54. 飛翔空母機≪エドナ≫へ
「……≪竜の呪い≫を除去することが可能というのなら。わたくし、挑んでみとうございます」
女性魔術士を見据えてベイトリーシュは言った。
ふかふかしたお姫様ではあるけれど、上背で女性魔術士にひけを取らない。背筋をのばしたレトロ農業女子は、きりっとした威厳をまとって、黒づくめの軍人女性に対峙していた。
「けれど、ミス・キンセラ。あなたの持ちかけるお話が本当で、その後ろに何か別のからくりがないのだと、どうやって証明するのですか? ただ信じろと言われて、信じるわけには参りませんわ!」
「当然そう思われるでしょうね、姫。……今、こちらお宅の上空にある我々の飛翔空母機≪エドナ≫ですが」
顔を上げ、手にした杖でひょいと示すようにして、ミス・キンセラは言った。
「半径七百メートルほどに入らないと、肉眼でもレーダーでも察知できない≪不可視≫の戦略援護魔術をかけてあるのです」
「なぬッ!? うちら以外の町の人には、見えてへんちゅうことかいッ」
伯母がぎくりとして、もも色夏用作業着と農家婦人御用達ボンネット帽を震わせた。
「呪いの除去に必要な魔法陣を、すでに機内に用意してあります。さほど長くはかからないと思いますが……。今すぐ我々に同行していただくとして、日没までにベイトリーシュ姫が戻らない場合、あるいは姫の戻らないうちに我々が移動を始めた場合は、ただちに地元当局へ通報していただいて構いません」
「……」
それはつまり、クランドルハに領域侵犯をしている自分たち自身を、人質に差し出すようなものだろうか。
「姿を隠してとんずらするものを、どないして通報すんねん!」
「少なくとも、領空侵犯の可能性ありとして国際問題に発展します。レティシア・マーゴさん、あなたの作品はリオネス国内でも流通しているのですよ? 著名作家の権威ある発言を、ボワーズ市警が妄言扱いして却下するとは、わたしとしても信じられないですね」
「ぐうっ」
伯母は言葉に詰まっていた。何と……。リオネス学術騎士団は、伯母の素性すら把握していたのか!
「……と。こうして、我々の行動から起こりうる最大のリスクを皆さんの手中に預けることが、誠意の証明になりませんか?」
わたしは溜息をついた……いや、深呼吸。
「それじゃ、わたしがエアナフロイでベイトリーシュと一緒に行く」
ミス・キンセラは小首をかしげる。
「ええ、どうぞ。そうですね……それなら姫のお帰りの際も、スムーズですね。こちらとしても、お送りする手間が省けます」
用が済んだら、空母から落っことして行くつもりやったんやないやろうな! わたしは胸の中でだけ、突っ込んでいた。
わたしは納屋からエアナフロイを引き出して、ベイトリーシュを後部座席に乗せる。
「大丈夫やよ。こうすれば、話が違ってやばくなった時にも、ひょいっと逃げやすいから」
「ええ!」
ベイトリーシュと囁き合う。こうしてわたし達は、ミス・キンセラと角刈り騎士の乗ってきた飛翔機の後に続いて、ふわんと離陸・上昇する。
伯母は悲壮なる面持ちにて、地上からずっとわたし達に手を振っていた。
地上約五十メートルのところまで旋回徐行をする。巨大な飛翔機の底部分を越して、空母の甲板部分に到った。わたし達に先んじて、ミス・キンセラの飛翔機含め三機が次々と着地してゆくが、ばかでかいデッキの上には他にも同型飛翔機が停まっていた。それでもあまりある広大さである。
蛍光ベストの目立つリオネス騎士が、さらにびかびか目立つ誘導棒を振るのに従って、わたしは先行三機の脇にエアナフロイを着地させた。そこに降りたわたし達の周りを、リオネス騎士達が取り囲む。
「さあ、行きましょう。用意は機内にしてあります」
ミス・キンセラが静かに言って歩き始め、わたしはベイトリーシュにうなづいてから女性魔術士に続こうとした。その時だ。
やや離れて騎士達の背後から、にいっと笑いかけてきた顔がある。びりりっと身体の中に電撃が走り、わたしは凝固しかけた。
――彼女だ。
ベイトリーシュが、すっとわたしの右手を握ってきた。その手のひらが、……震えているベイトリーシュの手が、わたしをわたしでいさせる。お姫様にはわかったらしい。わかってわたしの動揺を、力の限り支えようとしている……。自分だって、がちがち震えるくらいに怖がっているのに。
そういうベイトリーシュを、守ると決めたんじゃないか。わたしは。
お腹にぐうっと力を込めて、わたしは彼女の眼鏡の奥にある双眸を見返した。彼女はふいっと振り返り、歩き出す。何人かの騎士達にまぎれて、明るい茶髪はすぐに見えなくなった。
――そうか。彼女がベイトリーシュのことを、こいつらリオネス騎士団にもらしたんか……!
こんな辺鄙な所に隠れ住むように暮らしているわたし達のことを、リオネス騎士団に嗅ぎつけられるとは、わたしも伯母も考えていなかった。調べられるとしても、相当後のことになる。その頃にはベイトリーシュもグレンの町になじんで、誰にもわからないくらいに地元民化しているだろう、と希望的予測をしていたのだ。
……でもそれは、甘かったのかもしれない。やはり情報誌記者の彼女に嗅ぎつけられたのは、まずかったのだ。もしかしたら全国紙の記者連盟か何かに伝手があるのかもしれないし、そこにリオネス騎士のスパイみたいな存在が繋がっていたのだとしたら……。
いや、考えても仕方がない。見つかってしまったのは変えようのない事実だ。それに、……それに魔術士の言うことが本当で、ベイトリーシュの呪いが解ける瞬間が迫っているのかもしれない。わたし達はそこに賭けるために、ここへついてきたのだ。……外野なんか気にしちゃいけない。ベイトリーシュの手を、くっと握る。何となく洞窟じみた空母機内への四角い出入ゲートを、わたし達はくぐった。




