました。どうやったのだかわかりませんが、むしろ解除の手間を省いてくれたことを感謝するべきなのかもしれません」
ふあっ……! 紫色の帯に引っ張られるようにして、わたしとベイトリーシュは左右に引き離された。けれど拘束の光はぷつりと分裂しただけで、依然わたしを絡め捕えている。一方でベイトリーシュの身体からは、ふいと紫の光が消えてなくなった。
「ちょっと失礼」
騎士二人にあご先で指示をすると、女性魔術士はベイトリーシュの背後へすっと回り込んだ。
「え、ちょっと、何をっ」
二人の騎士は左右からベイトリーシュの腕をつかんだ。魔術士はカーテンをのける具合で、ベイトリーシュの圧巻大容量おさげを払う。ふかふかカーディガンの襟をぐいと引き下げて、うなじの下を露わにした。
「ちょっと! あなた方、本当に失礼ですわよ? やめてっ」
「間違いないですね。カクルス侯も確認して下さい」
「はっ、ミス・キンセラ」
女性魔術士の脇から、角刈り騎士ものぞき込んでいる。
「寄ってたかって、何見とんねん! 変態どもッ」
わたしの叫びは、騎士達にがん無視された。ベイトリーシュはカーディガンの下にも、何かひらひらしたのを着ているらしい。うなじの下から背中の上部分の肌が、魔術士の杖の紫の光に照らされて白っぽく光っていた。そこに黒い何かがくっついているのが、わたしの目に入る。女性魔術士の右手が、さっとカーディガンの襟を持ち上げた。
「都合のいいことに、今は真夜中です。このまま召喚実験に入りましょう」




