42. 嵐の日
パーティーの翌日は、朝から強い雨だった。
本来なら飛翔機専門店に行く日だったけれど、早くにオーナーの奥さんから電話がかかってくる。
『風もあるし、今日は来たらあかんよ。ウーニャ』
飛翔機は天候に影響されやすい。大型機種だと軽乗用車なみに外気から遮断されるけど、どうしたって横殴りの風には弱い。ちょっとした雨ならば、わたしもエアナフロイに防水幌カバーをつけて行ってしまうが、今日はだめだ。オーナー奥さんの言う通り、自重すべき日だった。
『じゃあまた、あさって……な~……』
電話口向こうの奥さんの声も、ぶれ気味だ。こりゃいかん、電話線を揺さぶられている。
がちゃん、と黒電話の受話器を戻した時に、ベイトリーシュが台所から廊下に出てきた。小首を傾げている、……六十年前のリリリカになかった≪でんわ≫に対し、ベイトリーシュは少々畏怖の念を抱いているらしい。ずっと離れた場所にいる人と話ができるという摩訶不思議のこばこ、つやぴか光る黒塗り電話を、お姫様はたまにじーっと見ていることがあった。円いダイヤルが一つ目になっている、妖精か何かに見えるのかもしれない。
「……どうか、なさいましたの?」
「うん。今日、お店はお休みなんやって」
「えっ!」
驚きの中に、あからさまに嬉しさが混じっていた。
「良かったですわ! この大嵐の中を飛んでいくだなんて、すごく心配していましたの。良かったぁ、ウーニャさんがおうちにいられて」
「せやね」
たとえ無理して行ったとしても、今日は暇な日だ。雨の中、調子の悪い飛翔機を持ち込む人はほぼいない。修理ガレージは開店休業状態になる。
ベイトリーシュは、わたしの分のレンズ豆を倍量増しで漬けると張り切り、ぶひっと上機嫌に台所へ戻って行った。この頃は食事の仕度も、率先してこなしてくれている。
伯母と話すため、わたしは書斎へ行った。この雨では、マロニエ林の外作業もなしだ。伯母は一日じゅう執筆するだろうが、一応何かのやっつけ仕事がないかどうか確認しなくてはならない。
「きょうは研究日や」
机いっぱいに本を積み上げて、その隙間にちんまりと挟まったような伯母は言った。わたしとベイトリーシュにも、ぜひ本を読めとすすめる。それにうなづいてから、わたしは本当にしたかった話をした。昨夜のパーティーで、記者になった彼女に会ってしまったこと。
「……それで。あんたは何て答えたん?」
伯母は少し青ざめたようだった。低い声で、わたしに問うてくる。
「何も言わんかった。そのまま話さんと離れたけど、……でもベイトリーシュを見られた」
「おスーツ着た若いのが三人、あれが記者どもやな、とはわたしも気づいとったけど……。そうか、あのめがね女子がそうやったんかい」
「どうしたらええんかな。おばちゃん?」
「何もせんでええ。向こうが一方的に話してきて、……ほいで昔と変わらずいけずやったんやな? で、あんたは一言も話さんかった……。それでええ、上出来や。ウーにゃん」
そういう伯母だけど、言葉とは裏腹に、小さなしわ入り顔を曇らせている。
「記者、言うからには。わたしのことやグレンの町のことを、ほじくり返しに来るやろうか?」
「ふん。そのためのグレン栗農協・防衛線や。ここの人間になったあんたを悪く言うようなよそ者の話、誰が聞くねん。グレン住民には何の心配もいらんわ、……けど」
ふ~、伯母は鼻から息を抜いた。
「……けど。次から市に行く時は、ちっと気を張った方が良いかもしれへん。飛翔機店で一人にならんよう、駐機場とかでは周りをよく見るんやで?」
「うん」
わたしはうなづいた。
「……ウーにゃん、あんたはな。間違ったことなんか、ひとっつもしてへんのや。間違ってるのは自分らの方やっちゅうに、数でもってあんたをまちがってることにした、向こうがどうしたって悪役なんやからな。そんな輩どもの言うことやることに、これ以上あんたの心をすり減らしたらあかん。しかとで全面遮断して、とっとと逃げよし」
「わかった」
「あんたが揺れれば、ベイたんも動揺するで。引き受けた以上、うちらは全力であの子と楽しく暮らそやないかい」
そう。そうなのだ。あの頃と違って、今のわたしには守るべきベイトリーシュがいる。いわれのない大罪を被せられた、善良なるでっかいお姫様が。
がらがら、……ごごごごうー。
ずっと遠くで、雷鳴が響き始めたらしい。




