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竜のつばさの眠り姫  作者: 門戸
第二部 眠り姫のマロニエ農家のんびりライフ
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41. 【彼女】の襲来

 十八時を回って、栗農協メンバーが続々と会所ホールに入って来る。


 五十代六十代の子ども夫婦が、七十代八十代の親世代を伴ってくる、と言うのがほとんど。どこかの家族が到着するたびに、わやわやした話し声が盛り上がる。広いホールがどんどん狭くなっていくような気がした。


 栗農協には、はっきりした幹部はいない。けれど現グレン町長が大農家なものだから、自然な流れとして今日のホスト役も兼任している。


 十八時半。ケータリング会社の人が飲み物を配り始めて、会食が始まった。


「そいじゃあ皆さ~ん。元気に無事に過ごせましたこの一年に、かんぱーい」


 かんぱーい! けんぱーい! ふがふが! 町長さんの一声に、わーと沸く声。後は皆、ひたすら食べて話しまくるのである。


 わたしとベイトリーシュは、トミー君と一緒にケータリング業者ユッカさんのそばにいる。会社といってもユッカさんと妹だけの家族経営、三百人分の給仕配膳にはとても手が回らないから、≪若い者≫として援護するのだ。


「お腹すいたら、あそこの角席に行って食べてきたらええしね」


 毎年のことだが、ユッカさんは配膳助っ人のわたし達にそう言う。でも実際には、人の食べる世話をしてるとあまりお腹は空かない。それにユッカさんは、わたし達の分をちゃんと別容器に分けておいてくれるのだ。持ち帰って、後でうちで食べられるように。もう慣れっこのわたしやトミー君は大丈夫だが、ベイトリーシュは平気だろうか。よく食べる子だし。


 そう思って見上げると、ベイトリーシュは丸い顔をにこにこさせて、何だか嬉しそうだった。青い小花模様の散る白地ブラウスに水色のエプロンをして、やっぱりレトロ外見のお姫様と目が合う。


「皆さん本当に楽しそう、おいしそう! にぎやかですわ~」


 朗らかにそう言うと、≪おしゃれスパイシー温野菜≫の大鉢を持ち上げて、奥のテーブルへ向かっていった。どの辺がどうおしゃれなのか、青二才のわたしにはいまだよくわからないが、人気のある定番副菜である。


 前にも話していたけれど、ベイトリーシュはリリリカ王宮では日常的な家事や身の周りのことをしていたと言う。内々の集まりのある時には他の王女達と給仕役もしていたから、案外こういう場にも慣れているらしかった。侍女に囲まれて、蝶よ花よと持ち上げられていたわけではないのだ。


「ベイちゃん、じじばばの扱いがけっこう上手っすね」


 言ってきたトミー君に、わたしはうなづく。客商売ではあるけど、見習い美容師トミー君はまだ十八だ。朴訥そのまんまである、……わたしも他人のことは言えないけど。


 メインディッシュの豚のロティがまわって、おじさん達の中には泡酒(エール)によるごきげん最高潮になる人もぼつぼつ出てきた。


「わしらが給仕やってた頃はな~、外の庭で仔豚の丸焼きをこしらえたもんやで~! ものごっつう匂う(・・)ねんけど、それで栗農協でない者(もん)も寄ってきて、一緒に食べたもんや~」


「そうなん?」


 毎年毎年、上機嫌に同じことを繰り返し語るおじいさんのグラスにお代わりのエールを注いで、わたしは今年も相槌を打った。


 量こそたっぷり用意するけど、会食メニューはシンプルだ。そうすることがむしろ望まれる、ユッカさんの料理にまじってテーブルには各自が持ちこんだタッパーや鉢皿がずらずら載っている。これを併せて食べるのだからまさにご馳走、大盤振る舞いの状況になるのだ。それでもやがて、デザートはやってくる。


 ヘーゼルナッツのケーキにホイップクリームをのせたのが行きわたって、町長さんが長々とスピーチするのを聞きながら皆はそれをつついている。これが終われば、あとは残るも帰るも自由なのだ。


 でも会所ホールは二十一時半には閉めて鍵をしないといけないから、九時前にはほぼ全員が帰ってしまう。その後、大急ぎで後片付けと掃除をする≪若い者達≫のことを、皆ちゃんと考えてくれているのだ(伯母・談)。


「と言う社会情勢にもかかわらず~、今年も例年通りにグレンは好天にめぐまれまして~~、生産量が全国的にもうんぬんかんぬん」


 マロニエタンカーのトラック運転手陣がかたまるテーブル一画へ、ご所望の激甘・桃冷茶のピッチャーを持っていった時、エメーさんがわたしに低く言った。


「ウー姫よう。あの辺にうろついてる、若いの。あれぁ何だな?」


「え?」


 エメーおじさんは、延々とスピーチをがなっている町長さんの方へあごをしゃくる。


 全く気が付かなかった。スーツを着た男の人が二人、目立たないよう壁際に立っている。どちらも手に持ったものに、すごい速さでペンを走らせているからぴんと来た。


「ああ。『ボワ・ボワーズ』の記者と違うかな? パーティーの取材に来たんよ、きっと」


「へえー」


 いつから来ていたのだろう。ほぼ終わりに近い頃合で来て、町長スピーチを聞くだけ聞いて記事にするつもりなのだろうか。要するに全然、気合が入っていない取材なんやね……と、わたしは何だか笑ってしまった。恐らくその記者二人以外、スピーチなんて誰も聞いていない。わたしは空のピッチャーを手に、それぞれが周りの人々とくっちゃべる、談笑絶賛進行中のにぎやかさの中から踵を返した。その時。


「よう。ウーニャ?」


 呼ばれて反射的に振り返った時、わたしはピッチャーを落っことしそうになる。


「何びびってんの。相変わらずのびびりやな? あんたも」


「……」


 目が、……黒縁眼鏡の奥でぎらぎらしている彼女(・・)の瞳。視線をまともに合わせてしまったから、わたしの頭の中は真っ白になって固まる。


 ぱりっとした紺のスーツ上下、大きく開いた胸元にダイヤか何かの粒ネックレス。分厚いノートを片手に、彼女(・・)は口角を上げてにやついた。


「奇遇やなあ。あたし今、『ボワ・ボワーズ』で記者やっとんねんけど。あんたはこんな所に居てたんや? あのあと(・・・・)、ずっと?」


 明るい茶色の巻き髪が、肩に落ちている。変わった部分と変わっていないところとを、彼女(・・)は持っていた。


「えらい、しゅッとしたやん。……あれか、あんた新しくお姫様みつけたん?」


 胸の中に、真冬の嵐みたいな極寒豪風が吹き荒れる。


 ――いいや。……変わってへん。


 無視してそっぽを向こう、そう思って軋むような身体を脇にむけた時。わたしの視界に、ふわり、と温かい存在が映った。すぐそばに、ベイトリーシュがいる……! たぶんわたしを、不思議そうに見ている。見慣れない同年代の女性と向かい合っている、珍しいわたしの姿を。


 ぎくりとしたわたしの気配を、彼女(・・)もまた察知してしまった。さっと視線を走らせて、にやついたままうなづいている。


「へーえ。ほな、相変わらず面白いんや。ははっ」


 低くあざ笑う声を振り切り、わたしは配膳台の方に向かって歩き出した。その手前にいたベイトリーシュに、ちょっと肩をすくめて見せる。別に何でもないねん、と全身で表現してみたのだが……伝わるだろうか。演技なんてわたしはからっきしだから、たぶんだめだろうな。


 けれどベイトリーシュは、こだわったりはしなかった。ちょっと首を傾げただけで、お代わりホイップクリームの入っていた大鉢をテーブルに持ってゆく。


「はい、とゆうわけで~。皆さん今後もどうぞよろしく! グレン栗農協に、永遠の幸あれかし~」


 声を張り上げて発された町長さんのお開き宣言に、皆はコップやグラスを持ち上げ、いえーい、と答えた。


 その後ろでスーツの男性二人と、彼女(・・)がホール出入口から退出してゆくのを確かに見て、わたしはようやくいつもの呼吸を取り戻す。


 彼女(・・)にベイトリーシュを。わたしのお姫様を見られてしまったことは……。いや、今は考えないようにしよう。これから全力での後片付け、掃除が待っている。それが終わったら、タッパーにぎちぎち詰まったおいしい食べ物を持って帰る。うちの台所で、ベイトリーシュと遅い夕食だ。そこにたどり着くまでは、考えない。何も。


 ふかふか金髪おかっぱの、ベイトリーシュの後ろ頭が揺れるのを三秒だけ見つめて。わたしはふー、と落ち着くための溜息をついた。……



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