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竜のつばさの眠り姫  作者: 門戸
第二部 眠り姫のマロニエ農家のんびりライフ
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45/68

45. たまご竜

 ・ ・ ・ ・ ・


 あの嵐から十日以上が経った。倒れた二本のマロニエ老木は、ようやくやって来たグレン栗農協の伐採班により除去される。無数の小口輪切りや丸太になって、町外れの廃材処理場へトラックで運ばれていった。


 枝や葉などは伯母自前の粉砕機でチップ化し、コンポストで堆肥にする。わたしとベイトリーシュは粉砕機の稼働でかかりきりになった。何しろ一番大きな樹が二本分なのだ。わさわさした枝葉が山のようにある。


 わたしがボワーズ市の飛翔機店に行っている間も、ベイトリーシュは一人でよく頑張った。伯母にはがんがんお書きになってとすすめ、午後は自分だけで粉砕機を回し、とうとうコンポスト容器をいくつか満杯にしたらしい。


「いやー、何ちゅうたくましいお姫(ひい)さまや。にしても、あんなに枝葉たくさんあったっちゅうに。粉砕機に投げ入れるんがしんどないんか~?」


「ほほほほほ、あんがい腕っぷし強いのかもですわー。わたくし」


 ベイトリーシュは朗らかに笑って、ナヴァラーンを食べている。かぶと一緒に羊肉を煮た料理なのだけど、生のかぶの下処理ができていて、独特の臭みが全然ない。


「おいしいね、これ……」


 さすがおばちゃん、と言いかけたら遮られた。


「それ、ベイたんが作ったんよ」


「えっ」


「面倒がらずに、ちゃんと下茹でして煮たんよな。偉いわ、うまいわ」


「すごっ。ほんまにええよこれ、ベイトリーシュ」


「ぶひ!」


 自分でもおいしそうに食べながら、ベイトリーシュはわたし達に笑う。こんな風に農家になじめるお姫様って、いるものなのだろうか。


 あの後、ベイトリーシュの変身についてわたし達はあまり話し合っていなかった。謎、なのである。


 誰も呪いの発動をさせていないはずなのに、ベイトリーシュが竜になってしまった。衝撃ではあったけれど、同時にこれはわたしがどうにか対処できる問題にもなった、ということだった。だから伯母もベイトリーシュも、あえて深く考えるのを一時的に避けているようなふしがある。こういうのを棚上げというか……思考の一時停止、とでも言うのかな。とにかく解けない不思議だった。


 ・ ・ ・


 その夜。二日続けて修理店に行っていた分、明日は下草を刈りまくろう……そう思ったらあくびが出た。かぶをいっぱい食べたせいで、いつもよりずっと眠気が濃い気がする。ベッドに腰かけて室内用サンダルを脱ぎかけた時、こ・こん! 自室扉をノックする音が聞こえた。


「なーに?」


 開けた戸の隙間から、そうっと顔を出したのはベイトリーシュである。


「ちょ~~っと、よろしいですか? ウーニャさん」


「ええよ。どうしたん?」


 しゅるッと部屋に入ってきたベイトリーシュは、何でか水色シーツを身体に巻き付けている。


「でっかい、てるてるぼうず状態やん。なんで?」


「えっと、ですね」


 ベイトリーシュは履いていたスリッパをひだりみぎ、と脱いで裸足になった。そうして赤い顔で、じーっとわたしを見下ろす。


「お目汚ししますわ、本当にごめんなさい」


 ぱさーとシーツを外す。……えー???


「何がどうして、裸なーん!?」


 いやセーフ、ベイトリーシュは水色シーツで胸から下を覆っている。かろうじて。


「よーく見ていてください」


「いやだから何でぇぇぇ!?」


 自分の顔が、くわッと熱く火照るのがわかった。ベイトリーシュと同じく、真っ赤になっているに違いない……いや。日焼けしている分、わたしの赤面はばれにくいはずだッ!


 ……が。


 ふわり、とベイトリーシュの金髪おかっぱがそよぎ、みるみるうちに彼女の全身が髪の色に染まっていく。すなわち金色に。


 輝ける金の光が、わたしの視界いっぱいに満ちて、その瞬間ベイトリーシュの身体はつるり! と、まろやかにふくらんだ。


「えっ……」


 そうしてわたしの目の前に今、たまご色にちらちら輝く竜……竜人ベイトリーシュが立っていた。


 どでかいつばさは、背中側にたたんである。白い蛇のような頭には、人間の時とそっくり同じ色の青い瞳。長細く、がっしり筋張った前脚で、水色シーツを持って立っているのだった。


「おばちゃんを助けてくれた時と、おんなし姿やんな?」


 竜人は、こくりと蛇っぽい頭をうなづかせた。その先っちょの口が開く。


「自分で、こうなれるようになったみたいなんです」


「ええっ?」


「それで……」


 竜人はうつむいた。再び、その身体に金の光がまとわりつく。みるみるうちに、大きな竜人の身体がしぼんで、ふかふか金髪おかっぱをそよがせる人間ベイトリーシュ姫に戻った。


「あ! あれえええ?」


 わたしは目をむいた。はっとして左手首を見る……そこには何もつけていない、黒いスウェットパジャマの袖だけ。寝る前に祖父のブレスレットは外すことにしていた。振り返れば、ベッド脇の小卓にブレスレットは確かに置いてある。


「わたし、じっちゃんの呪文を唱えてへんのに……」


「自分の力で、元にも戻れるんです。十日前にも、何となくそうなのかなとは思っていたのですけど……そのう。そうなると、お洋服が」


「あ……あ~、なるほど!」


 恥ずかしそうに、そそくさと水色シーツを巻きなおすベイトリーシュを前に、わたしは納得した。


 洞窟で変身した時に見たけれど、身体が大きくなるせいでベイトリーシュが着ているものは全部破けてこま切れになってしまうのだ。祖父の呪文は時間を巻き戻してベイトリーシュの状態をもとに戻すから、衣類も一緒に復元できる。けれど自分の意思で人間に戻ると、……破れた服はそのまんま、諦めるしかなくなる。


「そっかぁ、それで服脱いできたんね」


 ものすごく安堵して、わたしはそう言った。


「ええ。だっておばさまに買っていただいたお洋服、わたくし大好きなんですもの。びりびりにしちゃったら、悲し過ぎます」


 遠慮でもお世辞でもなんでもなく、ベイトリーシュは≪ペニーんち≫提供のレトロ農家女子スタイルが気に入っているらしい。まあ確かに、本人が好きでなくてはあんな風にしっくりはまって、かわいく見えることもないのだろうけど。


「それにしても……。変身する時、身体のどこかが痛い、とかはないん?」


「いいえ。不思議と、いやな感じはしないんですの。前に黒い竜になった時は、とんでもなく気持ちが悪くて、気を失いそうになったのですけど……」


 そうだ。リオネス魔術士の前で無理やり竜の呪いを発動させられた時のベイトリーシュの苦しみようは、酷かった。見てられないほどの痛ましい姿を、わたしはありありと憶えている。忘れられるわけがない。


 自分でも思い出したのだろう、ベイトリーシュはぷるっと身体を震わせた。わたしはシーツ越し、ベイトリーシュの腕をぽんと叩く。


「そう。ベイトリーシュがしんどいのかと思って心配やったけど……。楽に変身できてるんなら、よかった」


「でも、……こわいでしょう? ウーニャさん」


 そうっとしたベイトリーシュの問いに、わたしは首をかしげる。


「怖くはないなぁ。むしろしゅッとしてて、きれいやよー?」


 ふあっ! 青いシーツがそよいだ。再び金の光があふれて、竜人ベイトリーシュが現れる。


「顔がへびみたいですし」


「似てはいるよね。けどわたし、蛇へいきなんよ。つるつるで、かわいいやん?」


 両手をのばして、長い首の先にあるベイトリーシュのへび的頭、その頬ぺたをはさんだ。


「つやぴかしてて、ゆでたまごっぽい。卵はかわいいで!」


 竜人の青い瞳が、嬉しそうに細くなった。わたしはゆで卵が好きだ。ベイトリーシュはよく知っている。


「……しっぽも、長いんですのよ」


「あはっ」


 二の腕にするっと絡んできた、とかげのような長細いしっぽはびっくりするほどしなやかだった。


 わたしは彼女のつばさをじっくり見てみたかったのだけど、それはさすがにやめておく。竜人化したベイトリーシュだけで、もう結構きつくなっている狭い自室なのである。あちこちぶつかるのが不安だった。


「近いうちに、広げたところ見てくださいな。ベイトリーシュのつばさ」


「うん。明るいところ、お日さまの下でなー」


 水色シーツ巻きの巨大てるてる坊主に戻ったベイトリーシュは、まんまるい笑顔満載、頬をまた苺みたいに赤くして自室に帰って行った。


 おだやかで温か、じわりと幸せな安堵を、わたしは安堵を胸に抱く。


 どうしてなのだろう。……いま見たたまご竜を、≪呪い≫とは呼べないと思う。その正反対の極致にあるものだと、ぼんやり感じながら眠った。


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