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竜のつばさの眠り姫  作者: 門戸
第三部 眠り姫はつばさを広げる
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57. リユースの精神です

「白い」


「白いぞ?」


 騎士達の呟き囁きが、さざめきのように聞こえてきた。


 皆驚いているらしい。わたしにはもう見慣れた姿のたまご竜だが、反対側の魔法陣に立つミス・キンセラも、その背後で鏡を持つ騎士達も、全員微妙な顔をして小首を傾げているようだ。


 ベイトリーシュは身体の色こそ変えたものの、やっぱり胸部の辺りで前脚を組んで、……耐えている様子だった。目を閉じ、蛇のような頭を下にうつむけている。


「はやく……。早(は)よ、終わって……!」


 願望が、ついわたしの口をついて出てしまった。誰にも聞こえないような小さな呟きだったけれど、横脇の方から誰かが……騎士の一人が、あたかも答えるように言う。


「まだだ。……しかし≪呪い≫が紫煙化したと言うのに」


「ああ。なぜ姫は、人間に戻らないでいる?」


 さっと横を見ると、二人の騎士が分厚い帳面をのぞきこんでいる。


「まだ、抽出に時間がかかるんじゃないのか?」


「いいや、見てみろ。紫煙はすでに姫の頭上にかたまって、雲を作ったじゃないか。これはもう、≪呪い≫が媒体を離れた証拠じゃないのか? 後はミス・キンセラが吸収(・・)するだけで――」


 ――吸収(・・)??


 騎士達の囁き声、その最後の部分にわたしは引っかかった。再びベイトリーシュと、ミス・キンセラの方に注意を戻す。


「ドランギエンシュ エヴ コールディア」


 女性魔術士は、低く力強い詠唱を続けていた。ベイトリーシュの身体からは今や紫色の輝きはすっかり抜け落ちて、わたしと山頂散歩をした時と同様、いや……それ以上に真っ白く輝いている。


 そしてその頭上で、紫色の雲はもくもくと蠢いていた。ふわ、とそれが動き始める。ふわふわ、そろそろ、もくもく……紫の雲は、ミス・キンセラの方へと流れるように移動してゆく。


 ――もしかして。この紫色のもやもやが、≪竜の呪い≫……?


「ドーリャ・ガン」


 小さな雲はミス・キンセラの詠唱にあわせて、どくどくと脈打つような動きを見せながら、細い筋になってたなびいていった。それが……ミス・キンセラを、くるくるっと取り巻いてしまう。えっ?


「ドーリャ・ガン!」


 ミス・キンセラの長細い全身が、杖ごと紫の煙に包まれてしまった。除去って……取り出したものに囲まれちゃったら、ものすごく危険なんじゃないのか!?


「あなた! いったい、何をしているのーっっっ?」


 女の子の甲高い悲鳴が響いた。魔法陣の中から、ベイトリーシュが叫んだのだ! それで、ミス・キンセラの詠唱だけが支配していた空間、そこにいるわたしと騎士一同は、ふあっと我に返ったのだと思う。


「やめて、やめて今すぐ! そんなこと(・・・・・)をしたら、あなたが――」


 のしのしっ、……一歩二歩、正面にいるミス・キンセラに向かって魔法陣から歩み出たたまご竜は、そこでびくりと立ち止まる。


 紫に輝く雲が、いきなり立ち消えたのだ。わたしの目には、ミス・キンセラのしゅッと長細い身体の中に入り込んで(・・・・・)消えたように見えた。


「完了」


 冷静なる平らかな調子で、ミス・キンセラは言った。


「……のはず、なのですが。ベイトリーシュ姫、どうしていまだにその姿なのです?」


 すぐ目の前に迫った白いたまご竜のベイトリーシュを見上げて、ミス・キンセラは少しだけ首を傾げた。


「えっ」


「リリリカの魔女があなたに施した≪竜の呪い≫は、確かに全部取り去ったはずなのに。どうして竜の第一段階であり続けるのです?」


「……」


 言葉に詰まってしまった竜人ベイトリーシュに代わり、わたしはどうしても口を挟まずにいられなくなった。


「それは、こっちが聞きたいんですけど。もしかして、何かの取りこぼしがあった、って言うことはないんですか?」


「いいえ、それはあり得ませんよ。≪竜の呪い≫は今、わたしという媒体に完全に移ったのですから」


 ひょい、とわたしの方を振り向いて答えたミス・キンセラは、何気ない動作で眼帯をむしり取った。その下から出てきた目が紫色にきらっと光る。


 わたしは驚いて彼女を見つめた。眼帯のあった所、その周りには赤黒い傷跡が苔みたいに這っていたのだが……それもまた紫色に輝いている。


「これはすごい、視力が完全に回復している。なんという強力な副作用だ……。諸侯、記録を願いますよ」


「は、はい。ミス・キンセラ」


 事務的に言葉を紡ぐミス・キンセラの背中で、何か別のものが蠢いたように思えて、わたしはそこを凝視する。と、騎士達が支えている姿見のひとつに、ミス・キンセラの背中がばっちり映っているのに気が付いた。


 カッターシャツの白い背中、そこにぐるりと渦巻く文様が透けている。わたしはぎょっとした。シャツの生地を通して、紫がかったあの黒いつばさの文様、ベイトリーシュの背にくっついていたのと同じものが輝いている!


「……ミス・キンセラ! 除去っていうのは、まさか……」


 ベイトリーシュから≪竜の呪い≫を取り上げて、自分のものにするという魂胆だったのか!


「不要な方から、それを必要とする者へ。無駄をなくすべき現代社会において、一番大切なことだと思いますが?」


 ず・ばーっっ!


 やっぱり平らかに言うミス・キンセラの背中。白いシャツを割って、暗黒の翼が宙に伸びた。



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