40. 栗農協のパーティー
我らがグレン栗農家協同組合、略して栗農協では、毎年夏至の日にちょっとしたパーティーを開催する。
なぜこの時期かと言うと、マロニエ農作業が一番暇になる頃だからだ。夏の終わりからは収穫準備が忙しくなるし、収穫したらしたで発酵の取っ掛かりがうまくいくよう、貯蔵したマロニエの状態を頻繁に観察しなくてはならない。そんなに多くはないが、小さな子どもを町の学校へ通わせるために冬季引っ越しをする家庭もある。グレンで農業に従事する人々が、最もそろいやすいのが今なのだ。
「クランドルハでは、子どもが学校へ行く時季を選べるんですのね!」
「そう。リリリカとは違うやろ」
詳しく知っているわけではないが、たぶんどこの国とも違うのではないか、とわたしは思った。クランドルハでは全人口に対し、農業従事者の割合が半端なく大きい。そういう都合に合わせて十二歳以下の初等教育は、通信教育や季節集中通学の組み合わせを、保護者が決めることができるのだ。
めちゃくちゃうまくいっているわけではなく、問題点も多い制度だが、過疎地で農業に励む若い親を支援して、都市部常在者との格差をなくそうとする方針に基づいている。
……実はこれは、農村と都市部の断絶格差が酷かったリリリカ社会を反面教師にして、我が国に導入された政策らしい。ベイトリーシュには絶対、言えないけど。
金色ピックアップで町役場に乗りつけたわたしと伯母、ベイトリーシュは、催事用の会所ホールでパーティーの設営を始めていた。
たいした仕事ではない。長テーブルを出してきてつなぎ合わせ、三本の大食卓にする。そこにテーブルセッティングをしていく、と言うだけなのだが。まあ三百席ともなると、……たいした仕事か、やっぱり。
パーティー準備と後片付けは、伝統的に町の中で若い者がすることになっていた。自分もその≪若い者≫の中に入っていると固く信じている伯母は、今日だけ執筆をお休みして、まめまめしく働いているのである。
「ベイちゃん。その辺にある小スプーンは、なるべくお皿に寄せてね。テーブルの中央は、できる限り空けておくのよ」
見かけも実年齢も本当に若い、美容師見習いトミー君のお母さんが、エプロンと三角巾装備で張り切っているベイトリーシュに言った。
「はい?」
「ケータリングに加えて、みんな何だかんだ自前のお料理を持ちこんで来るからねぇ。どうしたっていっぱいになっちゃうのよ」
「なるほど!」
ぎっしぎっし、と義足の右脚を軋ませながら、トミーママはガラスコップを並べていく。
「それからお膳には、お花も置くのよー。はなやか」
「そろそろ配達に来てくれるんじゃないかしらー?」
隣のボワーズ市で歯科技師をしているエルマとテールの兄弟が、配膳台に飲料水のボトルをどかどか置きながら声をかけてきた。
「たくさん活けるんだけど、帰る時は小分けにして皆のお土産になるからねぇ」
「ベイちゃん、帰る人が出始めたら、くくって花束にしたげてね。おばばに優先的にあげんのよ」
「はいっ!」
皆に色々言いつけられているベイトリーシュを横目にして、わたしは心配していない。
例えばボワーズ市に連れて行って多くの人目に触れさせることは、ベイトリーシュにとってはいまだ危険なことだと、わたしと伯母は考えている。図書館へ行って以来、わたしはベイトリーシュを後ろに乗せてエアナで市に行くことはなかった。
あの時は何気なく、人通りの少ない時間帯ならいいだろうくらいに気楽に思って連れて行ったけど。退館まぎわの、あの小さな出来事以来、ちょっと不安が引っかかった。見られるのは、安全じゃない。
リオネス帝国から遠く離れた地方都市なのだ。すれ違う人々の中に、あの女性魔術士の手下だのスパイだのが紛れ込んでいるわけがない、……なんて言い切れるだろうか? 人の多い所で油断するのは、賢明じゃない。
そこに来るとこのグレンの町は、ほぼ知り合いや顔見知りのじいさんばあさんばっかりだ。後ろ暗い背景を持ってやって来たわたしをするっと軽く受け止めて、あっさり住人の子と認識してくれた人たちだから、ベイトリーシュに対しても同じことを期待できる。
特に栗農協つながりの人達には、うちにベイトリーシュがいることを知っておいてもらった方がいい、と思っている。万が一、……万が一、だ。あの魔女達がベイトリーシュを探し回って、こんな所まで踏み込んで来たとしても。グレン住民にとってベイトリーシュは≪レティシアんちの子≫でしかない。リリリカ王女ぉ? 知るかいそんなもん、うちにはいないよ! で済ませてくれるだろう。
ベイトリーシュ、と言う名前はよくある伝統名だし、クランドルハでも珍しいものではない。特に隠したり、偽名を使う必要もないだろう。わたしも慣れているから、他の名前を呼ぶのは嫌だった。ベイトリーシュは、ベイトリーシュだ。
「お花、持ってきましたよ~!」
会所ホールの出入り口から、甲高い声が聞こえた。
花屋のルリーさんが、色彩のあふれる平箱を両手に抱えている。わたしは小走りに寄って行って、箱を受け取った。瓶に活けられたかすみ草と太陽菊、早りんどうがいっぱいだ。
「今日は一段と、しゅッとしてるね! ウーニャ」
「そうですか」
こんなに色鮮やかな花束を作れる人が、全身黒づくめのわたしを褒めると言うのは変な話だ。今夜は給仕役だから、とわたしは黒シャツ黒スラックス、である。短いエプロンも黒。でも、ルリーさんが皮肉の類を決して言わない人であることを、皆もわたしも知っている。
ルリーさんについていって、花屋トラックからさらに花のつまった木箱ケースを出す。ホールに向かって歩きながら、ルリーさんは言った。
「ここに来る前に、町役場の受付の人に聞いたんだけどね。『ボワ・ボワーズ』がパーティーの取材に来るらしいわよ」
「えっ。聞いてないです」
『ボワ・ボワーズ』は、ボワーズ市とその周辺共同体で読まれている地域週刊新聞だ。商店の軒先などに置いてあって、誰でも自由にもらえる。ほぼ宣伝ばっかりだけど、地元民に役立つお知らせや物々交換コーナーなんかは充実しているから、読者は多い。
それにしても、栗農協の恒例パーティーなんて、じじばばが楽しく飲み食いして騒ぐだけなのに。一体何に注目してわざわざ取材に来るのだろう、とわたしは不思議に思った。記憶にある限り、これまでのパーティーが記事になったと聞いたこともないし。
……そんな風にしか受け取れなかったわたしは、やっぱりどこかで油断していたのかもしれない。




