36. ニットアトリエ直営店へ参りましょう
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「きゃっ、きれーい!」
明るく華やかに何の憂いもない声が、わたしの後ろで上がる。
「なんて美しいのでしょう……青い鏡みたいですわ! あれは湖なのかしら、それとも池でしょうか?」
「湖やよ。ゴルマ湖いうてー、あそこの北側へ行くんよ」
地上三十メートルを30km/hにて、ゆるーく飛翔中のエアナフロイより中継中……。わたしはベイトリーシュとともに、グレンの町からずっと東へと来ていた。
山と谷ぞい、四十キロくらいのところにモコルヌム・ウートンスという長ったらしい名前の町がある。地元民はみんなせっかちなので、略してモコムートンと呼ぶ。
グレン同様の辺鄙な過疎地だけれど、一軒ぱりっとしたニット専門のアトリエ直営店があって、けっこう人気だ。提携ひつじ農家の羊毛のみを使った職人気質のデザイナーがいて、そこそこ値段は張るが高評価されている。わたしの伯母も大好きだ。
「くくくくく、今年も数量限定の注文品ができたった~」
ハーフオーダーメイドの注文品、その完成お知らせ通知を手に、伯母はにやついていた。その姿を見ていたら、何となく……の思いつきが頭に浮かんだのである。
「な、おばちゃん。それ、おばちゃん本人でないと引き取りに行かれへんの?」
「え~? いや、代理でも大丈夫なはずやけど。なんで? ウーにゃん」
「うん、……わたしが行って、もらってこよかと思って。一緒に行かへん? ベイトリーシュ」
「ぷひっ?」
昼食後のお茶を用意していたベイトリーシュは、重ねたカップを手にきょとんとした。
「エアナで飛んで行けば、そんなに時間かからんし。あ、でもおばちゃん買う前に試着したいんやったら、やっぱだめか」
言い出しておきながら、わたしはぼそぼそと迷ってしまった。と言うより、どうしてそんなことを提案する気になったのだろう。いつものわたしらしくないな、と自分でも思った。
「あ~、そうか。せやなあ、ほな頼んでええ? ウーにゃん。ちょうど今、えんぴつがのりのりに乗って来てるとこやねんかー。代打であんたが行ってくれたら、めっちゃ助かんねん!」
しかし、伯母はするっと笑顔になる。
「モコムートンのアトリエ直営店、行くのめっちゃ楽しいねんけど~。陸路やとどうしても、半日じゃ済まんし。お空をずばっと、行って来たって!」
そうなのだ。伯母がピックアップトラックで行く場合、モコムートンまではうねうね迂回した峠道を通らなければならない。こういうルート越えに、上空を突っ切れる飛翔機は便利だ。
……というわけで、気持ちよく晴れていたこの午後、わたしはベイトリーシュを後部座席に乗せ、森と谷の上空ドライブに出かけたのである。
今日もすみれ色の防風コートをきっちり着込んで、ベイトリーシュは嬉しそうに付き合ってくれた。ボワーズ市の図書館の後も、時々こうして一緒に飛んではいたけれど、こっち方面へ来るのは初めてだし景色がけっこうきれいなのだ。空からでも景勝路、と言うのかな。
「町を上から見るのも面白いけれど。湖や森を一望できると言うのは、壮大ですわ~!」
後ろを振り向かなくても、ベイトリーシュが素直に興奮しているのはよくわかった。
「湖の上、飛んでみよっか。ヨットのいるとこは避けて」
「えーっ、水の上を? あの桃色のつぶみたいなのが、もしかしてお舟なのですか~?」
封印を解いて連れ帰った時、わたしとベイトリーシュは大シオルタ湖の上を長いこと飛行したけれど……。あの時お姫様は気を失っていたから、何も見なかったはずだ。
すうーい……。だいぶ速度を落として、ゴルマ湖の西はじ上空をゆく。わたし達の通る真下の水面が、ふわっと淡い水色に波立って、身体の周りに涼風を感じた。
そうしてゴルマ湖の北側にある、ロッジ風の大型店舗にたどり着く。ここの周辺道路はきれいに整備されて、駐車場も広大だ。大型バスが一台、店の近くにどーんと停まっている他、トラックや軽自動車もちらほらある。併設の駐機場には、わたしのエアナフロイ一つきりだけど。
「にぎわってるやん。観光ツアーの団体客かな?」
「つあー?」
黒木造りのどっしりしたロッジ店舗は……入ると予想どおり、年輩の女性客だらけだった。
「……!」
ベイトリーシュはわたしの横で、目と口をまん丸く開けている。
「ふかふかの大洪水ですわ! ウーニャさんっ」
それが言い得て妙だったから、わたしは思わずぷっと噴く。
「そう。すごいやろ? ここのふかふかっぷり」
わたしは正面陳列ケースに積まれた、明るい緑色の何かにそっと手を触れて言った。たたまれた男性用カーディガンだろうか。
「肌触りも、めちゃめちゃ良いねん」
「ぶひっっ!?」
となりの黒さくらんぼ色のカーディガンにもみッと触れて、ベイトリーシュも驚いた。
「粗くざっくり編んである感じなのに……! なんとゆう柔らかさ! そして、なめらかさ~!」
「ベイトリーシュも、こういうの好きなんちゃう?」
わたし自身は、こういうかさばる系統の服は着ない。でもベイトリーシュが封印から目覚めた時に来ていたお姫様仕様のももんが袖カーディガンが、同じ路線だなと思っていた。モコムートンに連れてきたらひょっとして喜ぶだろうか、と思いついたのはそのせいだ。
わらわら、うろうろ……。
「ええな~、軽くてぬくいで。これ」
「うちの娘にも、チョッキ買うていこかなぁ」
「おねえさーん。このストール、色違いあるぅ~?」
大小太細さまざまのおばちゃん達が、実に楽しそうに買い物をしている。話す訛りが微妙に異なるから、ちょっと遠くの地方からバスツアーで来たのだろう。ここのアトリエ直営店は品質もいいけど、戦略も太い。狙った購買層向けの観光ツアー業者と提携して、お土産販売に余念がないのだ。予約引き取りカウンターに向かって広々した店内を歩きながら、わたしはベイトリーシュに言った。
「わたしはおばちゃんの注文品を取りに行くし。ベイトリーシュはその辺のもこもこ、見ててええよ」
「ぷひッ! いいんですの?」
こっちを見る青い双眸が、あからさまにときめいている。
「うん。ふわもこの中で、迷子にならんといてな」
立体的な花模様の編みが浮いた、伯母の注文セーターを確かめてから、わたしはカウンターの店員に小切手を渡した。こんなにかさばるものをどうやって、と思えるくらいに小さく紙包みにしたのを袋に入れてもらって、わたしはベイトリーシュを探しにゆく。
お目当てのふかふかを両手に抱えて、うようよする各種のおばちゃん観光客をよけつつ見回していくと、……いた。
窓際、なぜだか紳士物のアウターがハンガー陳列してある一画に。深緑や紺、藍色の渋く暗い色彩の前に、ふわふわ明るい金のおかっぱ髪が目立っている。何かにじーっと見入っているらしいお姫様の背中に、わたしは近づいて行って声をかけた。
「引き取りできたよ。なに見てるん?」
「あ~、ウーニャさん! これ、これねっ」
ベイトリーシュはやっぱり、興味津々の笑顔で振り返る。その手前は出窓風の飾り棚になっていた。
「これ! これこそが、ひつじというものではないのですか~?」
指さした先に置いてあったのは、アート作品っぽいぬいぐるみだった。ふかふか感を満載にした、毛糸玉みたいに丸っこいフォルムの白い羊とピンクのアルパカが並んでいる。これもアトリエの職人さんの手編みなんだろうけど、値段がついていないから売り物ではない。
「かわゆいですわ~! こっちの大きい桃色の方が、雄なのでしょう?」
楽しそうに放たれたベイトリーシュの言葉に、わたしは一瞬おいてから衝撃を受ける。
「え??」
「おんなし生き物でも、雄と雌ではかなり姿が異なりますのね。全然知りませんでしたわッ」
見上げた先の笑顔は素直に、……やっぱりにこにこしている。ネタじゃない、ベイトリーシュは本気でそう思っているらしい。
「……生きてる羊、見たことあらへんの? ベイトリーシュ」
ぶんぶんぶん、お姫様は豊かな髪を揺らして、頭を横に振った。
「おいしいお肉と、やわらかお洋服しか存じません」




