51. 八月の空の訪問者
それは真っ青に晴れ上がった、八月終りの朝だった。
いつも通りにわたしと伯母は中型機、ベイトリーシュは小型トラクターでマロニエ林の下草刈りに出陣するところである。
もさもさ豊かに茂ったマロニエの枝の合間には、クリーム色の若い実がどっさりみのっている。あの老木を倒した嵐に他の樹々はよく耐えて、今年の収穫期も例年通り忙しくなりそうだ。
「さーて、皆のもの。今日もはりきって行くで~! 午前中がっつり草刈って、残る午後はみっちりお勉強やッ」
「ぶひ! はあーいっっ」
暑いこの時期、わたし達は作業着を半分だけ着ている。つなぎの上半分を腰にくくって、ベイトリーシュは水色小花もようのブラウス姿。わたしは黒い木綿Tシャツで、飛翔機専門店の勤務時とほぼ同じスタイルだ。伯母だけは、夏用生地の作業衣をきっちり着て全身もも色。農家婦人御用達のボンネット帽子まで、おそろいで決めている。
わたしは九月から一年間の通信学習コースをとり、義務教育を修了させることになった。本来なら二年間かかるところを一年に詰め込むのだから、倍速でがんばらないといけない。すでに教材は送られてきていたから、善は急げで取り掛かっていた。
「充実の一日が! 今日も始まるのですわッ」
わたしの通信教育に便乗……しているのかどうかわからないが、同時にベイトリーシュも近々教習所に通うことになった。まずは普通乗用車、ゆくゆくは中型トラクターの免許を、お姫様は取るつもりでいる。
今年の秋の収穫にはもちろん間に合わないだろうけど、将来的には必ず大きな戦力になる。伯母も嬉しがっているし、ベイトリーシュ本人もぶひっとやる気に満ちている。つまりベイトリーシュは、ここに長く居てくれるつもりなのだな、と言うことでわたしもすごく嬉しかった。
がらーん! 納屋の引き戸を閉めかけて、ふとわたしは異変に気が付いた。
「あれ。何で暗いねん、外?」
「いやだ、朝からかみなり様ですかしら~?」
「って、天気予報きょうは快晴言うてたやん」
トラクター上のベイトリーシュと伯母もやいやい言って、……それで三人そろって空を見上げた。
「……」
「かみなり様の、すごいのでしょうか?」
「たぶん絶対ちゃうで。ベイたん」
見上げた上空いっぱいに、巨大な黒い物体……の、底部分が広がっている。
「なにこれ」
「……ウーにゃん、ベイたん。静かにトラクターから降りて、家ん中入りよし」
伯母は率先して、しゅたッと中型トラクターから跳び下りた。
「ほれ、早く! 裏口からや」
「は、はい……」
ベイトリーシュが伯母の後に、わたしが二人の後に続きかけた時だ。
「ごめんください」
ずいーっっっ! 納屋と母屋の間、トラクター三台の散るそのスペースのど真ん中に。黒光りのする大型飛翔機が一、二、三台、突如として現れた。
「ひ・やーっっ」
「ぶひッッ」
目の前の高さでこんな風に浮かれては、もう誰だって仰天するしかない。しかも何もないところへ、いきなり湧いて出たように登場されたのではなおさらだ。けれどわたしは何よりも、スピーカーを通して挨拶をしてきた女性の声に驚いていた。
三台の飛翔機は、それぞれがエアナフロイの四倍はあるリオネス・レイダイレン社製の≪ケイズリーン≫だ。最高速度こそ他社に劣るが、ほぼ普通乗用車に近い安定性と耐久性。四人乗りのその機内に、蛍光ベストを着たごつい人間が詰まっているのがフロントガラス越しに見える。
ふい、と先頭一台が中型トラクターの間に着地した。がたん……重い地響きと同時にすばやく後部座席が開いて、見覚えのある姿が出てくる。
「農家さんでしたか。これからお仕事と言う時にお邪魔をして、申し訳ないのですが」
つかつかつか……。草が少々はびこる地面の上を歩いて来たのは、紛れもなくあの魔術士のお姉さんだ。
「ウーニャ・マクナマラさん。我々リオネス学術騎士団はベイトリーシュ姫を回収いたしますので、抵抗することなくお引渡し下さい」
右手に杖を持った女性魔術士は、相変わらずしゅッとしていた。リオネス魔術士の腕章がついた黒いコートで、長身をびしっと引き立たせている。
「いま、八月ですけどー。季節感のないお方ですな、どちら様~??」
すっとぼけた朗らか調子に絶大なるいやみを乗せて、伯母がすすすと前に出た。さりげなくベイトリーシュを隠す位置取り。しかし小柄とりがらの伯母では、残念ながらのっぽのベイトリーシュを背中に隠すことは不可能だ。
「失礼。わたくし、リオネス騎士団付・魔術士のメアリ・キンセラと申します」




