04. ベイトリーシュ姫
幸い、女の子はすぐに目を覚ました。大きな身体をよろよろ、ふらふらさせながら座り直して、わたしに頭を下げる。
大きな身体が、かさばる衣類でさらにふわふわ膨張しているように見えた。妙な形のカーディガンに、ずらーっと長い白のスカート。
「あの本当に、ごめんなさい……。お髪が短いし、しゅっとされたお召し物なので、そのう……。男の子とばっかり。動転してしまって」
けれど背中を丸めてしょんぼり謝ってくる態度は、だいぶ普通の人間らしかった。
「ええんよ。小さい頃から、よう間違われとるし」
リオネス騎士団員の誰かが駆けつけてくるとも思えなかったけど、封印のあった現場に居続けるのはどうだろう。不用心すぎると感じたから、わたしは女の子を連れ、砕かれた石の山の裏側にまわる。
ふらふらして立って歩くのもしんどそうな女の子は、エアナフロイの横腹にもたれてへたり込んだ。軽い脱水症状なのかもしれない。まあ六十年も寝ていれば、自然そうなる。
エアナの後部トランクには、うちを出る前に引っ掴んできた色々を入れてあった。携帯ガスこんろの火にあたり、魔法瓶のお茶を二杯、ふすまパンにビスケットにりんご……と口に入れて、ようやく女の子は落ち着いた様子を見せ始めた。
「たいへん結構でございました。ごちそう様です」
「おそまつ様……」
食べるペースはやたら速かったけど、所作と物言いがみやびな子である。
「わたくし、ベイトリーシュと申しますの。あなた様は?」
「ウーニャ」
「ウーニャさんは、どうしてここに?」
何をどう話したらいいのか、わたしはよくわからないでいる。見せた方が早いかな、と思って飛翔スーツの袖をまくった。
「あ、……それじゃあユーリ様のご関係者なのですね! ……ですよね、それはそうですよね……」
ベイトリーシュは腕環を見た瞬間、はっとした表情になった。けれど後に続く言葉が、明らかに動揺している。
「あの。わたくし、その……。ユーリ様ご自身がお迎えに来て下さると……その、希望しておりましたもので。やはりお仕事、お忙しいのでしょうか? お元気でいらっしゃる?」
人の好さそうな丸顔の中で、青い瞳が不安にゆらゆら揺れていた。
「ユーリ・マクナマラは、七年前に亡うなったんよ」
ベイトリーシュは、唇を薄く開けた。
「これ、元々はあなたのやったんよね? お姫様」
わたしは左手首から腕環をとって、目の前の彼女に差し出す。
「自分に代わって、リリリカ王女ベイトリーシュの封印を守れ、と。そう祖父に言われて、わたしはここに来てんか」
「そ……祖父って」
ベイトリーシュは衝撃を受けたらしかった。腕環を持った両手先が震えている。
「祖父……おじいさま? それじゃあなたは、ユーリ様の……お孫さんなのですか?」
問うてくる声にも震えが混じって、かすれていた。わたしはうなづく。
「今……。暦は、いつなんですの?」
わたしの答えを聞いて、ベイトリーシュはがっくりとうなだれた。
「六十年間も、眠っていたなんて」
顔を覆う両手の指の隙間から、呻くような声が漏れる。
「……待っても数年かそこいらで来て下さると、信じていましたのに……」
独り言として、王女は呟いたのだと思う。けれどその一言が、……ぐさッとわたしの胸に刺さった。
――どないすんねーん! じっちゃん! この子はじっちゃんに、起こして欲しかったんやーん!?
「ええと、ね。よう聞いてな、お姫さま? ……その、えらい辛いと思うねんけど」
わたしはもそもそと話し始めた。同年代の女の子、しかもこんな……ふりふりきらきらした子との話し方なんて、本当にわからない。
「ここの場所な、リオネス騎士団にばれてるんよ。お姫さまの封印がやつらに解かれかけたから、その前にわたしが解除した」
両手を顔から離して、ベイトリーシュはまっすぐわたしの顔を見た。案の定、彼女は泣いていた――。けど次の瞬間、さかさかポケットからハンカチを取り出して、悲しみにまみれた目もと頬ぺたを拭いている。
「はい。……それで?」
「今は夜で、たぶん連中は明日の朝、この洞窟内に帰ってくる。その前にわたしと、安全なとこへ逃げよ?」
ベイトリーシュは眉間にしわを寄せて、わたしをじいっと見つめている。
「どうして彼らが、わたくしの封印を解きにかかったのか。ウーニャさんはその辺の事情をご存じですか?」
「だいたいはね。じっちゃんから、あなたはリリリカ王族の最後の一人だって聞いている。無実なのに、あの国を滅亡させた諸悪の根源って濡れ衣を着せられてるから、見つかったらつるし上げられるだろうって」
ベイトリーシュは唇を噛んで、悲しげにうなづいた。
「おじいさまから聞いたお話を、聞かせて下さいますか?」




