39. アルパカ狙撃なんのそのですわ
わたしはどうにか、言葉をひねり出した。
「他の場合やったら、その人と何度か会ってみて、どう感じるのかなぁって徐々に自分の気持ちがわかって固まっていくのかもしれんけど」
しかしユーリ・マクナマラは立派なおじいさんとなり、大往生した。ベイトリーシュを救った時の祖父は、どうしたって届かない過去なのだ。
「ですわね」
「……せやし。特に無理して気持ちを決めつけんでも、何も問題はないのんとちがう? 悪い思い出でないなら、忘れる必要もないと思うよ」
ふるふるふる、とベイトリーシュは小刻みに首を上下させた。
「なるほど。未完はみかんのまま、永遠なれと」
「うん。そいで次回の糧にすれば?」
「じかい。……次の恋と言うことでしょうか??」
お姫様はちょっとだけ、眉根を寄せた。
「そういうことが許された身ではないと、思うのですけれど」
ベイトリーシュの頬から、赤みが引いてゆく。うっ、とわたしはまたしても息の詰まる気がした。そうっと息を吸って吐いてから、言った。
「ベイトリーシュ。竜の呪いが解ける日は、必ず来るて。わたしもそう信じてるし、おばちゃんも言うてるやん? ベイトリーシュが普通の女性として、ふつうに生きられる日は、必ず来るよ」
「……」
「せやし、ベイトリーシュはふつうーに構えとこ? 次に大事に……心底だいじに思える誰かさんに会えたら。何の気兼ねもせんと、素直にまっすぐに好きになってええんよ」
「ぶひ。大事に思える方……」
うなづくお姫様の頬ぺたが、また赤くなってゆく。ほっとした。彼女があまりに重過ぎる現実に、熱を取られそうになっているのを見ると、わたしまでぎくりと不安にかられてしまうから。
「そうですねっ……。おばさまは、こう仰ってました! 人生なんでも経験値や、ネクストイズベスト、なのだと!」
握りこぶしをぐっと固め、お姫様は伯母の受け売りをかみしめているらしい。言い方どうかと思うけれど(ださい)、伯母の主張するところはたぶん合っているこの場合。
「え~と。それではつまりー、その方を≪大事にしたい≫って思う気持ちが、恋かどうかの判断決め手ということにもなりますのね?」
「と、思うねんけどなあ? でもこっちが大事にする気満々でも、向こうがそんなん困る、て感じやったらどうにもならんけどー」
自然とわたしの顔に苦笑が浮かんだ。若年の小娘であっても、実経験に基づいた部分であれば、自信を持ってそうだと言える。
そんなわたしを、ちょっと不思議そうに見てベイトリーシュは小首を傾げた。何かを問いかけられてしまう前に、わたしはすっくと背筋を伸ばす。明るく言った。
「さー、そろそろ帰ろっか。おばちゃん、セーターの到着待ってるし」
「ええ……!」
空っぽグラスと白い陶器をテーブル隅にまとめて寄せて、わたしとベイトリーシュは立ち上がる。カフェを出て、牧場の外へ。
エアナフロイはニットアトリエ直営店の駐機場に置いたままだから、そこへの田舎道をのんびりと歩いた。
「ウーニャさん。帰り道にもまた、あの湖の上を通りますの?」
「どうしよか。ベイトリーシュが寒かったら、やめとくよ?」
「いえ、ふあーっっと涼しくて、面白いですわ! 青い湖がさらに青く波立って、本当にきれいだし」
「気に入ったん?」
「ええ。今日もすっごく、素敵な日ですわ。ひつじにアルパカにいちごアイスにゴルマ湖。好きなものを、たくさん見つけましたの」
「……え? アルパカも、気に入ったん?」
「はい! あんなにふかふか素敵な編み物になるんですもの~、えらい生きものですわ!」
何てことだろう。初対面であれだけの攻撃を受けておきながら、ベイトリーシュはアルパカのことを悪く思っていないのだろうか。
「ユーリ様の仰った通り。世界には、素敵なものがいっぱいです!」
「……せやね。楽しまんと、ね」
「ええ。大切にします」
やわらかく言ったお姫様のもしゃふかおかっぱ髪が、今も陽光に煌めいている。
そうなのだ。人間関係のしがらみ、しんどい過去に見えない未来……。いやなもの、と決めつければそうでしかない辛い色々は、身の周りにいくらでも見つかる。けれど落ち着いて見渡せば、そればっかりというわけでもない。
空は青いしゴルマ湖はきれいだし、苺アイスはむちゃくちゃおいしかった。エアナに乗るのは気持ちよくって楽しい。マロニエ農園は今のところ平和だ。
でもって陽光に蜂蜜色の金髪を輝かすお姫様は。アルパカの良い所しか見ないで、屈託なく笑っているベイトリーシュは。
そういう悪くない世界、わたしのすぐそばにある尊い今現在。たいせつにしたい今の瞬間の、核のようなものなのだ。




