61. ひとつ解けたもの
「たすけて。たすけてええええ」
耳に入ってきたか細い声に、ぎくりと全身が震えた。
燃えさかる軍用飛翔機からはだいぶ離れたところ、わたし達の手前に裏返しになった臙脂色塗装の機体がある。単にひっくり返っているだけだから騎士達も気が付いていないのか、近くには誰もいない。
しかしその機体の脇に、動いているものがあった。サイドウインドウの中から、人の手が突き出ている! その指は、ぎくしゃくと空をつかむように震えていた。わたしは息を飲み、……そこに駆け寄る。
「今、助けるから! いったん、手ぇ引っ込めてッ」
中を見ないようにして、わたしは割れたウインドウの中に声をかけた。その声が震える。
サイドドアは、甲板にぶつかった衝撃でゆがみまくっていた。外側レバーを押しても、開けることはおろか動かすこともできない。
――あかん。力業で、なんとか開かんやろうか!
片足を逆さま機体にくっつけて、わたしがレバーにかけた両手に力をこめ引っぱろうとした時だ。ふわっと上から、ベイトリーシュが前脚を広げて覆いかぶさる。
がち、がちっ! 手……前脚の先端についたかぎづめを、サイドドアの隙間に箇所に差し込んだ。
「ぶひん!」
がらーん! ゆがんだサイドドアは、竜人の力の前に引っぺがされる。素早く中をのぞき込んだベイトリーシュは、わたしを振り返った。
「中の方もつぶれて、ゆがんでいます! わたくしが押して広げますから、ウーニャさんは中の人を出してあげて!」
言うが早いか、ベイトリーシュは飛翔機内に片脚と肩を入れて、ぐううっと伸び上がった。
上質皮革仕様の座席とエアバッグの中に挟まれていた人物を、わたしはとにかく引っぱり出しかける――ぎいっ、シートベルト!
もみくしゃの中でようやくロックを解除して、肩らしきあたりをずるりと引きずった。出した途端、するっとわたしはこけてしまって、尻もちをつく。
「もう一人いるわ! ウーニャさんっ」
運転席側らしい。そっちに回り込んでもう一度、ベイトリーシュと同じことを繰り返した。引っぱり出したのはマイルドヤンキー系のおじさんだ、気絶しているだけで見たところは怪我はない。
「うわああああん。痛い、いたいのよおおおおお」
ふっと気づいて、わたしは振り返った。引きずり出したままにしていた一人目、青いビジネススーツに明るい茶色の巻き髪……。彼女がわたしに背を向けて、地べたにへたり込んでいる。
「王子様ぁ、どこ行ったのよおお。個人取材のインタビューさせてくれるって、約束したじゃないのよおおお……」
悲痛にわめきながら、彼女はぺたぺた、手のひらを自分の周りの地面にくっつけ始めている。
「あたしの……あたしの、めがね。なんにも見えない、眼鏡どこおおおお」
わたしは彼女が挟まっていた座席のあたりを見た。反転した飛翔機の天井部分だったところ、エアバッグの片隅に眼鏡フレームらしきものが引っかかっているのが見える。それを取って、わたしは彼女の顔を見ないように、脇の方からその手に押しつけた。
「あっ、ああ……ありがと……。たすけてくれて、ありがとう」
手中に入ってきた眼鏡をもそもそとまさぐって、彼女はそれをかける。
「負傷者、負傷者はっ!?」
ちょうどそこに、担架を持ったリオネス騎士達がやって来る。さっと彼女を手で示して、わたしは後ろへ下がった。騎士は彼女を軽々抱き上げて、担架にのせる。そこで初めて、わたしは助けた彼女の顔を見た。
……両眼のところが、一直線に裂けて血まみれだった。その上から眼鏡をかけている、……彼女。
「おい。これって、マーチャス殿下の飛翔機じゃないのかッ?」
運転席の男性に、肩を貸して立たせていた騎士が怒鳴っている。
「ああそうだ。記者のお嬢さんは、シートテーブルに顔面突っ込んだらしいな」
「そうじゃなくて、マーチャス殿下は一体どこにいったんだ!」
「中には誰もいないぞ……って、うわあ! 後部座席が……」
後続して駆けつけた騎士達はうろたえている。反転した飛翔機≪ブリジット≫の後方部分が、ルーフ部分のあたりごっそりとえぐり取られたように大破しているのにわたしは気づいた。
「殿下!」
「マーチャス殿下ぁー!」
わたしはさらに後じさりをした。背中がとすんと軽くぶつかって、振り返ればベイトリーシュがわたしの後ろにいる。もう誰も、わたし達のことなんて気にしてはいない。騎士達が臙脂のブリジット内部に向けて呼びかける中、担架の両端を持った二人が進み始めた。
その中にぐったりと横たわった彼女の姿が見える。黒い髪。つやつやまっすぐ、長いその黒髪が、担架の縁からはみ出して垂れ下がっていた。
誰だろう。
学校にいた、いじめる側女子のどれかだろうか……。その人の担架は運ばれていく。もう判別なんかできやしないところへ。遠い過去へ、わたしに関係ない場所へと。
「……」
動揺を、わたしは飲み込む。深呼吸を一つして、わたしはベイトリーシュを見上げた。
「……あのちゃらい王子様は、ミス・キンセラの竜に持っていかれたんと違うかな?」
こくり。たまご竜はうなづく。
「自業自得、って放っときたいとこやけど。たぶんこの事態、収拾つけられるんはわたし達だけっぽくない?」
「ユーリ様の、巻き戻し魔法ですね!」
「うん。せやね」
わたしはたまご竜を、目の前にある今現在を見つめた。自分たちにできる最善を、尽くそう。




