48. 告白すべき時がきた
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オーナーの助成金で、一挙にわたしの状況が変わりかけている。
今までぼんやり胸の奥底にあった夢が、現実になるのかも……。いやでも、そもそもわたしは≪鉱山校≫に入る実力があるのか。それ以前に、卒業資格が取れるのか。
高揚感と不安とがないまぜになって、その夜はなかなか眠れなかった。ついでに、ベイトリーシュがここにいると彼女に知られたことの焦燥感……。ちょっとまどろんだ後、夜明け前に目が覚めてしまった。二度寝なんかできない。こういうもやついた時は、エアナで早朝ドライブをするのが一番の気分転換になる。そう思って台所でお茶を一杯淹れかけたら、もっさりとした姿が現れた。
「おはよう、ございま~す……」
島もようパジャマのベイトリーシュも、あんまり眠れなかったと言う。寝起きお姫様にもついでにお茶を一杯あげて、ふと思い立った。
「ベイトリーシュ。一緒に、散歩行こか?」
「えっ!」
「山の方、ずーっと行って。朝日みよう」
ぱっかーん!! 眠たげに半開きだったベイトリーシュの双眸が、全開になった。お姫様の顔こそ、日の出っぽい……。
「それでしたらウーニャさん、ベイトリーシュに考えがあります!」
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「えーと。あの、本当に大丈夫なん? わたし筋肉質で、けっこう重いはずなんやけど」
「やぁーだ、なに仰るのです。おばさまを抱えて飛んだ時のこと、ウーニャさん憶えてますでしょう~?」
ふいーん!
竜人化したベイトリーシュに、おんぶされて……いや違う。肩の後ろにまたがっているのだから、肩車なのだろうか? わたしはベイトリーシュの長い首を後ろから両腕に抱え込んで、しがみつく形で運ばれていた。
わたしのすぐ後ろで、でっかいつばさがわっしわっしと力強く、しかしものすごく静かに羽ばたいている。わたしは竜と、飛んでいた。
「えーと、ね。あのとんがった峰まで、だいたい二十キロあるんよ。エアナで行く時は、その辺りを一周すんねんけどー」
「ようし、じゃあ行ってみましょう!」
ベイトリーシュは楽しそうに言った。夏の朝の涼しい空気を柔らかく裂きわけるように、たまご色の竜人はなめらかに宙を進んでゆく。
わたしの部屋で変身して、小さなベランダから飛び立った時はかなり不安があったけど……。どっこい、エアナなみの安定性!
「ウーニャさん。寒くないですか?」
長細い前脚で、ベイトリーシュは肩の前にぶらさがったわたしの脚を押さえている。
「平気やよー。飛翔服着てるし……」
それに、ゆでたまごみたいなベイトリーシュの身体は、風の中でも温かかった。
「ふふふ、いつものベイトリーシュだったら、エアナフロイの後部座席で鼻水を風にたなびかせているところですわ。あら、東の方がだいだい色に~」
あっという間に、とんがり山の頂が前に迫った。この辺の山嶺では一番高い所なのだ。と言っても、標高千五百メートルに足りないけれど。
「誰も居らんよねー?」
「ええ。だーれもいませんわ。ウーニャさんと、ベイトリーシュだけ」
「よし、じゃあ先っぽ岩にとまろうかー」
尖がった尾根には、ごつごつ岩が露出している。平らなところが全然ないし、エアナの着地スペースにも不足だから、これまで来た時は上空に浮いているだけだった。
ベイトリーシュはふわんと岩肌に降りたつ。ほんの少しだけなだらかになっている、座れそうな岩盤の丸みの上に。
辺りはオレンジがかった金色の曙光で満たされていた。たなびく雲もいっぱいに広がる空も、昇る寸前の太陽の色に染まっている。その下では、黒っぽい湖のように広がる森が、本来の緑色を取り戻しつつあった。
膝を抱えて座るわたしのすぐ横に、竜人もゆっくり座る。長い尻尾をくるんとわたしの回りに置いて、たぶん転げ落ちないように気を遣ってくれているのだ。背中にたたみかけた皮膜のような翼の片方を、わたしの胴体まわりをくるむように置く。
「風よけですわ!」
「うん、ありがと。大っきくて便利な羽やね」
飛んでいる時にもちょっと確認したけれど、今のベイトリーシュの翼は白い。そして何の模様も浮いてはいなかった。巨大な竜になった時は、両翼にぐるぐると渦巻きが目だっていたのだけど……。
「そのうち、お花もようが浮くかもですわ。あるいは島もよう」
「パジャマかい」
わたしは笑って、竜のお姫様に突っ込んだ。でも、あの陽気な南の島もようが翼に浮いたら、それはそれでものすごく愉快かもしれない。
「マロニエ農園は、どこでしょう?」
「うーん、屋敷はわからへんね。あの左の方に白っぽく見えるんが、グレンの町の建物かたまりなんやけど」
「ああ……」
その後わたし達は、無言で日の出を待った。けれど太陽はまだ、顔を出さない。竜人ベイトリーシュは、ちょいちょいわたしの横顔を見たらしい。やがて、そうっと聞いてくる。
「……昨日ね。記者の方が農園にみえたこと、おばさまから聞いていますか? ウーニャさん」
「うん」
きたな、とわたしは少しだけ身構えた。胸の内で。
「栗農協のお会食の時に、ウーニャさんと二人きりで話していた方だと思うのですけど」
「めがねかけてた人?」
「ええ。まっすぐな、黒い髪の若い女性です」
わたしはベイトリーシュをじっと見た。蛇っぽい顔いっぱいに、不安が乗っかっている。
「……その方と会った後、おばさまがとても深刻な様子になられて。それでウーニャさんが以前、大変なことを経験された時の関係者、と言う風に言われました」
「……」
わたしは小さくうなづく。
「ベイトリーシュの六十年前に比べたら、ちっちゃすぎな大変やと思うよ」
ふるるるる、大きな青い瞳が震える。
「そんなことありません。ウーニャさんが辛いと感じることが、ベイトリーシュは悲しいんですの。あなたが嫌だと仰るなら、もうこのお話はいたしませんわ。……でもウーニャさん。何があっても、ベイトリーシュは必ずウーニャさんの味方でいるということ、……それはどうか、わかって下さいましね」
わたしは躊躇した。――ベイトリーシュは、本心からそう言ってくれている。そう確信したからこそ、彼女を信頼しているからこそ、怖くもあった。
このまま言わずにいても、いいのかもしれない。けれど……。わたしは手の甲で、ベイトリーシュの翼に触れた。わたしを包んでいる、その白い翼の皮膜部分にそうっと。温かいこの翼の持ち主になら、話せるかもしれない。話して、……過去から一歩抜け出せるかもしれない。ベイトリーシュと、一緒に。わたしは口を開いた。
「……ボワーズ市の、もうちょっと先にある別の町にね。まだ、親と一緒に住んでた時なんやけど」
「ええ?」
「学校の、同じクラスの子が。大好きだったんよ、わたし」
青い大きな瞳を、さらに丸くしてベイトリーシュは驚いたらしい。




