59. 巨大竜の再々降臨
「竜の力が完全にわたしのものになった、と証明してみましょう。さあ諸侯、ハッチを開放してください」
言い放って、竜人ミス・キンセラは黒い翼をふわりとはためかせた……宙に浮く。
騎士の一人が奥側の隅にあった大きなハンドルを引く。空中に向かって開かれたのは、車両が楽々通れるほどの大きなハッチだった。風が吹き込む中、ミス・キンセラはすうーいと宙を移動し、そこを静かにくぐって行ってしまう。
「えーと、……ベイトリーシュ。わたし達も行こう」
「え、ええ」
けれど竜人サイズのベイトリーシュでは、さっき乗った機内エレベーターにつっかえる。周りのリオネス騎士達は機材の箱を抱えたり、移動させたりしてばたばたしていた。もう誰も、わたし達に構ってはいないようだ。と言うわけでわたし達は、ミス・キンセラに続くことにした。ベイトリーシュがわたしを両腕で抱えて、ふわりと飛ぶ。ハッチから外側の空中に出……そして甲板の上に浮いた。
黒い身体に紫色の光をまとわりつかせたミス・キンセラ、その周りにはやはり騎士達が群れている。エレベーターで移動して来たらしい騎士達に加えて、空母機内にいる人達全員が集まっているのかもしれない。その輪から少し離れて、ベイトリーシュは甲板の上にそうっと降り立った。
「……どうなってるんやと思う?」
「全然わからないんですの。わたくしの方は今までと変わりませんし、たぶん人間にも戻れると思います」
「そっか!」
「けれどあの方、ミス・キンセラは……」
白いつばさでわたしをくるんだまま、ベイトリーシュは囁き返す。そこからわたし達ふたりは、黒い竜人ミス・キンセラを見やった。
「それでは、第二竜体に移行しようと思います」
そこだけ人間っぽい仕草で、ミス・キンセラは右前脚……右手の先で杖を握りしめたらしい。杖の先端から、あの紫色の光が再びもわり、と煙のように湧き上がる。
「――アンゲルグルスワ アンゲルグルスワ ゲルオルスイレメン モルル!」
く・あーっっっ!
青空の下、陽光よりもさらにまばゆい紫の光があたり一帯にあふれた。大きな波のようにかぶさってきたその光に、誰もが……私とベイトリーシュも、手や腕や前脚をかざす。
それが過ぎ去る一瞬の後、わたしとベイトリーシュは顔を見合わせた。何だか、やたら暗くないだろうか? やがてそれも道理、と気づく。
空母の真上に、雲みたいなでっかい竜が浮いて、陽光をふさいでいるのだから。既視感、……ああ今日二回目だ。
「あっ……ああああ!」
甲高くベイトリーシュが叫んだ。
うわー、ひゃあ……。甲板上のあちこちで、驚きの声が上がっている。見上げるわたし達の視界いっぱいに、竜のお腹が広がっていた。そこから、ぬうんと突き出た巨木みたいな足四本がぶら下がっている。
あの渦巻き文様の浮く皮膜状の翼を広げて、悠然とくゆらせるように竜は羽ばたいていた。長いながい首の先にある頭は見えない、ごつごつした首の裏側がわかるだけだ。
ベイトリーシュが変身した時、わたしはこの角度から竜を見ていなかった。だからあの時と同じなのかは――まだわからない。わからないけど、同じだった場合に備えて、わたしはびびり始めていた。
「ウーニャさん。見て! あの、尻尾の先っ」
「え?」
「ミス・キンセラの杖と、同じじゃございません?」
言われて、はるか後方で揺れている竜のしっぽ先端を見れば……。本当だ! 女性魔術士の持っていた杖と、意匠がまったく同じになっている。あの杖がそのまま、しなやかな尻尾に変わって、ミス・キンセラの竜に同化してしまったように見えた。
『ご覧ください。皆さん』
それは何だか、グレンのお知らせ町内放送みたいな声だった。高齢者が迷って行方不明になった時にかかる、あれ。かすれるような、けれどはっきりミス・キンセラとわかる声が、空から降ってきたのである。
『この状態においても、わたしはメアリ・キンセラとしての自我を保っています。いま≪竜の呪い≫を、完全に会得いたしました』
おおおおー! 騎士達の野太い歓声、拍手が湧く。
「メアリー! やったねえー!」
ひときわ通る声が、そこで上がった。
途端、甲板上の騎士達は口をつぐんで、声のした方を向いた。それは空中、飛翔機からだった……。めちゃくちゃいけてる最新モデル、レイダイレン社製の臙脂色≪ブリジット≫が、竜の頭の近くに浮いている。よく見れば例の王子様が、ルーフから身を乗り出していた。
「さすが、僕のメアリ先生だ! ほんとに君って、最高だね!」
『おそれいります、殿下』
竜は殊勝に会話している。
「なんてこった。人類の作り出した、最強最悪の災いのもとを、ものにしちゃったんだ! そういう君のこと、世界中に見せびらかしてさあ……リオネスの、いいや! このマーチャスの誇りなんだって、言って回りたいくらいさ!」
ぐおん・ぶおん……竜はくぐもったような音をたてた。苦笑?
『いけませんよ、殿下。このまま静かに空母と並飛行して、リオネスへ帰還するのですからね』
「ええー。いいじゃないか、別に姿を現したって! どうせこの国も、僕んちに併合することになるんだし……」
がううううっ! ミス・キンセラが獣じみたうなり声を上げたが、王子様の失言はしっかり甲板上のわたし達、及び騎士達の耳に届いてしまっていた。
「……併合、言うた? 今」
「ええ」
ベイトリーシュの声も、硬くなる。
『殿下。これまでも散々申し上げてきましたように、わたしは以降リオネス軍事戦略の抑止力となるのですよ。みだりに姿を諸国上にさらし、いらぬ抗争の火種をまくような言動は――』
「メアリは、僕の騎士だろう?」
うららか無邪気だった王子様の声が、妙にとがった。
「何の後ろ盾もないへぼ皇子だった僕を、家庭教師だった君がここまでにしてくれたんじゃないか。そういう君を僕は信じているんだ、世界でたった一人の僕の味方なんだから!」
竜は首をかしげて、恐ろしい頭を飛翔機≪ブリジット≫に向けている。
「他でもない、たった一人の僕の騎士である君と! この世界にざまぁ見ろ、って言ってやりたいんだよ。とことんからかわれてきた底辺皇子が、超絶強力な魔法の武力を手に入れて帝位につく! 素敵すぎるあらすじじゃないかい!?」




