43. マロニエ倒木、大ピンチ
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嵐は長いこと吹き荒れてから、ようやく北東に向かって流れて行ったらしい。
結局わたしとベイトリーシュと伯母の三人は、一日じゅう家から出ないまま、屋敷の鎧戸も全部かたく閉めたまま過ごした。ごうごうとすごい音でがなりたてる嵐の咆哮を聞きながら、灯りをつけて本を読み、早寝したのである。
そうして翌朝。エアナ低空飛行にて、わたしはぐるりとマロニエ林を見回っていた。そしてとある箇所で空中一時停止、愕然とする。
「ぶひっっっ……」
後部座席に乗ってついてきていたベイトリーシュも、うめいている。
「大変……。どえらいことに、なっていますわ!」
樹齢八十年、一番古いマロニエの樹の一本が、立ったまんまで真っ二つに裂けかけているのだ。
「夕方、ずどーんと響いた雷鳴がありましたわね。ここの樹の上に、落ちていたのかしら?」
「うん、きっとそう。……にしても、むちゃくちゃ危ない均衡やね? これ」
わたしはそろそろとエアナを上昇させる。
いまや完全に花は終わって、マロニエの樹々はどれも手のひらみたいな大きな葉っぱをもさもさ全開に茂らせている。この木もそうなのだが、古びた太い幹は今無残に白っぽい内側をさらしていた。二十メートルはあるてっぺんから木下部分まで、ここまで裂けてしまってはもう救えない。切り倒すしかないだろう。わたし達は屋敷に引き返し、伯母に報告した。
「あ~? そらあかんな。どれ、わたしも行って見てこよう。わたしらだけで、どうにかなりそうな感じかね?」
たぶん無理だ、とわたしは直感していた。裂け方がいけない。病気になってすでに弱っていた樹が、嵐に倒されて素直にかしいだ……という状況ではないのだ。
どうして雷に打たれた後も、立ち尽くしていられるのか。死んだ老マロニエの根性みたいなものが、あの信じられないような絶妙均衡を保たせているようにも思える。けれどいずれ、樹はじきに崩れて倒れるのだ。周囲の若い樹を巻き込む前に、何とか静かに横にして、廃材回収してもらう必要がある。
「あっか~ん、全然どうにもあかん」
現場に中型トラクターで到着するなり、伯母は言い放つ。わたしとベイトリーシュは引き続きエアナで案内しつつ来ていた。横脇の中空に浮くわたし達を窓から見上げて、伯母はぶんぶんと頭を振った。
「と言うか、もうこら近くに寄ったらあかん。何ちゅう冗談均衡や! いつぶっ倒れてもおかしくないで。栗農協の伐採班に、依頼案件やね」
伯母はトラクターを降り、蛍光色のロープを取り出す。
「ウーにゃん、そこの若木に端っこ固定したってや。わたしは向こう側へ結びに行くしな」
「わかった」
ここから問題の裂けたマロニエまでは、二十メートル以上と十分な間合いがあった。このくらいの感覚で目印ロープを張るのは普通のことなのだけど。言われた通りに若木の胴にぎゅーと端を縛った後、振り返る。伯母は林の通路反対側の木の下に、ぐるりとロープを巻きつけているところだった。
「あっっ」
ベイトリーシュが小さく声を上げた。――それは一瞬だった。それなのにやたらのろくさい動作で、あの裂けたマロニエ老木の向こう半分が、隣の大木に向かってするりと倒れ込んでゆくのがわたしに見える。
伯母のいる樹ではない。その一本隣の樹……となりの老木だった。静かに倒れ込んできた裂け木の半身を音なく受け止めて、老木はやはり静かに倒れていく。けれどその先にあるのは、伯母がロープをつないでいる若木!
「おばちゃ――んッ」
ロープの長さが三十メートルだったから、伯母への距離もそんなもんなのだ。音をたてず倒れ込む二本目の老木に、伯母は気づいていないらしいとわかった時、わたしは全力で走り出していた。
「おばちゃん、逃げてええええ」
「おばさま――っっっ」
わたしの絶叫と、ベイトリーシュの甲高い声が重なる。ふあっと顔を上げた伯母の真上に、影が落ちてゆく……間に合わない?
ぎゅううううううん!
伯母が二本目老木の闇に飲み込まれたその瞬間、わたしの視界は真っ白くなった。
あんまりショックで、どうかなった? いいや、違う。見開いたわたしの視線の先、本当に真っ白く光る何かが……いっぱいに弾けたのだ。
どおおおおおおん!
それこそ雷みたいな轟音をとどろかせて、一本目と二本目の老マロニエは重なり合って倒れた。ぐら・ぐらららら、と地響きがわたしの全身を揺さぶって通過してゆく。
「おばちゃあああああん!」
二本の老木は、たくさんの枝葉を茂らせていた。ざわざわと揺れるこんもりした梢が小山のようになってしまって、横倒しになった老木の向こう、伯母がいたはずの若木がどうなったのかわたしには見えない。
「おばちゃ――ん!!」
わたしはいよいよ我を失いかけて、もう一度叫んだ。その時。
ひょこっ、と梢の小山の向こうに白っぽいものがのぞいた。……え?
宙に浮いてるのだから飛翔機でしかない、と思いかけてわたしはばちばち目をしばたたかせる。飛翔機じゃない、機械ではない。
「……」
白い竜が、わたしの伯母を抱えるようにして。そこに浮かんでいた……。




