06. まわり道
六十年前のリリリカ王国は、閉鎖的な独裁国家だったと聞いている。リオネス産飛翔機のプロトタイプ群ですら、ほとんど一般には流通していなかったはずだ。
飛翔機が輸入されていたとしても、たぶん軍用に導入されていただけ。ベイトリーシュみたいな女の子が乗る機会なんて、滅多になかっただろう。ましてやこんな、不良スタイルのへいへい二人乗りだなんて。
わたしは極力揺れないように、封印の置かれていた通廊の突き当り部分から、来た道を戻り始めた。入口からは千八百メートル前後、内部に来ているのである。長い徐行になるはずだった。
――いやでも、徐行中はええねん。問題は外に出て、島からうちへ飛ぶ間……。耐えられるんかな? この子。
ベイトリーシュが両手でつかまっている二本の取っ掛かりは、本来なら後付け第二座席を固定するための物だった(こうしてつけた後部座席に乗る分には、違反にならない)。エアナの下腹部分に収納スペースはあるのだから、万が一の時に備えて予備席を買っておけば良かった。
まあこれまでの人生、後部座席に乗せるような友達その他を持った経験のないわたしなのだから、思いつかなくて当然ではあるけど。島を出た後、初めにたどり着ける町でとにかく予備席を買うっきゃない、と思った時だった。
「――え」
エコ・サイレントモードで起動中を示す液晶板の左隅に、レーダー表示が赤く光った。全画面に展開させると、前方二千四百メートル……ちょうど洞窟の入り口辺りに、飛翔機が八機も迫っている!
――まずい。
その八機を示す光の点滅は、液晶内でふいっと消えた。レーダーは速度30km/h以上で起動している機体しか察知しないから、これはつまりわたし達にとっての最悪な状況を意味する。
八機。数からして、リオネス騎士達だ。彼らが宿営から現場に戻ってきて、機体のエンジンを切ったのだ。このまま行けば、彼らと鉢合わせすることになる。
――どうするかな。
エアナは、上下に分かれていた細長い洞窟の分岐点に来ていた。頭の中の洞窟地図を参照する。下を通る横穴は確か長く伸びていて、島の西側崖に抜け出られるはずだった。あまりに長い迂回路だけど、一応エアナに乗ったままでぎりぎり通れる。そこを通って騎士達をまこう、とわたしは決めた。ゆっくり行けば、向こうの飛翔機にも察知されない。
ふわっと下穴に入った時、ベイトリーシュはさらなる不安を感じ取ったらしい。
「……ウーニャさん?」
方向として逆戻りを始めたのだから、お姫様が不審に思うのは当然だと思った。不安をあおりたくはないけど、わたしは正直に言うことにする。
「リオネスの連中が、洞窟の入り口まで来とるようやし。鉢合わせんよう回り道するけど、心配せんでええよ」
「……はい……」
エアナのヘッドライトが照らす下穴は、上側の穴よりもずっと狭かった。うねるように歪んだ石柱の壁が上下左右から迫って来る。圧迫感に加えての静寂に、押されるような気がしたわたしは、後ろのお姫様としゃべることにした。
「……もう、だいぶん夜遅いんやし。騎士のおっさん達、ゆっくり寝てはったらええのにね」
同年代の女の子とほとんど話さないわたしが、無理やり絞ったさりげない言葉である。意味なんてなかったのだけど、ベイトリーシュはまじめに答えてきた。
「真夜中から二時を狙って、再来したのではないかしら」
「……え?」
エアナの低い振動音だけが流れていたが、その中でもベイトリーシュの言葉ははっきりわたしの耳に届く。
「リリリカ魔術師は、時間帯によって各属性魔法の効果が高低することを、最大限に活用するのです。ユーリ様の封印は、あれは石にまつわるリオネス魔法ですが……。真夜中以降のゆらぎにかこつけて、わたくしの封印を壊すつもりで来たのではないのでしょうか」
「何、それ」
ベイトリーシュは淡々と話したけど、わたしはぎくりと身震いしてしまった。
「リオネスの騎士団に、リリリカの魔術師が混じってる、言うこと?」
と言うか、……魔術師? 魔術士は用語として知っている、リオネス帝国の特殊技術兵だ。似たようなものなのだろうが、他の国にもそういう存在がいたなんて聞いていない。しかも滅びたはずのリリリカの魔術師が、なんで現代のリオネスに加担しているのだろう?
「ウーニャさんは、魔法お使いになるのですか。ユーリ様みたいに?」
「ぜんぜん全然、お使いになれませんのよッ」
くあッと胸の内に湧いた焦燥を隠すために、わたしはベイトリーシュの口調を真似た。捨て身の受け狙いだけど、ベイトリーシュは全く意に介さない様子で続ける。
「さよですか、わたくしもからっきしです。身の周りに関係する事柄だけ、ちょっと知っておりますけど」
「?」
「リオネス騎士の皆さまは、わたくしを支配下に置くことで、≪竜≫を得ようと企んでいるのではないでしょうか」
お姫様の言うことが、理解できなくなってきた。わたしは思わずエアナフロイを宙に一時停止させ、後ろを振り返る。
「ごめん。それ、どういう意味?」
「竜を召喚したのは、リリリカ古魔術の使い手だったんです」




