46. 意外過ぎる提案
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あのグレン栗農協のパーティーから半月ほども経ったけど、『ボワ・ボワーズ』の紙面にその記事は載らなかった。
数えて二回分、新しいのが出ていたが、紙面のほとんどはボワーズ市の話題ばかり。あの嵐は谷間のグレン同様、ボワーズ市でもけっこうな倒木被害を出していて、どこかの区では電話線が切れてしまったらしい。その復旧工事や被害の後始末に関する記事で、『ボワ・ボワーズ』の各ページはいっぱいだった。隣町のパーティーなんて、今のボワーズ市民にとってはどうでもいいことなのだろうな、とわたしは思っていた。むしろそのまま、記事として没になってくれればいいや、とも。
グレンの町では倒木の処理もすっかり終わって、わたし達は伸びる下草刈りに毎日精を出している。わたしはいつも通り、時々ボワーズ市の飛翔機専門店へ行くが、今はあまり仕事がなかった。
「ウーニャ。今日も昼上がりでええよ」
この朝、フルクリーニングサービスを四件こなしたわたしに、オーナーが言う。
「はい」
奥さんがよそってくれた粒麺を口に運びつつ、わたしは答えた。ここのうちはほぼ常に、昼は麺である。正午に一時間店を閉めるから、従業員一同そろってオーナー宅の台所でまかないを食べるのだけど、麺以外のものをもらった記憶がない。
「……それでね、ウーニャ。あんたに話があんねんけど」
まじめな奥さんが、通常よりもずっと深刻な調子で言う。わたしは内心で、どきーっっとした……。ああ、もしかしてとうとう解雇? お客も少ないし、首にされるのだろうか!
「あんた、≪鉱山校≫へ行く気はないんか? ウーニャ」
一瞬きょとんとしてしまったが、すぐに奥さんの言う意味に気づく。でもやっぱり、わたしは言葉に詰まってしまって、何も言えずにいた。
≪鉱山校≫と言うのは、古くは鉱山技師を育成する専門学校のことだった。現在では様々な分野の技師、すなわちエンジニアを輩出する高等教育機関である。
「うちの店も、開業から十年経ったもんだから、基礎優良店の認可をもらえてね。従業員が夜間通学するような場合、助成金を受け取れるようになったんよ。あんたが受験して夜学に行くなら、うちらが授業料を肩代わりできるってことやね」
「あの……」
わたしはぽかんとして、平らかに話すオーナー奥さん、もそもそ麺を咀嚼しているオーナーの顔を交互に見た。
「違ったか?」
飲みこんでから、オーナーが低く言った。
「お前はエンジニア資格を取って、いつかは自分で飛翔機の店をやりたいんとちゃうか。てな、俺ら思っとったんやけど?」
息を飲む。彼らは知っていたのだ、わたしの夢を。
「けど……オーナー、奥さん。わたし学校を、ちゃんと出てなくて」
「うん、わかっとる。せやから夜学なんよ。今からでも卒業資格だけ通信教育で取り直してな? それから改めて、鉱山校に出願したらええ。正規の課程よりはだいぶ領域せばまって、車やトラックの修理資格やらはもらえへんけど。飛翔機エンジニアには、なれるんやで」
「だいぶん時間はかかるけどな~。でもウーニャは、何だってこつこつやれる子ぉやん。その継続力を生かして、挑んでみたらどうえ? うちの店が応援するし」
胸の中で、心臓がばくばく言っている。……知らなかった。
飛翔機の店を持つには、エンジニア資格が必要……。うやむやに学校をやめてしまったわたしに、その道は閉ざされているとばかり思って、ろくに調べもしなかった。
「伯母と、相談してみます」
紅潮した顔を上げて言ったわたしに、いかついオーナー夫妻はうむうむとうなづいた。
「そや。お前んとこは、栗農家の仕事もあんのやから、簡単やないやろうけどな。きっとこなせるで、お前ならな」
「とりあえず、粒麺お食べ」
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その帰り道、わたしはボワーズ市の鉱山校に寄ってみた。一見、学校とはわからない。大型事務所みたいな見かけなのだが、本を抱えた同年代の男性が数人単位でぞろぞろ歩いて出入りしているあたり、確かに教育の場っぽい。女性の姿はどこにもなくて、わたしはこっそり安堵した。
窓口学務員がパンフレットを山盛りくれて、助成金と夜間コースのことを説明してくれる。ここで隠しても仕方がないと思い、学校を中退していることを話した。学務員おじさんは一瞬渋い表情になったが、両肩をきゅうっと上げる。
「でも、もう店で働いてんだろう? 現場の人間が推してんなら、あんたにゃ見込みがあんのさ。うちには社会人学生もどっさりいるし、とりあえず義務教育の卒業資格だけ取って出願しな。どこに住んでんの?」
パンフレットの余白に、グレン町役場で相談すべき課と必要書類の種類をメモしてくれたおじさんの手は、ごっつく節くれだっていた。この人自身も、現場で働いて勉強して、というのを並行したのかもしれない。おそらくはここを母校とする引退技術者なのだろう。どの分野なのかはわからないけど。
エアナのダッシュボードにそれらのパンフレット束を入れて、わたしは鉱山校の駐車場上空に浮く。ふわり、と上昇した瞬間、視界の右隅に明るい茶色の巻き髪がちらついた気がして、わたしはぎくりと一時停止した。地上四メートル。
バイザー越しにそうっと見やれば、それは小柄な男子学生のくるくる爆発巻き毛に過ぎなかった。……鉱山校に女性学生はごくわずかだと言う。このことも、わたしを安心させた。グレンの町に向けて、わたしはエアナを旋回させる。怖いけれど楽しみなような、明るい高揚感が胸に満ちていた。




