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竜のつばさの眠り姫  作者: 門戸
第一部 眠り姫、めざめる
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05. とある王国の滅亡

 今から六十年前の話。ちっぽけな王国が一つ滅びた。


 閉鎖的な独裁国家はほっといても自滅して、周辺の国々に円満吸収合併されるはずだったのに。王家の内部では骨肉の相続争いが盛り上がり過ぎて、内紛が起こった。そこに現れたのが――竜。物語の中にしかいないはずの大怪物が出現して、リリリカの国を焦土に変えてしまったのである。


 背に一対の翼を持ち、口から炎をまき散らす、空飛ぶ巨大とかげ。


 怪獣の正体は、わかっていない。リリリカ内紛との関係性も解明されてはいないけれど、人的戦争に自然災害が重なった、という不幸として見るのが一般的だった。そもそも自然災害だったからこそ、リオネス帝国も軍事介入ができたのだし。ただし因果は囁かれていた。竜は混乱のリリリカに、とどめの一撃を加えるべく出現したのだ、と。まさに画竜点睛、竜が自分で滅亡を描きに来た。


 とにかく竜の脅威に対応したのは、大シオルタ湖を挟んだ対岸のリオネス帝国である。精鋭魔術士部隊を含む大軍を送り込んで、どうにかこうにか竜を制圧することができた。どうやったのかは、軍事機密ゆえに一般には知られていない。


 わたしの祖父ユーリ・マクナマラは、その制圧部隊の一員だったのだ。祖父がリオネスにいたことも知らなかったわたしは、腕環とともに≪眠り姫≫封印の経緯を聞かされて、驚くしかなかった。


 他のむきむきいかつい魔術士たちが竜を相手にがんばっている間、焦土と化した首都で祖父はリリリカ王族の生き残りを助ける。


 その≪小っちゃな女の子≫(※祖父談、まま)の行く末を、祖父は心配した。竜の災禍の責任は、もちろん女の子にはない。けれど保護してリオネスに連れ帰れば、世界中から恨まれるだけの人生を送るのではないか。そりゃあないだろう、と不憫に思った祖父は、こっそり女の子を封印した。戦争のほとぼりが冷めるまで、国と家族と財産全てを失くしたリリリカ難民たちが王女の名前を忘れるまで、このさびれた島の洞窟に隠して眠らせておくことにしたのである。


「……って、言われたんやけど。あってる?」


 ベイトリーシュは、わたしの話の締めくくりにうなづいた。もう涙は乾いて、丸い顔を神妙にしている。


「ウーニャさんのおじいさまは、リリリカ滅亡はわたくしのせいではない、と仰いましたが。自分では、わたくし罪人なんだと思っておりますの」


 わたしは首を傾げた。年を聞いたら、ベイトリーシュは十九だと言う。一応、今でも昔でも成人年齢ではあるけれど、この女の子一人に内紛を巻き起こした責任を押しつけられるわけがない。わたしは祖父と同意見だった。


「ですから、自分の咎(とが)の報いは、いつか受けなければと思うのです。……でも」


 それまで両膝の上に載せていた銀の腕環を、ベイトリーシュはすっと右手首にはめた。


「でも、その前に。≪目覚めた後に、精いっぱい生きろ≫と言って下さったユーリ様の言葉に、従いたいと思います」


 柔和平和なつくりの顔をそれこそ精いっぱい引きしめて、女の子はひたむきな決意をしているらしかった。


「ウーニャさん。どうか、わたくしを連れて行って下さい」


 わたしはうなづいて、ベイトリーシュの飲んだ魔法瓶の蓋コップをぎゅうと閉めた。


「そいじゃ行こか。お姫(ひい)さま」


「わたくしのこと、ベイトリーシュって呼んで下さいね」


「いいの?」


「ええ、皆そう呼びます。……呼ばれて、いました」


 彼女をそう呼んでいた人達は……たぶんこの世にもういない。リリリカ王都は住人ごと、そっくりなくなってしまったのだから。たまたま運良く辺境や国外にいて、生き永らえた人がいたとしても。六十年の歳月を越えて、彼らはベイトリーシュのことを憶えているのだろうか。


 わたしは頭をさっと振って、今やるべきことに意識を戻す。封印現場の、この洞窟から脱出しなければいけない。そうして、はたと気づいた。わたしの飛翔機エアナフロイは、定員一名半。大人二人で搭乗できる仕様ではない。


「ベイトリーシュ。この帯を、お腹に通して」


「はい、こうですか?」


「握る力、強いほう?」


「手の方でしたら、そこそこですわね!」


 足でも握れるんかい、と突っ込む余力はなかった。


「でも、どうしてですの?」


 祖父の話を鵜呑みにしていたわたしは、≪眠り姫≫が子どもなのだとばかり思っていた。だから封印を解いた後、操縦席の自分のお腹に抱っこして行こう、と考えていたのである。


 エアナフロイは空飛ぶ原付、女性向け。小さなお子さんのいるお母さんにも大人気。しかし自分よりでっかい、ふわふわかさばる十九歳の女の子を抱えるなんて……無理だ。

 よって不良女子学生がよくやる、非行な飛行様式でいくしかない。


 ふ・あーん……ふあああん!


 排気を起こして、エアナは宙に浮く。ハンドルを握るわたしの真後ろで、ベイトリーシュがぶひぃと息を飲む音が聞こえた。


「あの、ウーニャさん! わたくしもちょっと、ふあーんで不安と言うか!?」


「うん……」


 わたしもだ。


「このー、左右のでっぱりを握る両手をうっかり放してしまいましたら! ベイトリーシュの身体は、するっと落下するのではー?」


「一応その前、帯で宙ぶらりんになると思うねんけど」


 するするする……。エアナは静かに、前に進み始めた。15km/h。


「だから、しっかりつかまっててな」


「ふ・あーん!!」

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