50. 夜明けと曙光
「全く別の人なのに……その方に見える、ということなんですか?」
「そう」
愕然と驚いているベイトリーシュに、わたしはうなづいた。
「昨日うちに来た人は、たぶんわたしをいじめてた同級生のうちの、一人やと思うんよ。でも誰なのか、判別が全然つかへん。全員、茶色い巻き髪にスーツ着た彼女に見えるから」
スーツを着ているように見えるのは、たぶん前にいた学校制服の延長なのだろう。実際に着ている人も、中にはいるのかもしれないけど。でもわたしにとって十代後半から二十代にかけての女性は、ぜんぶ同じに見えてしまうのだ。両親に連れて行かれて会った医師にも、変な顔をされて信じてもらえなかった。
「不思議やろ? けどわたしはもう、そういう彼女らを見るのが怖くて仕方ないんよ。せやしおじさんおばさんばっかしのグレンに来て、ほんとに生き返ってん」
祖父はもうその時、亡くなって久しかった。生きていたら魔法で何とかしてくれたのかもしれないけれど。
「ぶひ……何ということでしょう。ベイトリーシュの竜の呪いも凶悪さいあくですけど、ウーニャさんも摩訶不思議な呪いにかかっちゃってるみたいではないですか!」
「うん」
呪い……。本当にその通りかもしれない、とわたしは思う。ベイトリーシュの呪いと違って、世界滅亡に関係してくる規模ではないけれど。わたしの生きる人生、という限定的な世界においては、確かに災厄であり呪わしい部分だ。
「え、あららららー? ちょっとお待ちになって。それじゃあベイトリーシュの姿も、ウーニャさんにはその彼女に見えている、ってことですの?」
ぐーっ、と鎌首をもたげて、竜人ベイトリーシュはわたしの顔に迫った。
「ううん。しっかり、ゆでたまご竜に見えとるよ」
「じゃなくってぇ、人間の時のわたくしですってば!」
わたしは苦笑して、……そのゆでたまごみたいな竜人の頬ぺたに、手のひらで触った。
「ほんとの本当に不思議やねんけど。ベイトリーシュはちゃんと、はっきりそのまんま見えてるんよ」
「ぶひ?」
「起こした瞬間から、ふかふか金髪のでっかい女の子に見えてる。花柄ブラウスとかこうしパジャマとかが、似合ってるのもわかるんよ」
「……」
「何でやろうね」
ベイトリーシュは大きな竜の瞳、青いひとみを丸くして、わたしを見ている。その中に、笑っている自分の顔が映り込んでいるのに気が付いて、さらにわたしは笑った。
朝日が昇る。ベイトリーシュの竜の顔と身体が、曙光に染まってあかくなっていった。
「お日さま、ごきげんようですわ!」
「今日もきれいやねー」
束の間、わたしとベイトリーシュは生まれ出たばかりの今日の太陽を見つめ、褒めたたえる。ぺかぺかぺか、どこまでも力強い金色の輝き。他に比べられるもののない唯一無二の尊い存在を真にして、わたしはふと思った。
――この子に、ベイトリーシュに会えたことは。ひょっとして、わたしにとっては夜明けみたいなものだったのかもしれないな。
そう考えると、祖父がわたしに封印を守るよう頼んできたのも別の意味にとれる。祖父はわたしに遺してくれたのだ、眠り姫の封印を……ベイトリーシュを。
「ほな、そろそろ帰ろうかー。おばちゃんも起きる頃やろ」
「はいはい、しゅぱっと飛びましょう~」
言うとベイトリーシュは座り直して、すっと肩を下げた。
「つかまって! ウーニャさん」
来た時と同じ姿勢で肩車に足を引っかけつつ、……わたしは一番重要な質問を、竜のお姫様にした。
「さっきの話きいて。わたしのこと、嫌いになった?」
それならそれで仕方のないことだ、……残念ではあるけれど。
「ぶひ?」
くねっと長い首の先、へび顔がくるりと振り返って、わたしを見下ろした。
「まーさかぁ。しっぽの先までウーニャさんを信じきってるベイトリーシュですのよ? 何をどうしたら、ウーニャさんを嫌いになんてなれるんです。冗談きっつー、ねごとは寝ながら仰って、ですわよ~」
ふふふふ、ははっ!
微妙に伯母に感化されつつあるらしいお姫様は、ゆっくり立ち上がり、その美しいつばさを夜明けた空の下いっぱいに広げた。白いまっさらなつばさが、金の曙光を受けて輝いている。
「だからベイトリーシュにしっかりつかまって! 離さないでくださいね。ウーニャさん」
「うん」
わたしは両腕いっぱい、竜人の長い首を抱きしめてつかまる。
「ありがとう。ベイトリーシュ」
いろんな意味をこめて、そう言った。肩にぶら下がるわたしの両脚を、ベイトリーシュもしっかりと前脚で抱きかかえる。
ふわり! わたし達は朝の空の中を飛んだ。目覚めた緑の草原が、薄くたなびく白いもやの下、金の光に照らされて波打っている……。
海を見たことはないけれど。わたし達のつばさの下、どこまでも続く緑の原はきっとそれに似ているのだろうな、とわたしは思った。




