62. ボワーズ市警・白飛翔機隊VS巨大竜
再びエアナフロイに乗り込んで浮上した。ベイトリーシュはわたしのすぐ後ろ、後部座席の上あたりを飛んでいる。
「ミス・キンセラの竜は、北の方へ向かってますわ」
「うん。実はエアナのレーダーにも出てる」
わたしは液晶板の上で、またたく光を確認していた。時速三十キロ以上で飛行しているものは、大小かかわらずに拾えるのだ。わたし達はそっちに向かって、上昇しつつ進んでいった。70km/hにまで加速したところで、あっさり巨大な影が視界に入ってくる。
「いたっ」
「追いつきましたわね!」
八月の青い空は抜けるように澄んでいる。黒い雲みたいな竜の姿は、遠目にもわかりやすい。
わたし達は、グレンの町から続く山連の上空に来ていた。ミス・キンセラは一応の理性を保っているのだろうか? 空母にかかっていた不可視魔法の領域を出ても、人目につきにくいよう都市部を避けて飛行を続け、リオネスへ帰還するつもりなのか。確かにこの辺は人里もないし、飛翔機が通ることもほとんどない地域だけれど……。そう思った途端、液晶レーダー上に光点滅がどばっとあふれた。
「あれっ?」
「何ですッ」
何だこりゃ、山の上で交通渋滞? ……すーっと胃の辺りが冷える。
「ぎぃあっ、ボワーズ市警の白飛翔機隊……!」
「お、お巡りさんですの?」
不可視の空母はスルーだったが、でっかい竜は市警にしっかり察知されてしまったらしい。ていうか無理だ……。いくら束になったところで、交通整理の白飛翔機が竜を止められるわけはない。リオネス軍用機が軽々とはたかれて、無残に撃墜されていたのをわたしは思い出した。
とりあえず、わたしは速度を落としてさらに上昇した。そうして見ていると、前方の黒い竜にぷつぷつ点がまとわりついていく。白飛翔機は十機くらいの編成だった。
竜は悠然と前進して、見たところあまりスピードは出せないようだった。巨大な翼をくゆらせて、北へ向かっている。この方向だけ見れば、北方大森林地帯を伝ってリオネスの東側辺境へ入るつもりなのだろう――けど。
ボワーズ市警交通隊は、竜と間合いを取って並走しているだけだった。全機、派手に追跡ライトを点滅させているけれど、サイレンは鳴らしていない。謎の巨大生物を刺激しないための配慮だろうか。
『あ~~、そこの怪獣! すみやかに、止まりなさーい』
が・くーっ! わたしはエアナのハンドルに、おでこをぶつけそうになる。
『話が通じるようなら、ただちに路肩に寄せなさーい』
飛翔機専用の拡声器を通して、しょっぱいおじさんの警告が響く。
『主任、やっぱ通じてないのではー?』
『他にどうやって警告しろっちゅうねん。仕方ない、ひたすら並走するっきゃないで~、お前らぁ』
『イエッサー』『ウイームッシュ』『がってん主任』
正直に言っておこう。わたしは感動していた。他国に比べて類を見ない、笑いを尊重する我がクランドルハの国民性。大災害の予兆を前にしても、安定している白飛翔機隊のおじさんお兄さん達に、敬服したくなったのである。
――いや。けれど彼らは、どういう経緯で竜が現れたのかをわかっていない!
リリリカ滅亡の元凶となった災厄が再来したと、気づいてないんじゃないだろうか? 赤く壊れていた彼女の顔を思い出しかけて、わたしはその光景を頭の中から振り払う。
竜と白飛翔機隊からかなり後方、間合いをとってわたしとベイトリーシュはついていった。
『あ~、主任。本部から無線ですー。第九駐屯地から、陸空で師団がこっち向かって発ちました。位置情報把握のため、びったしくっついてろと言うてはります」
『了解ー。獣医のせてくるんかいな? なみの熊用麻酔じゃ効かへんのとちゃうか~?』
熊が束になってもかなわない級だと思うが、やはり実際の竜を見なければ誰もそうは思えないのだろう。
ふあっっ! いきなり竜が前進をとめた。翼を丸めるようにして羽ばたき、宙に立ち泳ぎをしているように見える。
『うおっ、止まったぁ?』
『何や、聞く耳もった怪獣やん。目ん玉青いし、落ち着きよったんか~? さっ! 森へお帰り!!』
『主任、そのネタこれ以上はあきまへーんてー』
『つうか今ここ、すでに森の上空ですやん』
『ごたごた言うとらんと、暴走車両確保の準備。全機散開、フォーメーション・Vやッ』
『イエッサー』『ウイームッシュ』『がってん主任』
白飛翔機は、なめらかな動作でぱぱっと散った。後ろからだと見えにくいが、たぶん竜を中心に円陣になったのだろう。と、竜が尻尾を振り上げた。
「あっ」
尻尾を派手に振りさばいて、白飛翔機を打撃で落とすのか……と思ったが、違った。
長い尻尾の先端、ミス・キンセラの魔術士の杖みたいになっていたあの部分が、紫色の強い光を帯びる。
び、りりりりりッ!
そこから周囲一帯に、紫色の稲妻みたいな閃光が走った。その瞬間、ベイトリーシュがエアナフロイのフロントガラス前にかぶさり、ばさっとつばさを広げる。
「!!!」
わたし達に向かってきた小さな稲妻が、白いつばさにばちんと跳ね返って消える。
「何これ、――あああっ」
ベイトリーシュ越しに前方を見て、わたしは思わず叫んでしまった。白飛翔機隊が……ふいっと動力を失って、次々に落下してゆく!?
オートマ仕様の飛翔機に、エンストは起こらない。けれど物理的ショックと雷電撃によるブラックアウトは、数秒間続く。地面に衝突する前に再起動は間に合わないのが常だ。
ぼす、ぼすぼすっ! しかし白飛翔機隊は全機、パラシュートとエアバッグを派手に放出して、森の中へと落ちて行く。こんもり茂った樹木の中から爆発は起きないから、おじさんお兄さん達は無事とみた。
よかった、愉快なボワーズ市警・白飛翔機隊は、一応無事らしい!




