47. ポトフとともに熱く未来を語ろうぜ
ふわり、とエアナを納屋の前に着地させた時は、もう午後半ばになっていた。マロニエ林の中に小型トラクターの姿を見かけなかったから、ベイトリーシュは裏手の林で草を刈っているのかもしれない。
ボワーズ市からの帰り道、わたしはグレンの町役場に寄ってきた。教育課で義務教育の卒業資格のことを聞いたのである。ダッシュボードからパンフレットの束を取り出して、エアナをしまい屋敷に入った。
伯母は執筆中の時間だから、話はできないだろう。夜にでも相談しようと思い、午後の残りは草刈りに費やすことに決めた。けれど作業着に着替えて自室を出ると、廊下の真ん中に伯母がいる。
「あれ。おばちゃん?」
小さなとりがら伯母は、迷彩柄のワンピースを着て腕組みをし、ずどーんと仁王立ちでわたしを待ち構えていたようだ。
「ウーにゃん。……あのめがね女子がな、昼前ここに来よった」
胃の中が、すうっと冷たくなる気がした。
伯母によれば彼女は一人、軽自動車で屋敷のすぐ前まで乗りつけてきたと言う。『ボワ・ボワーズ』記者と名乗り、嵐の作物被害について特集を組むので、農家に話を聞きまわっていると言った。こちらマロニエ損害は大丈夫でしたか、とごくまじめに伯母に質問してきたらしい。その時、玄関先にはベイトリーシュもいた。伯母はベイトリーシュを奥に引っ込ませたが、彼女には姿をはっきり見られ、認識されてしまったようだ。
「記者は、あんたの話はおくびにも出さんと。今年のマロニエの出来ばっかり聞いて、すぐに帰っていったけどな。……まさか、ここへ直に来るとは驚いたわ」
「……わたしがここに居てることは、向こうわかってへんのやろ? それとも、ばれたんかな」
伯母に問う声がかすれてしまう。わたしがベイトリーシュと暮らすこの家のことを、彼女に知られたら……! ああ、過去からはやっぱり逃げ切れないのだろうか?
「わたしも、だいぶひゃっこい態度ですげなく対応してんか。『うちの娘と二人っきりで今ほんまに手が足りんとこ、おぶうも出せませんで申し訳な~!』言うて、うりうり帰したんや」
娘、とはベイトリーシュのことを表したのだろう。何も知らない彼女にとっては、ここには伯母とベイトリーシュしかいない、という意味になる。
「そのまんま、この家にはウーにゃんが居らん、と思ってくれたらええのやけどな」
伯母の言い方はタマムシ色だが、自然にとれば二人暮らししている、というように聞こえる。わたしは少し安堵した。そこで彼女が粘っこく質問をしてきたなら、心配だったけど……。
「食い下がりもせんと帰ったんなら、おばちゃんの言うこと真に受けたんやろ」
「うむ。……しかしやな、ウーにゃん。めがね女子記者が帰った後、ベイたんに聞かれてもうた。あの方パーティー会場でウーニャさんと話していませんでしたか、と」
握りしめる手に、力がこもってしまう。
「ほんわかしてても、色んな所をよぉ見とるお姫さまやで。仕方なし、あんたが昔つらいことを抱えて別の町からここに来た、とだけベイたんには伝えてんか。せやしボワーズ市の者には、ちっと用心せないかん部分があるねん、と言うといた」
唇を噛むわたしを見上げて、伯母は眉根を寄せ、悲しく厳しい顔で続けた。
「それに加えて、ベイたん自身が追われとる身や。記者の広い情報網、端っこが一体どこにつながってるんか知れんのやし、それこそリオネスのやつらに探り当てられたらたまらん。二重の意味で、あの記者は全力にて避けるべし、とあの子に言うといた」
「……そう」
「ここから先は、あんたとベイたんの領域やし。わたしがあの子に話せることやない。話すなら、ウーにゃん自分で話しよし。話したくなければ、ベイたんにはっきりそう言うんや。どっちみちあの子は、あんたの言葉を受け止めて、尊重してくれると思うで」
わたしは伯母を抱きしめた。小さなとりがら伯母は、だいぶ高いところにあるわたしの頭をなでてくれる……ここにやってきた頃から、変わらない仕草だ。
「ごめん。本当にありがと、おばちゃん」
「ふん。あんたは人を好きんなって、その人を守るっちゅう超絶まともなことをしただけや。誰がどう言おうと、ウーにゃんは正しいのやで」
繰り返し励ましてくれる、この言葉も変わらない。
「うん」
「ほな、ばりばり下草刈っといで。わたしは執筆にもどるしな」
・ ・ ・
午後の残り、目いっぱい中型トラクターで下草を刈った。ベイトリーシュとまともに顔を合わせたのは、ようやく夕食どきになってからだ。けれどわたしは伯母とベイトリーシュに向かい、まずは≪鉱山校≫の話をしなければならなかった。
キャベツ山盛りの腸詰めポトフ、その汁をごくッと飲んでから、伯母が言う。
「……ちょい待ち、ウーにゃん。それはつまりお店の方でも、あんたを正規の従業員にする、ちゅうことなんかい?」
「あ。そう言えば、そういうことになるんかな?」
考えが及ばなかったけれど、現時点でわたしはただのアルバイトである。簡易雇用者に助成金が出ることってあるのだろうか、……なさそう。
「これを機会に、正社員にする気でいるのんと違うかな? そこのオーナーは」
「それについては、何も言ってなかったけど……」
ベイトリーシュは、もっふもっふと咀嚼しつつ、わたしと伯母の会話に聞き入っている。がしッ! 伯母はキャベツ芯(柔らかく煮てある)を、野性的に噛みちぎった。
「ええやん、ウーにゃん、熱いッ! わたしは大賛成や。今から勉強再開して、卒業資格とって、≪鉱山校≫へ出願しよしッ。そこから始まる、エンジニアの星への道ッ。そういう紆余曲折なまわり道こそが、あらすじ的には熱くておいしいね~んッ」
「おばさま、お水いりますか!?」
「いやベイたん、ポトフと違うてたましいの熱さの話な」
小型ウインナを刺したフォークを手に、わたしは胸の内をかくかく揺らしている。ふー、深呼吸。
「おばちゃん。けど問題がある……。わたしが飛翔機店の正社員になって、≪鉱山校≫の夜学に通うようになったら。マロニエ農業がほとんど手伝えんくなってしまう」
店には定休日があるし、整備士さんも半日で帰る日がある。正社員になったとしても、勤務ペースは現在とさほど変わらないように思えた。けれど≪鉱山校≫の授業は、マロニエ収穫の繁忙期に考慮なんかしてくれるはずがない。
「そ・こ・で~! うちらの新星、ベイたんがいるんやないか~い!」
「ぶひッ?」
ベイトリーシュが、さっと顔を上げた。みるみる頬が赤く染まってゆく。
「今までの働き方をみても、ベイたんは実に有能なお姫さまやで! あんたがせっせと働いてくれれば、ここんちマロニエ農園はウーにゃんが多少抜けても安泰ってもんや~!」
「ぶひーっ! ががが頑張りますわ、おばさま! ウーニャさんのお役に立てるんでしたら、ベイトリーシュも本望ですの! ウーニャさんっっ、どうぞ安心して≪鉱山校≫でお勉強なすって下さいまし!」
ぎーん! ぐぎぎーん!! 小っさい伯母とでっかいお姫様に、テーブル両方向から熱く濃ゆい眼差しを向けられて、わたしは正直ひるんだ。二人とも、ウインナを突き刺したフォークを手に握りしめている。ベイトリーシュって、こんなに熱血系だったっけ……伯母の影響?
「ありがとう……。とりあえず、通信教育のほうから頑張る」
わたしも、日焼け顔を赤くしていたと思う。あんまり熱くてびっくりしたけど、ベイトリーシュがこんな風に応援してくれるのが嬉しかった。心底。
「ありがとう。二人とも」
「ええちゅうこっちゃ。でもってお店が休みの日には、夜明けからきりきりと働くのやでぇ~」
ぐふふ、と悪役めかす伯母の言い方に、わたしはポトフスープを噴きそうになる。




