08. 強行突破
エアナを進ませた。15km/h……20km/h。
「えっ、……ちょっと、あーのーっ! ははは速いですわぁぁぁ」
「さっきの話ー。ベイトリーシュは、竜を見たーん?」
「えーっ? ななな何を、ってありませんわー!」
エアナは依然としてエコ・サイレントモードだ。静かな機動音、わたしとベイトリーシュの会話も妨げられない。
「そうかー。丘とか小山みたいにようけ大きくて、王宮踏み潰したって聞いとるけどー。やっぱめちゃくちゃ、おっかなかったんやろうねえ」
「いえ、そこまで大きくはありませんでしたわよー? それこそリリリカ王宮の本丸ぐらいでしたの、なんせ宮の内側から壊し破って飛翔したんですからー」
「……見たことないって、言わんかった?」
「しょ、正面切って見たことないって意味でしたのー!」
「そう。ちょっとは、見たんや?」
「……」
「たぶんやけど。これから見るんは、その竜に比べたら全然怖くない級の怖い光景やよ。何とか乗り切るし、……絶対に手ぇ離さんと。落ちんといてな?」
「は、……はい?」
わたしは左手を液晶板の上に伸ばして、標準モードに戻した。ぶおッ。エアナの排気音が、俄然大きくなる。右足でアクセルを踏み込んだ。
25km/h、29km/h、向こうが機体レーダーをつけているなら察知される。40km/h!
「えーっっっ」
ベイトリーシュの悲鳴が後ろに流れていく。50km/h、60km/h、68km/h!
しゅばッと圧迫感が抜け落ちた。上下に分かれていた分岐点に出たのだ、広くなった通路をわたしはどんどん飛ばしてゆく。
「あーっ! 停止しろッ」
ずっと前の方から、図太い叫び声が上がった。一人、二人、……エアナのヘッドライトにちかちか反射する蛍光ベストを着た誰か。
「止まれーッ」
ずいーっ、とその上をわたしのエアナは吹き抜ける。すれ違い様にはっきり見た、蛍光と紺の防水コートを着たリオネス騎士だ! うっわ!
通路の前の方が明るくなる。もうすぐ三叉路の手前で、大きく広場みたいになっていた所に出るはずだが、騎士団がそこへ大型照明でも持って来たのだろうか。
わたしは素早く液晶上にレーダーを開いた。反応はなかったが、わたし同様、騎士達が飛翔機で洞窟内に乗り込んでいないことを願う。交通整理のお巡りさんが徒歩だとしたら、何人いようがスピード違反車両を捕まえることは不可能だ。
「ベイトリーシュ。つかまってて、なあっ!」
「ぶひーん!!」
ベイトリーシュの同意(?)の叫びは、わたしにはよく聞こえなかった。明るい広間部分に向けて、わたしはとにかくエアナを加速させる。検問を強行突破するのに迷ってはあかん! 98km/h、
「そこの飛翔機ーッ」
ずばっと開けた明るい視界の中に、蛍光コートがずらーっと照っていた……が、すぐに過ぎ去る。
がうんがうん、がががうーん! わたしが広場の出口を認めた時、まさかの衝撃音が響いた。
「撃てえーッ」
塩っぱ辛い声ががなり立てているらしい、……リオネスの交通整理警官ってスピード違反にそこまで厳しいの? 空気銃発砲って!
がうん……がうん、がうんがうん!
「きゃあ、あああーっ」
次の瞬間、わたしの胃袋をひっくり返しそうに悲痛な叫びが上がって、いきなりがくりとエアナが軽くなった。
ずんっ! 落ちてしまったらしいベイトリーシュの回収を、とわたしは咄嗟に空中Uターンをしかけたのだが。115km/hでやるもんじゃない、エアナは均衡を失った。ハンドルを切りきれず、飛翔機は頭から砂地に突っ込んでしまったのだ。
ふっ、と一瞬すべてが暗くなる。失神したのかと思ったけれど、気を失っているならそもそもそういう認識はできない。エアナが衝撃でブラックアウトしていた。気を確かに持っている証拠に、わたしは周囲の状況をすばやく理解できている。
「いたぞ!」
「そっちに落ちた!」
リオネス騎士達の持つ携帯灯が近づいてくる。その揺れる灯りに、地面に倒れたベイトリーシュの姿が浮かび上がった。
わたしはエアナの操縦席をとび出し、ベイトリーシュに向かって駆け寄る。たどり着く直前にお姫様がむくっと上体を起こしたから、わたしはほっとした。
優美に長い白スカートがまくれ上がってしまっていたけれど、お姫様はこれまた冗談みたいに優美なお麗糸の、長ーい下ばき?を穿いていたから、わたしは重ねてほっとした。昔の人は用意が良い。
「たてる、大丈夫っ?」
「うううウーニャさんっ」
ふかふかももんがカーディガンの下に肩を入れ、助け起こそうとしたら、でっかい女の子はそのままわたしにがしっとしがみついてきた。
「おおおおお尻がぁぁっ」
泣き声、しりもち着地してしまったのだろうか。砂地ではあるけど、だからといって落下して無事に済むものでもない。命綱の革帯はベイトリーシュの後ろでちぎれていた。たぶん騎士の撃った空気弾が命中したのだ。ひどっ。
「たたた立てないぃぃ」
「立たなくてええから、じっとしとき」
ふかふかおさげの中身に囁いて、わたしはふいっと一人で立った。
「両手を上げて、頭の後ろで組めッ」
いくつかの携帯灯がわたしにまっすぐ、向けられていた。
ほんと眩しい、眼も開けていられないからわたしは顔を伏せる。光でわたしを絡め捕ったリオネス騎士達の足音を数えて、そこからおおよその体格、装備品を推し量る。男性が六人。上背はあるがむきむき固太りの重量系はいない。むしろ軽めだ。そしてコートの下は革鎧の軽装備ばかり、空気銃の外には樹脂製の警棒を持っている。そっち系の金属音は皆無だから、危ない刃物を持っているやつはいなさそう……剣だとか。
「両手を、頭の後ろで組めと言ったんだ!」
「おい待て、言葉が通じてないのかもしれん。遠国人だろうか?」
おおそうか、その手があった! 敵側にもらったアイディアにそって、わたしは上げた顔をしかめ、困惑と不理解を最大限に表現してみせた。左右に向けて、小首を傾げる。
「……後ろにかばっている子は、我々の目標人物ですよ。ただの通りすがりじゃないでしょう」
騎士たちのずっと後ろから、少しだけ高い声が響いた。
「ミス・キンセラ?」
「ただちにその二人を、拘束して下さい」
冷たい女声がそう言った瞬間。わたしはほんの数歩先に迫っていた騎士達に向かって、背中側に隠し握っていた物を思いっきり投げつけた。
ばふーん!




