64. 空軍艦×空母×巨大竜
衝撃は、竜そのものから来たんじゃない。ミス・キンセラの竜を、何かが攻撃した……。それをまともに受けて、竜の周りにどかんと爆発が起こる。その煽りの風圧が、だいぶ上にいるわたし達のところにも及んできたのだ。
「わっ、うわああああっ」
ワイパーの上の安定体勢維持の緊急ハザードボタン……本来は突風対策に取り付けてあるやつを、わたしは右手のひらで叩くように押した。
エアナ機体に開いている、全ての通風孔が瞬時全開になる。強風に逆らうのではなく、抵抗をできるだけなくし流れに任せることで衝撃を和らげる防御システムだ。ここまでの爆風をわたしは空中で体感したことなんかなかったけれど、後ろには竜人ベイトリーシュがいた。たまご竜がわたしの背中側から長い前脚をのばして覆いかぶさり、わたしの上からフロントガラスを支えていた。ぐわんぐわんと左右に大揺れしたけれど、わたし達はもみくちゃに襲い掛かる暴風に耐えた。
引っ込めた頭の前に、液晶板が光っている。エアナのレーダーに、特大サイズの飛翔体反応が出ていることにわたしは気づいた。こっちに向かって移動している。詳しくなくても、この大きさ……間違えるはずはない。
一番すさまじい瞬間が過ぎ去ったあたりで、わたしはベイトリーシュに叫んだ。
「国軍機が来とる!」
「クランドルハ軍の、飛翔機攻撃だったんですの!? 今のは」
そうとしか思えなかった。ボワーズ市警・白飛翔機隊からの位置情報を介して、ついに軍の戦闘機……それも空軍艦級のが来たんじゃないのか。撃ち込んできたのは何なのか、砲弾や爆弾兵器になんて詳しくないから、もちろんわたしにわかるわけないけど、ミス・キンセラの竜の身体周りに霧のような煙がもわもわと漂っている。視界をさえぎるための目くらまし……煙幕弾みたいなものだろうか? わたしも持っている、護身アイテムの巨大版とか。どうにか透けて通った視界の遥か遠方に、黒っぽい入道雲みたいなものが浮いていた。うああ、やっぱり!
次の投擲攻撃が来る前に、何とか竜の側に寄って祖父の魔法を使わなければならない……。
「ベイトリーシュ。このまま煙幕の間を縫って下りて、竜の背中にくっつこう! そこで巻き戻しの呪文つかうしッ」
「え、ええ! けど次の攻撃音が来たら、全力で引き返しますわね!?」
わたしがエアナのモードを通常にし、ベイトリーシュが両側をつかんだままの姿勢で、ぐうっと力を込めた時。
「ぶひッ、言ってる間にまた来ますわッ」
ひゅういーん……と、何かが空を切る微かな音をわたしも聞く。ぎえっ。全速で上昇しかけた時。全く別の方向からも同じような音がした、はぁ?
どおおおんっっ!!
投擲体どうしが、竜の手前の方でぶつかり合った。ふあん!
さっきの爆発ほど衝撃波が大きく伝わってこないのは、だいぶ距離があるからなのか。
『ミス・キンセラあああ――っっっ』
どこからか、知った声が流れてくる。リオネス軍用飛翔機≪ケイズリーン≫の拡声器を通しても、あの角刈り騎士だとすぐにわかった。
ふいーっと竜の左下側を、黒い機体が飛びすさってゆく。竜の背中側で一時宙停止しているわたし達には、気づいていないようだ。いや、単にどうでもよくって無視しているだけかもしれないけど。
『ミス・キンセラー!! クランドルハ軍の攻撃は、≪エドナ≫が対応します。貴女はそのまま殿下を連れて、北方森林ぞいに越境して下さーいっっ』
ずん! ばん! 角刈り騎士の裏返り気味な怒鳴り声に混じって、さっきと同じ小爆発が竜の周りでぼこぼこと起こり始めた。
振り返ると、ベイトリーシュたまご竜のずっと後ろの方に、ぼんやりリオネス空母の黒い影があった。
わたしに見えていると言うことは、ミス・キンセラの言っていた不可視の魔法が切れてしまった、ということだろうか。
もうリオネス騎士たちは、破れかぶれなのだ。明らかに領空侵犯、空母も怪獣の存在も、うちの軍に察知されてしまっている。
くいっ、竜は頭をもたげた。
「あああっ! 炎をもどすつもりですわっ」
「王子様は?! あ、岩の上?」
――でも炎吐くって……どっちに向けて? 前方か。クランドルハ軍艦の方!
『いか――――ん、メアリさあああああん!! エドナ砲撃手、冷却追尾弾ふぁっしゃあああああ』
ぎゅわああん、わんわん!
三つ、四つ、……幾筋かの投擲がリオネス空母から発されたらしい。それは竜の顔の前で集結した!
「すごい、……竜の炎と相殺したっ!」
白く発光する小爆発が竜の顔面で炸裂した。吐きかけていた紫色の炎は口の周りでこまぎれに粉砕されてしまって、立ち消えになる。しかし竜は、ぐりぐりっと頭を振って大きく旋回する。そして……くくっ、また首をもたげた。
どあーんっっっ!!!
今度は止められなかった。紫色の光の濁流がまっすぐリオネス空母に向かっていき、こちらから見て右側の底部分にぶち当たる。
がっくん、と空母は揺れた。けれど反対側の底から突き出た砲台からは、いまだにひゅるひゅると投擲が放たれている。撃ち出されたものは、クランドルハ軍機からの攻撃と相殺して、ミス・キンセラの竜を守っていた。
突如、ミス・キンセラの竜はぶわんと大きく羽ばたく。真上に向かって上昇を始めた!
背中のぎざぎざしたこぶに貼りつくようにして、わたしのエアナとベイトリーシュもどんどん上昇していった……。わたしは左手の袖をまくる。ハンドルに右手をかけたまま、右手で腕環に触れて巻き戻しのとりせつ呪文を唱え始めた。
「ウリス、エヴ、デルシャ、リ・ヴァース!」
もうすっかり憶えてしまったその言葉を、わたしは間違えずに叫んだ。
――ミス・キンセラ。人間に、戻ったって……!
「ウリス、エヴ、デルシャ、リ・ヴァース!」
背中、すぐ後ろに温かいベイトリーシュの熱を感じる。バランス取りはお姫様に任せ、わたしは竜の後頭部をにらみつけながら、終わりの方は叫ぶように言った。
「ウリス、エヴ、デルシャ、リ・ヴァース!」
これでともかく、世界大壊滅はリセットできるはず……!
ぴしっ。上に向かってずんずん飛んでゆく竜の身体の表面に、蜘蛛の糸みたいな紫の光が一瞬はりつめた。
「えっ?」
ベイトリーシュの時、辺り一面に広がって竜の身体を包み込んだあの緑の組み紐文様は……こちらも一瞬あらわれたように見えたのだが、さっと消えうせてしまった。竜はお構いなしに飛んでいる。何か間違ったのだろうか? わたしはもう一巡、祖父の呪文を怒鳴った。
「ウリス、エヴ、デルシャ、リ・ヴァース!」
ぴしっ……。だめだ。再び、竜の身体の表面が紫色に輝いただけ。頭の中が、真っ白になりかける。
「何で、じっちゃんの魔法が効かへんのッ?」
左手首の上で、腕環の石はちゃんと緑色にびかびか光っているのに。
「まほうバッテリー切れとか、そういうオチには見えへんのやけどッ」
「いえ、ウーニャさん! ユーリ様の魔法は発動していますわ、……でも弾かれている!」
「えええっ?」
ベイトリーシュの言う意味を、わたしは一瞬おくれて理解した。
さっきから竜の身体の表面で光っていた紫の光、あれは、ミス・キンセラの防御魔法か何かなのだ。外部から別の魔法をかけられるのを、無効にする壁みたいなもの? と、言うことは……。
「打つ手なし、ってことやんかー!!」




