03. 眠り姫の封印を解く
暗闇に目が慣れ始めた。ヘッドライトにぼんやり照らされた、洞窟内の様子がわかってくる。わたしのエアナフロイなら四機が横に並べるくらい、ずいぶん幅広な洞窟だ。
六角形の石柱がどこもかしこも覆い尽くしていて、天井の辺りは暗闇に終わっている。だいぶ高さもありそうだった。
長細い通路の床部分には砂と干からびた海藻が溜まって、潮っぽいにおいが湿った空気の中に充満している。そういう中に、リオネス騎士達の運び込んだ機材らしきものがぽつぽつ見受けられた。木箱の大きさからして測量器具や軍用テント、その中に設置する簡易家具の類だろう。ぎりぎりすれすれの好タイミングで来れた、と思った。
祖父の形見の腕環が緑に光って、異変を知らせたのは今日の昼。そこからエアナフロイを飛ばし、途中で二回給油しながらこの島にたどり着くまで半日かかったのだ。
リオネス騎士団は昼にここに来たのだろうけど、運び込んだ機材を置くだけ置いて、どこかへ行ってしまったらしい。明日の朝から本格的に調査を始めるつもりなのだろう。それならわたしは今夜中に、祖父の遺した封印をこっそり解いて消えればいいだけの話だ。そんなにきついミッションじゃないね。
エアナの速度をちょっとだけ上げて、でもやっぱりそろそろと、わたしは暗い通路を進んでゆく。
ぽっかり空いた広間のようなスペースの先が、三叉路の分岐点になっている。祖父が≪宝の地図≫を残してくれていたし、以前に何度か来てもいるから、わたしは迷わない。右。エアナ二機分に狭まった通路は、次に上下にゆがんだ。上。そこをだいぶ長いこと進んだ。……突き当たる。
「え、……あれ」
ちょっと目を疑う。空中に一時停止、エアナのヘッドライトをハイビームにする。錯覚じゃなかった。突き当りだったはずの部分が……。
――どんだけ派手に、ぶっ壊したん……!
柱状節理の管々に取り巻かれていた核を目指して、リオネス騎士達は集中砲火を浴びせたらしかった。とある一画を残して、六角形の石の柱はばらばらに砕かれている。
「て言うか。どうゆう重機、持ってきたん? ここまでの途中、狭いのに……」
かろうじて残った部分は、逆向きに生えた鍾乳石みたいだ。ずんぐりしていて、こういうのを何て呼ぶのだっけ。巨立石? はぎ取られた石の柱達の破片がごろごろ採石場みたいに広がる中、緑色にぼんやり光る石柱が寄り添って立ち、その内側に宝物を死守している。
盗掘者達は、この封印の正確な場所を突き止めた。周りの石柱を全て壊して、祖父の施した魔法封印の石柱をむき出しにはしたものの、さすがにここからは手を出せなかったと見える。いや、単に時間切れとか? お腹が空いて、本日打ち切りにしただけかもしれないけど。
とにかく封印がここまで露出しているのだ。祖父本人でなくても、偉い魔術士が手を下せば、核は取り出されてしまう。わたしはやるしかない。
緑色に光る石の柱達、その表面に左手首をあてた。ふーッ! 途端、石柱の緑の輝きが強くなる。腕環の貴石に反応していると言うことか。わたしが祖父に託された腕環は、≪鍵≫だった。
ほろ、ほろほろほろ……。緑色の石柱は静かな音をたてて崩れていく。砂粒ではなく、光の粒として。
やがてわたしの前に、垂直に立った≪棺≫が現れた。上と下とがきゅっと尖ってつぼまった、紡錘みたいな棺は、銀色に鈍く輝いている。その表面は、腕環と同じく編み絡まる組み紐のような文様で覆われているのがわかった。
わたしは直立する棺の周りを、一巡りしてみた。けれど蓋のようなものは何もない。祖父は開ければいいと言ったが、……さてどうしたらいい?
「うーん」
石柱の封印と同じでいいのだろうか。わたしは銀の棺の表面に、左手首の腕環をあててみた。すると棺は、鈍い輝きをぐうっと増す。表面の組み紐文様が眩しいほどの白っぽい光を放っていって、その編み目は解けていった。
ふわっ! 光るいばらの垣の中心に、ちらちら光る何かがいるのに気づく。
一瞬、金の頭衣でも被っているのかと思えたけど、そうじゃない。きらきら輝く金の髪、大容量かつ長ーい髪を身体の左右に分け流した、……でっかい女の子が立っている!
わたしは、ほがっと口を開けた。けれど次の瞬間、倒れかけるその子の身体を右側からがしっと受け止めた。彼女の身体をくるみ支えていた銀色のいばら垣は、緑の石柱と同様に光の粒々になって消えてしまったから。
「えっと、ちょっと……大丈夫ー?」
お、重いっ! そりゃそうだ。鍛えて体力に自信はあるけど、わたしよりだいぶでっかい女の子なのだから!
たまらずわたしはその子を、ゆるゆる頽れるに任せて地べたに座らせた。意識はあるのだろうか。
わたしは彼女の左脇の下から右肩を入れて支えているのだけど、ふかふか濁流みたいな髪の毛と、これまたふわふわした彼女の衣類、毛深さばっかり感じられる。いや、その奥の身体はちゃんと温かいのかな?
「むー……ん……ぶひ?」
低い声で、女の子は呻いたらしい。もしゃもしゃ髪の中、顔の辺りが動いた。視界を遮るそのふわふわをわたしが手で押しのけると、女の子と目が合った。
ものすごい寝ぼけ顔……が、エアナのヘッドライトに浮かび上がる。
くあっ! と次の瞬間、女の子は目を見開いた。
「ななな なーに、見てるんですのー! あなたぁーっ」
きーんと絶叫! 彼女はとび上がりかけて、ずるっとこけて、どすんと後ろにひっくり返った。
「きゅう」
冗談みたいな断末魔(?)を立てて、でっかい女の子は地べたにのびた。わたしは愕然とする。他に何ができる?
祖父は、小っちゃなかわいいお姫さま、と言ってなかったか。わたしはそれを信じて鵜吞みにしていた。七つか八つか、そこらへんの少女と思って気楽に構えていたと言うのに。
そんなに小柄でもないわたし自身より、だいぶ大きい……つまり相当に上背がある。しかも何てことだろう、……わたしと同年代の女の子ではないか!
「聞いてないわー」
思わず、低い恨み言が口をついて出る。




